第97話 修行
いつも読んで下さり有難うございます!
「コバヤシちゃーん!ピピちゃんが来たわー!」
「今行きます!」
朝食も済ませて準備は万端。気合い入れていくぞ。
「っと、ヘラも呼ばないとな」
ピピさんには迷惑かもしれないが、あの人なら上手く捌いてくれるだろう。
「ヘラさーん、ピピさんが来ましたよー」
扉越しに声をかけるが、返事が無い。まだ寝ているのか?
「コバヤシちゃん、何してるの?ヘラちゃんならさっき外に出てたわよ?」
「うぉっ!あ、そうなんですか。有難うございます」
なるほど、余程退屈していたらしい。
「きっと泥だらけになるだろうけど、お洋服はアタシが洗ってあげるから安心しなさい!」
「あはは、少しでも楽になるよう頑張ります」
多分ムリだけど。……それにしても、気を張っていなかったとはいえ、いつの間に背後を取られたんだ?
少し、緊張感を持った方がいいかもしれない。
──気を引き締め直して廊下を歩き、ニャラさんに軽く挨拶をして家を出る。どんなに長くても、20秒すら経っていない筈だ。
先に出ていたのを考慮しても恐らく1分程度。
その短い時間で、ヘラは泥だらけになっていた。
「おぉ!待ったぞ!」
スピード感のある展開に頭が追い付かない。
「えっと、すみません。お待たせしました」
「いやいや、大して待ってはおらんよ。それに、いい暇つぶし相手がいたからな」
「……クソが」
悪態を吐きながら背中に乗せられた足を払いのけ、土を落とすヘラ。“味見”を仕掛けて返り討ちにあったのか。
とんでもない人から体術を教われるらしい。
「まぁなんじゃ、場所を変えよう」
「……ですね」
集落の方々からのとんでもないものを見る視線が幾本もヘラに刺さっている。本人は意に介していないが、こっちは朝っぱらから申し訳ない気持ちで押し潰されそうだ。
集落を出て開けた場所に移動した後、「稽古を始める前に」と、ピピさんは俺に尋ねてきた。
「先のじゃれ合いで娘っ子の実力は分かったが、お主はどうなんじゃ?」
「随分と前に一ヶ月半程度修行をつけてもらって以来なので、体術に関しては齧った程度ですね」
懐かしいな。セリンさんにギド帝国で幾度となく転がされたのを昨日の出来事のように思い出せる。
「ふむ。では手心を加えた方が良いかもしれんな」
「それはもう、是非お願いします」
「ケッ、ペコペコしやがって。情けねぇな。それでも生えてんのかよ」
「身の程を弁えているだけですって」
相変わらず口の減らない人だ。
「そうじゃな。分を弁えるのは良いことじゃ。さて、いつまでも話していては仕方が無い。手加減はする故、かかってきなされ」
……纏う空気が変わった。あぁ、転がされる前から背中が痛い。気は進まないが、いつだって痛みと共に成長してきたんだ。いくしかない。
「行きます」
距離を詰め、視線にフェイントを入れつつ攻撃を仕掛ける。セリンさんに指摘された点は、体が覚えている。
「……ふむ」
ピピさんの右足が半歩前に出たところで、鳥肌が立った。
──無理だ。どこにどう突っ込んでもやられる。
頭で考えるよりも早く、脳が身体に指示を出していた。急ブレーキをかけ、仕切り直す。
「う~む、おかしいな」
目を顰め、首を傾げるピピさん。ふと見れば、ヘラも神妙な顔をしている。一体何がおかしいのだろうか。
「どこか変でしたか?」
「逆じゃ。高々一ヶ月半にしては、動きが良過ぎる。お主、我が輩に嘘を吐いておらんか?」
ヘラも頻りに頷いている。あぁそうか、説明していなかったもんな。というより、この世界の住人でボーナス倍率について知っているのはパロッツとセリンさんだけだ。
ヘラには言っていない。単純にタイミングが無かっただけだ。
セリンさんに話したのはいつだったか。覚悟を決めて話を切り出したものの、返ってきたのは「そうか、道理で」というやけに淡白な返事で拍子抜けしたのを覚えている。
アイツがいなければボーナス倍率については誰にも話さなかっただろうし、その結果背負う必要の無い罪悪感に苛まれていただろう。
アイツは元気だろうか。
「いえ、嘘は吐いていません。えっとですね」
感傷に浸っている間に、ピピさんの目が輝き、ヘラの眉がピクリと動いた。
……マズい気がする。
「正に天賦の才じゃ!いや、勿論まだまだ改善の余地はある。しかし、しかしじゃ!ここまで見込みのある者は初めてじゃ!」
「おいおい、このババア、何昂っちゃってんだ?」
「何か体術の才能がどうのこうのと舞い上がっているんです。ピピさんあの、特殊な事情がありあまして……」
「よいよい、謙遜なぞいらん。才ある者は皆似たような言動をする。まるで才能を持つことが罪であると言わんばかりのな。ちゃんちゃらおかしな話じゃ」
あー、勝手に勘違いされてしまった。もうどう話しても正しい認識は得られない気がする。
もういいや。面倒臭い。
「そういや、オマエと体術だけでヤり合ったことはなかったな。そうかそうか、そういう“楽しみ方”もあるのか」
……もういいや。面倒臭い。
「想定よりも愉快な稽古になりそうじゃ。そうじゃな、先ずは一対一の体術を完成させよう。なに、直ぐに終わる。その後は娘っ子も混ぜて多対一、或いは乱戦の体術じゃ。よいな?」
「ヘラさん、ピピさんは先んじて僕の一対一の体術稽古を終わらせてから多対一の稽古をしようと考えているみたいです」
「はぁーん、悪くねェ。待っててやるから、さっさと終わらせろ」
ピピさんの問いに、獰猛に頷くヘラ。俺の意見を聞いてくれよ。
「さて、お主程の才が有れば手取り足取り教える必要もないじゃろ。構えんしゃい」
……リリさん、泥じゃなくて血反吐でも洗ってくれるだろうか。
「お手柔らかにお願いします」
「なっはっは!面白い冗談じゃ」
コミュニケーションって、本当に難しい。
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