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転生保険とかいう悪徳詐欺を許すな  作者: 入道雲
第三章 レインティシア・イリア教皇国
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第89話 天秤

お久しぶりです。リアルの分水嶺でごたついてしまい、更新が滞ってしまいました。

今後は週に2話程度のペースで更新したいと思います。何卒宜しくお願い致します。

首都イリアで戦った時よりも2割増しの魔力を放つ彼女を見た時、それなりに良い勝負が見られると思っていた。


ところが、試合は終始“賢者”が圧倒していた。


決して馬鹿正直に真正面から攻めていた訳ではない。幾つものフェイントを入れ、常人なら視認すら困難な速度で動き回っていた。


しかしその尽くは見破られ、攻撃と攻撃の合間の瞬きにも満たない時間の内にカウンターを入れられている。


「凄まじい……」


「目に焼き付けておけ。いずれは貴様もこの境地に達する筈だ」


開始5分で早くも息が上がり始めているヘラさんに対し、2人は体力にも魔力にも十分な余力を残している。魔力放出の緩急が上手い。


要するに、コストパフォーマンスが良いのだ。常に全力全開なヘラさんとは異なり、双子は攻撃・防御の瞬間に必要な分だけ魔力を消費している。


言葉にすると簡単に聞こえるが、あの戦闘速度でそんな芸当が出来るのはハッキリ言って異常だ。普通ならまず間に合わない。


恐らく慣れ親しんだ者との戦闘だからこそあそこまで綺麗にハマっているのだろうが、そうでなくとも2人の魔力制御技術は圧巻の一言に尽きる。


「……いけますかね。僕に」


思わず漏れた弱音に対し、セリンさんはさも当然かの様に応える。


「あやつらの凄さが理解出来ている時点で貴様も“十指”の領域に片足を踏み込んでいる。後はもう片方の足を踏み出すだけだ」


なんて力強い言葉だろう。やる気が漲り、不思議と何とかなりそうな気さえしてくる。


「負けてられないわね。……尤も、アタシの“役割”は別だけどね」


「役割?」


「そ、肉弾戦が得意なヘラちゃんに、魔法のスペシャリストのセリンちゃん。そして知略奇策を駆使して戦況を有利に進める小林ちゃん。ここまで揃っているパーティーに足りないのは回復役。そうでしょ?」


「然り。勝敗は優秀な回復術師の有無で決すると言っても過言ではない」


「なるほど」


尊敬の念を抱かずにはいられないな。初めて出会った頃の金剛はもういない。彼女には、もう己が成すべきことがハッキリと見えているのだ。


「頑張らないとな……」


もう少し先になるとは思うが、俺は今後、戦闘面に関して“どう足掻いても越えられない壁”にぶつかる。これはもう確信に近い。


どうすれば壁の向こう側に回り込めるのか。万が一回り込めないとして、何が出来るのか、今のうちから考えておかねばならない。


「コバヤシ、もう終わるぞ」


現実に引き戻された俺が顔を上げると、そこにはほぼ無傷の“賢者”と、満身創痍のヘラさんが地面に大の字になって寝転がっていた。


誰の目から見ても勝敗は明らかだ。審判のフェリウスさんが右手を高々と掲げ、宣言する。


「勝者、フェート・ジ・ミラ及びフェート・ジ・リラ!」


瞬間、周囲にいたエルフ達が湧き上がる。過去に何があったのかは知らないが、ここまで一方的な試合を見て歓喜の声を上げるのは見ていて気持ちのいいものではない。


ただ、地に背を預けて空を見上げるヘラさんも、彼女を見下ろす“賢者”の2人も、どこか寂しそうな、それでいて晴れ晴れとした表情をしている。


どうやら“別れの挨拶”は満足に済んだらしい。


「これを以て、“制裁の儀”を終える」

「以後、ヘラ・ウェリスは世界を脅かす災厄を退けるまで、このレインティシアに足を踏み入れることを禁ずる」


「ハッ!んなもんサクッと終わらせてやるよ」


……また一つ、頑張る理由が増えてしまったみたいだ。


その後ゆっくり最後の会話を楽しむのかと思いきや、俺達はすぐに村を出ることになった。それでいいのかと尋ねると、「あ?会話はもう十分交わしただろ?」と一蹴されてしまった。


相変わらず“全筋”は肉体言語が流暢なようだ。


────────────────── 


「今日はここで野営をする。夕飯の準備を始めろ」


「了解です」


「酒なら任せろ!樽でかっぱらってきた!」


「あら!悪い子ね!」


金剛の至極真っ当な指摘もあるが、それよりも驚いたのは……。


「エルフってお酒飲むんですか!?」


「ハァ?当り前だろ。あんな何もない森で何百年と生きるんだぜ?エルフは寿命が長い分性欲も薄い。そしたら後はもう酒を浴びるくらいしか娯楽がねェだろうが!」


言われてみれば、何となく筋が通っている気がするけど……。


「私は飲まんぞ。野営に支障をきたすからな」


「オイオイ、寂しいじゃねェか。新しい仲間を歓迎しようって気は無いのか?」


「それとこれとは別だ」


いつにも増して頑なに態度を崩さないセリンさん。もしかして……。


「酒が飲めねェのか?エルフの血が流れてるってのに」


ピクリと、耳が動く。案外変なところで負けず嫌いなんだよな。


「……いいだろう。一杯だけだ。一杯だけ付き合ってやる」


何かに火が点いた音がしたが、まぁセリンさんなら何も問題は無いだろう。


────────────────── 


「おいコバヤシ!もっと飲まんか!」


「そうだそうだ!進みが遅ェぞ!」


「あ、はい。すみません」


「小林ちゃん、無理しちゃダメよ。アタシは強い方だから平気だけど、日本人の4割はお酒に弱いんだからね?」


「有難う。まだ大丈夫だから」


完全に誤算だった。雪の様に白かった顔色は、鼻先から耳の先端まで真っ赤に染まっている。一杯目で怪しい気配は感じていた。そこで止められれば良かった。


「にしても、最初はお堅いヤツだと思っていたが、案外話せるじゃねェか。実力だって大したもんだ。ギド帝国ならさぞかしモテるだろうぜ」


「フン!ヒューム以外に好かれたところで微塵も嬉しくない」


「あァ?誰だよソイツ」


図らずも耳が大きくなる。一体誰なんだ?……いや、落ち着け。落ち着くんだ小林。彼女には孫がいる。となれば、必然的に夫の名前だろう。


「夫に決まっているだろう」


やっぱりな。……全然ショックじゃないし?想定の範囲内ですが?


「んだよ。既婚者だったのかよ」


「いや、正確には未亡人だな。私は夫と国を秤にかけ、国を選んだのだ」


……不意に飛び出たあまりに重い言葉に、その場の全員が口を閉ざした。


コップの中の酒を見つめながら、訥々と事の詳細を語り出した。


「ヒュームは第一部隊、つまり偵察部隊の2等級兵士だった。特段強みのある男ではなかったが、優しく、努力家で、人の心を安らげる温かい雰囲気を纏った男だった」


誰も口を挟まない。ただただ、耳を傾けている。


「第零部隊として暗躍し、自分でも気付かぬ内に疲弊していた心をアイツはあっさりと見抜いてきた。そして氷を素手で包み込んで溶かすように、ゆっくりと、辛抱強く私を癒してくれた。惹かれるのは自明の理だった」


目を細め、注がれた酒に映る自身の顔に向かって語り続ける彼女のそれは、正に独白だった。


「婚姻関係は隠していた。第零部隊には人質になり得る家族を持つことは許されないからだ。尤も、予想以上に早く私が身籠ったせいで水面下では大問題になっていたがな。表向きはメイド長だ。周囲の者は祝福してくれた。しかし、暗殺部隊の隊長としてはあるまじき事態だ。これまでの業績に加え、早急な復帰を約束することで何とかその場を収めたのを覚えている」


淡々とした口調とは裏腹に、表情からは後悔が滲み出ていた。


「数年が経ち、レイドリス殿下が生誕なされた。国は湧き立ち、お祭り騒ぎになった。……その隙を突かれた。反君主制の一派が、騒ぎに乗じて反乱を起こしたのだ。急いで謁見の間に向かった私の目の前には、今にも殺されそうな夫と、生まれたばかりの殿下がいた。迷いは無かった。ヒュームの目が、私のすべきことを全て物語っていたから。結果として、王からの絶大な信頼を得た代わりに、大切な伴侶を失った。もう……十数年も前の……つまらない話だ」


話を終えた途端、手に持っていたコップを落とし、セリンさんはパタリと倒れた。


「大丈夫ですか!?」


「落ち着けよバカ。寝落ちただけだ」


「なんて、なんて悲しい過去なの……」


一度だけ、セリンさんが暗殺者に必要な素養について語っていたのを思い出した。


『秤にかけられる大切な物の中から迷わず重い方を選び取り、軽い方を切り捨てる。そういう、覚悟』


確か彼女はそう言っていた。その原点がここにあったのか。


「チッ……、酒の気分じゃなくなったな。オイ、今回はオレのせいだ。見張りは1人でやる。オマエらもとっとと寝ろ」


「え、えぇ」

「有難うございます」


ほろ酔い気分などすっかり醒めてしまった。生前の世界では有り得ない出来事。故に、俺がかけられる言葉など1つもない。


言われた通り、大人しく眠るとしよう。


────────────────── 


翌朝、どんな顔をすればいいのか分からないままレンツ車を降りた俺の前に、セリンさんは現れた。


「あ、おはようございま」


「昨日、貴様は何も聞かなかった」


「へ?」


「何も聞かなかった、いいな?」


「は、はい」


「よし。次はあそこで眠りこけているヘラだな」


滅茶苦茶な圧だった。冗談抜きで殺されるかと思った。だけど、よっぽど恥ずかしかったのだろう。彼女の耳は、ほんの少し、赤くなっていた。

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