第8話 基礎体力訓練
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「まずは、軽く5kmほど走ってもらうっス!」
「分かりました」
5kmか…運動不足には中々にキツイけど、無理ではない距離だな…
「あ、それと走るときはこの訓練用の防具と剣を身に付けてほしいっス!これが無いと訓練にならないので!」
何…?
「因みにこれ、全部で何kgくらいあるんですか?」
「確か10kg程度だったはずっス!これが1番軽い重さっスね!」
「こ、これが1番軽い…」
これは死ぬかもしれない。
「騎士団長ともなると、”ストレングス”を使わずにこの10倍の重さを背負っても我々より遥かに素早く動けますからね!本当に同じ人間とは思えないっス!」
あの細い体で100kgの重りを背負って動き回る?そんなことが可能なのか??
「ストレングス、と言うのは身体能力を強化する魔法か何かですか?」
「あ、その通りっス!すみません!コバヤシ殿はまだこの世界の魔法はご存知無いんでしたね!」
「えぇ、お恥ずかしい限りです」
そう言えば、あの詐欺女神は『召喚される際、身体の組成が向こうの世界に準拠したものに変性しますから』とか言っていた。コチラの世界の人間と元の世界の人間は、見た目こそ同じでも根本的な部分で違う生物だと考えていいのかもしれないな。
「いえいえ!予言は絶対っスから!僕はコバヤシ殿が3ヵ月できっと立派な戦力に成長なさると信じているっス!」
こ、コイツ良いヤツだ…!典型的な良いヤツだ!!パロッツとなら仲良くなれそうな気がする!
「では、早速防具と剣を装備して下さい!時間は有限っスから!」
「はい……け、結構重いですね」
これで5km走るって、昭和のスポ根漫画かよ…
「分かるっス…!僕も最初はその重さに戸惑ったっス」
「てことは、パロッツさんはもう慣れたんですか?」
「勿論っス!どんな新米でも3ヵ月もすれば慣れるもんっスよ!だからコバヤシ殿もきっとすぐに慣れます!」
俺、この国がピンチになったらパロッツさんだけは助ける。絶対に。
「それじゃあ走りましょうか。この訓練場を5周すれば終了っス!」
「分かりました!」
意気込んで走り出して1周でバテたりしたら恥ずかしいな…と思っていた俺が違和感を覚えたのは、まさに1周目を走り終えた頃だった。
「コバヤシ殿!何か問題ないっスか?」
「は、はい!大丈夫です!」
いや、寧ろ問題があると言えるのか?走る前よりも体が軽く感じるなんて。
「凄いっスね!新米の騎士でも1周目で限界を迎える人がいるのに!」
「いや~、何か今日は調子が良いみたいです」
「頼もしい限りっス!その調子で頑張りましょう!」
それだけじゃない。運動不足で序盤荒れに荒れていた息が、走れば走るほど整っていく。これはもう異常としか言いようがない。
「もしかして、これがボーナス倍率1000倍の効果…?」
「コバヤシ殿、何か言ったっスか?」
「いえ!何でもありません!」
だが、その場合筋肉痛とかはどうなっているんだ?体が軽く感じることの原因が筋肉の成長に起因しているなら、その前に筋肉痛があって然るべきだ。
あぁ、また分からないことが増えた。今度あの詐欺女神に合ったら訊いておかないとな。
「大丈夫っスか?難しい顔をしてるっスけど、キツかったらすぐに言って下さいね?」
「あ、ありがとうございます。本当にまだまだいけますので!」
パロッツさん、良い人過ぎる…今は小難しいことは後にして、本気で走っちゃおう。こんな善人に無駄な心労はかけたくない。
「こ、コバヤシ殿!?そんなにスピードを上げていいんスか!?」
「はい!どんどんいきますよ!」
────────────
「す、凄いっスね…コバヤシ殿は…僕が着いていくのに精一杯になるとは思ってもいなかったっス…」
「いやぁ、少し張り切ってしまいました」
うん、中々のハイペースで走ったが、そこまでキツくない。確かに疲れてはいるが、近所のコンビニまで小走りした時と殆ど変わらない疲労度だ。
「それで、次は何をするんですか?」
「流石英傑コバヤシ殿っスね!予定では剣術の見学になっているっス!」
「見学、ですか?」
楽で助かるけど、ちょっと拍子抜けだ。
「それはそうっスよ!コバヤシ殿は剣術の経験が無いんですから!最初は見て学び、次に指南で悪癖を修正し、その後はひたすら模擬試合で経験を積む、これが通常の流れっス」
「なるほど…」
それもそうか。スマブラの未経験者にいきなりコントローラーを渡してもレバガチャしか出来ないのと同じだ。初っ端から剣を握らせても、メチャクチャに振り回すだけで一向に成長に繋がらない。
「トール騎士団長に基礎体力訓練が終わったことを伝えてくるっス!しばしお待ち下さい!」
意気揚々と小走りで騎士団長の元へ向かうパロッツ。走り終わった後は息切れしていたように見えたが、やはりまだまだ体力には余裕があるようだ。
ぼんやりと言葉を交わしている騎士団長とパロッツを眺めていると、おもむろに2人がこちらを向いた。
「コバヤシ殿ー!こちらに来てくれませんかー!!」
おや?何かあったのだろうか。まぁ、呼ばれたなら向かうしかあるまい。
「どうかされましたか?」
「コバヤシ殿!体力に余裕は!」
「は、はい。ありますが…」
この見た目だけはクール系の騎士団長は相変わらずボリューム調整が出来ないようだ。
「よろしい!では予定を少し変更して、今から私が部下たちと行う試合を見るといい!!」
「と、トール騎士団長が稽古をつけて下さるんスか!?」
パロッツがえらく興奮している。いや、パロッツだけじゃない、訓練場にいる全騎士がざわついている。
「そんなに珍しいことなんですか?」
「それはもう!というより、トール騎士団長が試合をするとどの騎士も10秒ももたないので、稽古にならないんス。きっと何かお考えがあるに違いないっス」
俺が思ったよりも体力があることを聞いて突然部下との試合を決めた騎士団長殿。少し嫌な予感がしないでもないな…
「よし!パロッツ!まずはお前からだ!!」
「じ、自分ですか!?」
「そうだ!円に入れ!」
「りょ、了解っス!!」
指示を受け、訓練場の中心にある半径5m程の枠線の中に入っていくパロッツ。可哀想なまでに緊張しているのが一目で伝わる。
一方で、トールさんは泰然自若とした様子で堂々と円の中に入り、剣を抜く。模擬試合だからだろう。剣は木製だ。
「パロッツ!構えろ!!」
「はい!!」
凄いな。あれだけ緊張でガクガクだったパロッツが、剣を構えた瞬間にピタッと震えを抑え、真剣な表情に切り替わった。なんだよパロッツ、カッコいいじゃないか。
「ロイド!お前が合図を出せ」
「御意」
呼ばれて出てきたのは、2m近くはありそうな禿頭の大男。熊のような体格的にはこのロイドとか言う人の方がよっぽど騎士団長っぽい。そんな彼でもあのトールさんと斬り合えば10秒ももたないとか言うんだからこの世界はおかしい。
ロイドさんはゆっくりと”円”の側に歩み寄り、深く息を吸い、そして、合図を出した。
「始め!!」
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