第84話 聖者
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2倍?いや、3倍近く魔力量が増加している。それも1人や2人ではなく、全員だ。
何より不可解なのは、ヤツ自身の魔力は殆ど減っていないという点だ。魔力を供給して操っているわけじゃないのか?魔人特有のスキルだったとして、制約はないのか?
アベリガレストの“隠密”には範囲という明確な制限があった。だが、アイツの様子を見るにまだまだ余力を残している。勿論ブラフの可能性もあるが、楽観視は危険だ。
「そうだな~、ボクの異能を見破ったお兄ちゃん、邪魔だよねー。皆もエルフの味方なんてしてる危険思想を持った人は排除した方がいいと思わない?」
洗脳した民衆に問いかけた直後、分散していた視線がたった1人に集中する。……最悪だ。
「小林ちゃん!一旦逃げて!」
俺の身を案じる金剛の優しさは嬉しいが、逃走は悪手だ。
「根本的な解決にならない!洗脳される住民の数が膨れ上がるパターンも有り得る!」
対面して肌で感じた。コイツは非常に危険だ。今日逃がしてしまえば、後々更なる脅威となって行く手を阻まれる恐れがある。ここで仕留める、必ず。
「……ボク、キミみたいな小賢しい人間キラ~イ。絶対に死んでもーらおっと」
「“サイクロン”」
襲い来る群衆を避けるため、自身に向けてサイクロンを放ち、中空に舞い上がる。苦肉の策だ。少しでも考える時間が欲しい。
「金剛!ヘラさん!セリンさん!誰でもいいです!適当に1人捕まえて遠くまで離れてみて下さい!」
街中の人間が集結していない点を鑑みると、洗脳に範囲制限があってもおかしくはない。いずれにせよ、1つずつ虱潰しに検証しなければ……!
「アハハ!無駄無駄!不用心だよね~。身動きの取れない空中に逃げるなんて」
「なめるのも大概にしろ」
放たれた岩魔法を“ストレングス”で殴り壊す。敵であり人質でもある教皇国民がいる限り攻撃こそ出来ないが、防御なら楽勝だ。
「ちぇっ、つまんないの」
感知から察するに、コルニパの魔力総量は“十指”に毛が生えた程度だ。決して弱くはないが、あくまでも人を操り、接近戦を試みない時点で膂力はたかが知れている。
油断さえしなければ即死は回避可能だ。あの魔人が余裕ぶっこいて現状を楽しんでいる限り、時間ならいくらでも稼げる。
問題は、長期戦に持ち込めたとしてもヤツを倒せるビジョンが浮かばないことだ。
「オイ!1人テキトーにぶん投げてみたが変化は無かったぞ!ついでに言っておくが、オレは何度もテメェの指示に従うつもりはねェからな!気が変わり次第全員蹴散らす!!」
着地した俺の耳に届いた残念な報せ。と言うか、ぶん投げるなよ。ゴリラの方がよっぽど優しいんじゃないか?
「聞いたかい?なんて野蛮なエルフなんだろう!一刻も早く処理しなきゃ、みんなが殺されちゃうよ!」
「……冗談だろ?」
コルニパが不穏な言葉を発した途端、更に魔力が上昇した。先程の様に倍増とまではいかないが、無視できないバフがかかった。衆人のターゲットがヘラに移る。
「ヘラさん!後生ですからケガだけはさせないで下さい!何でもしますから!」
耳をピクリと動かし、敵が増えたのかと錯覚するレベルの邪悪な笑みを浮かべるヘラ。
「カカカ。二言はねェからな?」
木々から木々へ飛び移り、或いは人と人との僅かな隙間を縫い、彼女は全ての攻撃を華麗に躱す。
とんでもないミスを犯してしまった気がするが、今は目を逸らそう。そんなことよりも新たな仮説が立った。検証しない手は無い。
「コルニパ!……人間の感情を弄んでいると、いつか痛い目を見るぞ?」
瞬間、憎たらしいニヤケ面から感情が消える。“アタリ”を引けたみたいだな。
「あぁー、ウザいウザいウザい。ボク、説教されるのが一番嫌いなんだよね。ちょっとタネが分かったくらいで調子に乗っちゃってさ。結局解決策は無いくせに」
言質が取れた。ヤツは、人の持つ偏見から生じる憎悪や嫌悪感、不快感などの悪感情を媒介に人を操っている。醜悪極まりない能力だ。
「無くてもすぐに捻り出してやるさ」
扇動した後に必ず魔力が増加していたのが決め手だった。人間至上主義が根付いた教皇国だからこそ真価を発揮できる異能。道理で大洞窟では襲ってこなかったわけだ。
「オマエ、ボクをなめてるだろ?」
大量の氷柱を俺の周囲に展開し、近くにいた教皇国民諸共貫きにかかるコルニパ。
「“ウォータージェイル”」
2人を包む水牢に飛来した氷魔法は急速に勢いを失う。当然だ、氷は水より密度が小さい。
浮力に負けて失速する氷柱、水に呑み込まれ混乱する無辜の民を抱えて“ストレングス”で強引に回避する。
「誰が誰をなめてるって?」
脳がパニックに陥ったせいか、小脇に抱えた彼からはもう魔力を感じない。思わぬ発見だ。
「キッモ!カッコつけんなよ!決~めた!オマエだけは殺さない!自我を残したまま永遠に僕の操り人形にして生き地獄を味合わせてっ!?」
「流石は第零部隊隊長」
怒りで視野の狭まったバカの背後に移動し、完璧に捕縛したセリンさん。煽りに煽った甲斐があった。
「コバヤシ、止めは貴様が刺せ」
「そうしたいのは山々ですが、どうやらその必要は無さそうです」
「……む、確かに。面倒事にならなければよいのだが」
「は?ウッザ!!勝った気にならないでくれる?ボクにはまだ奥の手が」
それ以上、言葉が続くことはなかった。遠くで何かが煌めいた後には、魔人の脇腹に穴が空き、首は落ちていたから。
地に落ちた首が更なる光により蒸発する。それから数秒の後に現れた彼女は、此方に向かって恭しく頭を下げた。
「遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした。また、市井の民に傷一つ付けずに戦い抜いたアナタ方へ惜しみない感謝と称賛を送らせて下さい」
腰まで伸びた美しいプラチナの髪と、金色の瞳。容姿端麗という言葉は彼女のためにあると言っても過言ではないだろう。
そして圧倒的なまでの魔力。わざわざ訊かずとも分かる。この人が“聖者”だ。
「いえ、傷付けなかったのではなく、傷付けられなかっただけですよ。特に僕とそこにいる彼女は召喚者ですからね」
「存じ上げております。神託がありましたから。それに、我が国にも召喚者はいましたので……」
「え?」
召喚者が、“いました”……??
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