第82話 味見
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なるべく穏便に済ませたいが、不可能に近いだろう。隠す気のない全力全開の魔力は“十指”に勝るとも劣らない。
出発が早朝だったのが幸いしてか、広場に人は少ない。いや、彼女はただの“全筋”ではない。それすら織り込み済みで喧嘩を吹っかけていてもおかしくない。本当に厄介だな。
派手な魔法はまず使えない。最悪のケースは何らかの法に触れて……。
「オイ、まだ寝たりねェのか?」
「!?“ストレングス”」
顔面を鷲掴みにされ、美しく敷き詰められた石畳に叩き付けられる。あと数瞬でも反応が遅れていたら砕けていたのは石畳ではなく後頭部だった。
相手の初動が速過ぎて“アグダロト”は間に合わないと判断して“ストレングス”を選んだが、それでもギリギリだった。
脳が揺れている感覚が少しばかりあるが、大丈夫だ。“反動”に比べたら大したものではない。
「今ので終わったかと思ったが、存外丈夫だな。何より……、一体どこにそんな力を隠してやがったんだァ?」
獰猛な笑みを浮かべるヘラは、正に狩りを楽しむ雌獅子だ。いつも通り、絡め手で拘束して終わらせてやる。
魔力を地面に伝わせ、標的の足元で“フロスト”を発動させる。
「舐めてんのか?」
まぁ、当然避けるよな。身動きを取れない上空ではなく前進して攻めに転じる辺り、ガチの戦闘民族って感じだ。だが、その動きは想定内。
「ホラ、もう一発だ!」
「“C・ストレングス”」
多少の犠牲覚悟で構えた左腕を見た途端、ヘラは拳を寸止めし、素早く後退した。
「……どうして攻撃を中断したんですか?」
「あァ~、何か分かっちまうんだよなァ。身に迫る危険の“匂い”とかその他色々。悪ィな」
匂いだと??とっておきの初見殺しがワケの分からない理由で潰されてしまった。この分じゃ“アグダロト”も通じないと見た方がいい。いきなりピンチじゃないか。
「ちったァ戦いに集中してくれや。ムカつき過ぎてうっかり加減を忘れちまいそうだ」
「あっぶな!」
ただの蹴りで風切り音がしたぞ!?フィジカルモンスターにも限度があるだろ!
しかも、そんな殺意マシマシの攻撃が間断なく迫りくる。避けるのに手一杯で作戦を考える暇も無い。
「つまんねェな!テメェからも攻めて来いよ!それでも付いてんのか?」
……ハーフとは言え、コイツもエルフじゃないのか?それなりに歳を重ねた大人とは思えない言動だ。
「ならもっと手加減して下さい!蹴りも突きも、かすっただけで大ケガしそうなんですよ!」
「煽るねェ!『これだけ攻撃しているのに最初の一発しか当てられてないですよ~』ってか?」
あぁもう面倒臭いな!“全筋”のくせに変な曲解するなよ!久々にイライラしてきた……!
「ヘイヘイ魔力がブレてんぞ!器のちっせェ野郎だな!」
咄嗟に詐欺女神がチラついてこめかみ付近の血管が切れそうになったが、落ち着け、落ち着くんだ。
下手な魔法は躱される。当たらざるを得ない状況を生み出せ。シンプルで確実なのは上空に飛ばすこと。風なら周囲に被害も出にくい。……よし。
「“サイクロン”」
「おォ!?」
いくら“匂い”とやらを嗅ぎ付けようが、範囲が広ければ避けられまい。
生じさせた突風は、近くに生えている木々の葉諸共ヘラを空へと舞い上げる。
後はアイツの真下にデカい水球の牢獄を作ればお終いだ。……まったく、こんなじゃじゃ馬をフェート大森林まで連れ帰らないといけないのか。先が思いやられる。
「“ウォータージェイル”」
やっと終わった。そう確信した直後だった。
「いいねェ!今のは少し面白かったぜ!」
「嘘だろ!?」
魔力が右拳に集中した次の瞬間、空中で放った─つまり地に足のついていない─パンチが、用意した牢獄を派手な水飛沫へと変えた。……はぁ!?アメコミヒーローかよこの女!
首と指を鳴らしながら構え直した彼女は、先刻まで覗かせていた牙をしまい、不服そうに口を尖らせた。
「んー、悪くはねェんだが、こうも小細工ばっかじゃな~。オマエあれだな、相当陰湿な性格なんだな」
堪忍袋の緒が切れる音を、産まれて初めて聞いたかもしれない。あの詐欺女神とは別種のイライラが、ピークに達した。
了承無しに始められたバトルに応じてやった。だが、あらゆる創意工夫が純粋な力と意味不明な勘で破られ、挙句の果てに陰湿呼ばわり。
初対面でここまでされてキレない方がおかしい。
「もういい。やめだ」
「あン?何だって?」
──作戦を考えるのは。
「シッ!」
「ッ!痛ェなオイ!やっとヤる気になったか!?」
短期決戦だ。全力の“ストレングス”で正面からブチのめす。
こちとらセリンさんから直々に体術を教わっているんだ。格ゲーのレバガチャみたいなお前の攻撃をいなすなんてワケないっての。にしても……。
「硬いなチクショー!」
鉄塊を殴っているようだ。傷一つ無い肌にも得心がいったよ。
「そうそう!こういう殴り合いがしたかったんだよ!楽しいなァ!」
返事をする時間すら惜しい。手数で押す。スピード重視でも俺の魔力なら決して軽くはない。
「ヒュー!やるじゃねェか!強いオスは好きだぜ!」
……いいね、完全に小細工は終わったと勘違いしている。そろそろ頃合いか。
「ちょいと雑になってンじゃねェか!?」
急激に間合いを詰めた俺に対して放たれた渾身の腹パンを根性で耐える。……この距離なら、絶対に当たる。
「お返しだボケ!」
“アグダロト”を発動し、“ストレングス”で鉄塊の如く硬化している腹に拳をねじ込む。
相手の防御が硬ければ硬い程、この魔法は真価を発揮する。
「ガハッ!」
戦闘開始から初めて地に膝を突いたヘラ。普段ならここで試合終了だが、コイツの場合はもうひと手間加えないとヤバそうだ。
素早く後ろに回り、両腕を背中で組ませて間髪入れずに“フロスト”を発動する。
「“味見”じゃなくて実戦ならこれで死んでいますけど、まだ続けますか?」
凍結させても砕かれるのは目に見えている。“全筋”の場合は戦意かプライドを砕かねばならない。
「……チッ。やっぱりテメェは陰湿だな。筋金入りのよ」
メチャクチャ疲れた。どうして朝っぱらから街中でエキサイトしなきゃならないんだ。
……マズい、人が集まってきている。早いとこ国を出ないと。
「終わったようだな」
「えぇ。というか、手伝って下さいよ」
「愚か者。私が茶々を入れればどうなるか予想が付かんのか」
「あ、そうか」
衆人の集まる広場でエルフが2人も暴れたら大事になるのは必至だよな。
「じゃあ、さっさと行きましょうか」そう言いかけた時、フードを被った子供が近付いて来て、広場に響く大きな声でこう言った。
「あれー!こんな所にエルフさんが2人もいるー!!」
……本格的に面倒な事態になりそうだ。急がねば。
「あら、ホントね。じゃあ、殺さなきゃいけないわね」
「え?」
「近くにいる人間も随分とエルフと親しげだね。よくないなぁ。殺さないと」
「そうだね!皆でやっちゃおうよ!」
最初に声を上げた子供が再度大きな声を出した刹那、いつの間にか周囲を取り囲んでいた衆人全員の魔力が跳ね上がった。
脳が処理落ちしそうになるのをどうにか堪え、即座に確認を取る。
「金剛!セリンさん!特にヘラさん!いけますか!?」
「え、えぇ……。でも……」
「まったく、一体何が起こっていると言うのだ」
「馬鹿かテメェ、ウォーミングアップが終わったばっかだぜ?」
カッコイイなぁおい。だけど、やり過ぎだけは止めてくれよ。また地下牢戻りなんてマジで笑えないから。
取り敢えずサクッと動きを封じよう。事態の収束後に少しでも波風が立たない方向で動くのが吉だ。
「“フロスッ!?!?」
「コバヤシ!」
「小林ちゃん!?」
脳天からつま先にかけて“耐え難い苦痛”が走り抜け、同時に視界が明滅する。
なぁ……、どうして、どうしてこの状況で“ペナルティ”が発生するんだよ!!
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