第79話 脱出
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さて、カッコつけたからにはビシッと決めないと。目標はシンプル、不健康な紫色の皮膚をした恐竜の群れを潜り抜け、無傷で鉱床に辿り着くこと。
先ず、半球状の地獄への入口から真っ直ぐ進んだ場所、そこに盲目のモンスター達が明らかに避けている縦穴が見える。あの中が鉱床に繋がっているとみて間違いない。
“ライト”の光で薄暗くも覗けるドーム内を闊歩する怪獣のパレードを突破するためのヒントは、現時点で2つある。
1つ目は“音響石”だ。道中、この石が必要な場面は無かった。
加えて、此方の存在に気付いていながら1匹も威嚇の雄叫びを上げる個体がいない様子や、メラニーの存在しない唯一の空間に集中して溜まっている点から、高確率で音に弱いと推測される。
2つ目は今しがた気付いた点だが、奴らには目が無い。よくよく考えてみれば洞窟の最深部は光源が無ければ完全な暗闇だ。退化していても不思議ではないし、或いは初めから無かったのかもしれない。
音に敏感で盲目、確実に突くべき弱点だ。しかし、これだけで安全は確保できない。爆音で暴れ出す可能性だってある。音で怯ませて300メートルという距離をただ強引に駆け抜けるのは悪手だ。
もうひと押し情報が欲しいな……。
「小林ちゃん、何とかなりそう?」
「集中させてやれ。コイツが出来もしないことを出来ると言ったことは一度も無い」
「おぉふ」
不意にストレートな信頼を突きつけられ、目が泳いでしまった。お陰で魔力もブレブレに……!
「見ましたか?」
「何を?」
「あぁ、殆どのリマ・パルマが間抜けな声を漏らした貴様に目を向けたな」
一言多いです、セリンさん。
「魔力が揺らいだ瞬間、遠くにいる個体ですら僕の方を向きました。魔力感知で此方の存在を把握している証左です」
「5分も必要無かったようだな」
「……そんなに顔に出ていますか?」
「文字が浮かび上がって見えるレベルよ。フフ、小林ちゃんに腹芸は無理そうね」
「そもそも腹芸なんてやりたくない」
「どうでもいい、早く作戦を言え」
「分かりました。最初に重要な点を述べておくと、この案は十中八九上手くいくと考えられますが、100%の安全は保証できません」
シンプル故に成功率は高いが、如何せん情報不足だ。こればかりはどうしようもない。
「当り前だ。第一、絶対を安易に口にする策士は三流だ」
「で、どうすればいいの?」
「引くほど簡単です。僕が魔力を込めた“音響石”をあの空間のなるべく中心で破砕します。当然ですが、絶対に耳を塞ぐのを忘れないで下さい。すると、音と魔力を頼りにする奴らは知覚手段の1つを絶たれます。残った方は、各々で魔力を“完全に”抑え込めば問題ありません。後は真っ直ぐ突っ切るだけです」
誰にでも思い付く案ではあるが、誰にでも実行可能な案ではない。通常であれば、殆どの者が後者で躓く。ここにいる3人だからこそ実現できるのだ。
それに、“消火”状態になると得られる若干の身体能力向上も、300メートルという短くない距離を1秒でも速く駆け抜けるのに一役買ってくれる。
「……ふむ。問題点はあるが、現状の手札では恐らく最善だろうな」
「何秒足止めしてくれるか不明ですからね。フェート大森林で使ったあの魔法による追加の足止めも用意しますが、最終的に全力の“ストレングス”でゴリ押すパターンも視野に入れておいて下さい」
「承知した」
「さっすが小林ちゃん!了解よ!」
「じゃあ行きますよ。準備して下さい」
“音響石”に魔力を込め終える頃には、2人の魔力はほぼ感知不可能なレベルにまで抑え込まれていた。素晴らしい。
突然3つの存在が消えたせいか、辺りを忙しなく動き回るリマ・パルマ達の巣窟に足を踏み入れ、高い天井の中心に向けて思いっ切り石を投げ放つ。同時に耳を塞ぎ、陣形2で一斉に走り出す。
足音に反応したのも束の間、指でしっかり塞いで尚頭に響く爆音により、リマ・パルマは侵入者を完全に見失った。暴れるどころか硬直してくれているのは僥倖としか言いようがない。
と言うより、想像を遥かに超えて効果抜群だ。中心部にいた個体などは気絶している。多少迂回するハメになってしまったが、おかげで難なく目的地である裂け目に辿り着けた。ファズさんにお礼を言わないとな。
「うおっ……」
「綺麗ねぇ~!」
「これを砕かねばならんのか。少々気が引けるな」
通り抜けた地獄の先には、アメジスト色の結晶がそこら中に生えている神秘的な空間が広がっていた。
「あら、頑張れば砕けなくもないけど、結構硬いわね。加減が難しいわ」
「いや、頑張らなくてもいいよ。こんなに綺麗な結晶だとは思わなかったな。運が良い」
「どういう意味?」
説明するよりも見せた方が早い。セリンさんの方を向くと、俺が何をするのか察したようでそっぽを向いてしまった。
“おかしな魔法”が役に立っちゃったからだろうな。負けず嫌いなところも可愛い……。
地面から生える高さ1メートル弱の“退魔石”に手を添え、静かに唱える。
「“クラック”」
瞬間的に亀裂が全体を覆い、音を立てて崩れ、結晶は拳大の欠片になる。その内の1つを手に取り、重さを確認する。
「このくらいの重さなら、あと何個か同じサイズの物を砕けば目標を達成できそうですよ」
「凄いわ!殆ど魔力を使わずにそんなことが出来るなんて!」
よせやい、あんまり褒めるなよ。照れるじゃないか。
「フンッ」
「わお……」
照れる俺と金剛を尻目に、セリンさんは正拳突き一発で結晶を砕いていた。それ程魔力を消費していないのにあの威力。相変わらずこの世界の人族はフィジカルが狂っている。
あっという間に回収は完了し、残す関門は帰路だけとなった。正確に重さを測る術がないので、1人辺り40キロは超えているであろう“退魔石”を鞄に収納した。
「帰りは“退魔石”を背負っているから安心して歩いてもいいのかしら?」
「いや、あれだけの鉱床にも関わらず奴らは数十メートルしか距離を置いていない。高々100キロでは効果はほぼ無い筈だ」
「想定内ですね。僕の魔法で代用します」
「奴らが近付いてこられないギリギリまで出てから爆破させるんだぞ」
「分かっていますよ」
ゆっくりと鉱床を出て、数十歩進んだ地点で足を止める。これ以上は危険だ。
「行きます、魔力を抑えて下さい」
「あぁ」
「分かったわ!」
野球ボールサイズの岩球を先刻と同じ位置に向けて投擲し、同時に走り出す。特大の花火が至近距離で咲いた時に近い振動が身体に伝わる。
クソッ、気絶まではしてくれなかったか。だが、アレ以上の音を閉じ込めようとすると外殻となる岩の強度も上げざるを得ない。
不発に終わるパターンだけは避けたかったからな。だが、恐らく問題は無い筈……。
「キャッ」
「マジかよ!」
爆音により気絶していたリマ・パルマが逆に目を覚まし、動いた尻尾が当たった金剛が転倒してしまった。
僧侶タイプの彼女は魔力が漏出し易い上に、そもそも魔力を完全に抑え込むにはかなりの技量と集中力が必要とされる。
そこにハプニングが重なれば、目覚めた盲目の恐竜が狙う獲物は知れている。
「コバヤシ!」
事態を瞬時に理解したセリンさんが歩みを止めずに問いかけてくる。魔力には惚れ惚れする程変化が見られない。ならば指示は決まっている。
「先に行って下さい!想定済みの“最悪”です!支援するなら突破後にお願いします!!」
「ごめんなさい!すぐに起き上がるから大丈夫!」
立ち上がった金剛は明らかに軽いパニックに陥っている。状況的に無理もないが、真後ろから迫っているリマ・パルマに気付いていないのはマズ過ぎる。
「“アグダロト”!」
有無を言わさず金剛を突き飛ばし、代わりに突進を引き受ける。衝突時に軽くジャンプすることで反作用を可能な限り無くし、衝撃の軽減を図る。
突風に煽られた傘の如く宙を舞い、出口付近の石柱に打ちつけられる。
「小林ちゃん!」
「“フロスト”!!」
着地してから間髪入れずに魔法を放ち、気絶から覚めたリマ・パルマ達の足元を凍らせる。よかった、足止めは一応効くらしい。
「ぼさっとするな!出口で待ってるからな!絶対に謝りに来い!!」
優し過ぎるが故に更に焦る金剛に喝を入れつつ、俺は全然平気だぞとアピールも入れる。
「……!もう大丈夫!」
察しが良いのが彼女の長所だ。他の個体は硬直から抜けきっていない。最悪は脱した。
確信を得たならば、後は走り抜けるのみだ。最早“消火”状態にしておく意味もない、“ストレングス”を使おう。
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何とか全員が地獄を抜け終えた後、待っていたのは怒涛の質問責めだった。
「ゴメンね小林ちゃん!骨は大丈夫?頭は打ってない?眩暈とか吐き気、それから耳鳴りとかしてない??」
「落ち着けコンゴウ。どこからどう見てもコバヤシは無傷だ」
「外傷が無くても大変な事になる場合もあるの!」
「そ、そうか」
あのセリンさんですらたじろぐ剣幕に、思わず笑いそうになる。多分脳震盪の類を心配しているのだろう。流石は元医療従事者だ。
「大丈夫だって。何か異変を感じたらすぐに伝える。それでいいだろ?」
「……そうね。取り乱してごめんなさい。こんな洞窟、とっとと抜けちゃいましょ!」
漸くいつもの金剛に戻ってくれたみたいだ。“アグダロト”を改良しておいて良かったと心の底から思う。そうでなければ強打した背骨がイカれていた。
「陣形1だ。道は大方覚えている。着いてこい」
鞄に入っている大量の“退魔石”のお陰で、帰りは一度も魔法を使うことなく洞窟を抜けられた。これ、余った分はこっそり貰っておいた方がいいかもしれない。
それよりも、やっとお使いが1つ終わった。教皇国側がすんなり解放してくれるといいんだけどなぁ……。
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