第76話 メディーラ大洞窟 前編
いつも読んで下さって有難うございます!
探索は3パートに分ける予定です
レンツ車を入り口横に停め、荷台から物資の入った鞄を持ち出す。一見するとどこにでもあるリュックサックだが、実は“スペース”という空間を拡張するエンチャントが施されている。
発動時に込めた魔力量に応じて効果の持続時間が変化する継続型の魔法は付与魔法と呼ばれ、攻撃や防御、治癒といった都度発動するタイプとはカテゴリが異なるそうだ。
“スペース”をかけると、対象物の口に入るサイズの物体であればいくらでも詰め込められるらしい。
ただ、あくまでも空間を拡げているだけで物の重さを無視している訳ではないので、考えなしに色々と突っ込んでいくとあっという間に動きが阻害されてしまう点には注意せねばならない。
「採掘した“退魔石”は1人33キロずつ運ぶんですよね?」
「あぁ、水や食料もきっちり3等分している」
「最初に自給自足を強いられるのは多分アタシね」
「ま、そこは仕方ないな。……うおっ」
洞窟内部が感知範囲に入った途端、夥しい量の反応が引っ掛かった。
「これ、殆どがアレですよね」
「だろうな。相手にしていてはキリが無い」
地面から十数メートルはある天井までの空間を飛び交う、コウモリに似たモンスター。確か名前はメラニーだったかな。
時たま発する鳴き声が煩わしいだけで、丈夫な木の棒で殴れば倒せてしまうのではないかと思える程に弱い力しか感じられない。
「放置しても問題無いですよね」
「慣れるまではストレスになりそうだわ。アタシ甲高い音って苦手なのよね」
「障害になり得ない微弱な反応は基本無視する。……“リビール”」
「おぉ!」
発動と同時に、レンツ車から洞窟内部までの足跡がくっきりと浮かび上がってきた。……21センチくらいか?小さくて可愛いな。いやそうじゃなくて。
「これで無駄足を踏まずに済みますね!」
「助かるわ~」
「表出した足跡は半日で消える。まぁ、この場で使う必要は無かったかもしれんな」
「……ですね」
目の前にはドーム状の広大な空間が続いており、所々に天井を支える巨大な岩の柱が立ってはいるものの、基本的に視界は良好だ。
しかし、奥に進むにつれて天井は徐々に地面に近付いていき、最終的には3つの分かれ道を形成している。
「どれが正解なのか分からないわね」
「地図が無い以上、迷うだけ無駄だ。より遠くまで魔物が存在する道を選ぶしかあるまい」
「それもそうですね」
流石はセリンさん。頼り甲斐が段違いだ。
「入り口で喋っている時間などない。とっとと進むぞ。ひと時たりとも気を緩めるな。戦闘は極力回避しろ」
「はい」
「了解!」
“弱火”のストレングスを発動し、陣形を保ったままずんずんと先を急ぐ。
入口からは人差し指で覆い隠せるサイズに見えた3つの分かれ道は、5分も経つと高さ4メートル以上もある細長い口であると分かった。
「……真ん中、ですかね」
「他は魔物がいないものね」
「恐らくだが、ここから先は道が細くなっていく。言うまでもなく、戦闘の回避が困難になる筈だ。最小限の消耗で済むよう頭を使って対処しろ」
振り返りながら忠告をする彼女に、俺と金剛は首肯で応えた。
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どうやら“アタリ”の選択肢を引けていたらしく、暫く歩を進めた今も道は続いている。壊すには厚く、乗り越えるには高過ぎる岩壁が作る幅2メートルの道は3人に幾度も選択を迫り、その度に一度目と同じ方針で迷わず奥へ奥へと向かう。
外の光は殆ど届いておらず、薄暗い空間を“ライト”で照らすことによって漸くまともな視界が確保できる。
「……ぶつかるな。避けようがない」
「群れを成していますね」
「じゃあ、ラスティーね」
「陣形2だ、向こうもこちらの存在に気付き急速に接近しつつある。コバヤシは迎撃の用意、コンゴウは“ライト”の光量を上げろ」
セリンさんを頂点に、三角形を成すフォーメーションだ。治癒が得意な金剛が後方で補助に回り、中・遠距離の攻撃魔法で敵を近付けさせない陣形。
洞窟内部で炎属性や地形を変える魔法は使えないが、鮮明に敵を視認でき、且つ狭い道を真っ直ぐ突っ込んでくるだけの間抜けなんて“アイスピアー”でコアを貫いてお終りだ。
だけど、そんな造作もないことが出来ない。ソレは卑怯だろ……。
「ウソ……。シベリアンハスキー?」
「何を言っている!コバヤシも早く処理しろ!」
ヤバい、もう飼い主に遊んでほしくて走ってきているハスキー犬にしか見えない。
……馬鹿野郎が、命がかかっている事実を忘れるな。
それによく見れば模様が少し汚い。アレは獣だ、容赦など不要。
「“アイスピアー”!」
目を瞑り、セリンさんから数秒遅れて放たれた4本の氷柱は全てコアを貫通した。群れが一瞬で半壊したラスティーは、やっと自分たちこそが“獲物”であると自覚したらしく、文字通り尻尾を巻いて逃げて行った。
だがしかし、本当の危機は多分これからだ。
「コバヤシ、どういうつもりだ?」
強烈な怒気を孕んだ問い。喉が絞まり、上手く声が出せない。
「すみません……」
「私は謝罪など要求していない。何故攻撃が遅れ、あまつさえ戦闘中に目を瞑ったのかと尋ねているのだ」
「せ、セリンちゃん?あまり怒らないであげて、多分召喚者なら誰でも同じ反」
瞬間、気が付けたのは俺だけだった。
「金剛!上だ!」
「ッ!」
「キャッ!えっ!?全然動けない!何々!?糸!?」
混乱と動揺で“ライト”が消え、途端に失われる視界。
怒髪天のセリンさんと必死で擁護に回っていた金剛、どちらも俺のせいで感知が疎かになっていたが故に起こった不足の事態。
「“シェルロック”」
弾丸状の岩石を天井に向けて撃つ。せめて尻拭いは自分でしなければ。
紫の体液をまき散らし絶命した硬い甲殻を纏った蜘蛛に似たモンスター、タトゥーラ。なるほど、粘性の高い糸で動きを制限してくるのか。
実に厄介だな、接敵次第真っ先に排除するべきだな。
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糸を断ち切り、周囲の安全を確認した上で反省会が開かれた。
「先程は本当にすみませんでした。あのラスティーという魔物が召喚前の世界に存在する動物と酷似しており、その……あまりに可愛くて躊躇ってしまいました」
「……部下なら本気の拳骨を喰らわせているが、私自身タトゥーラに気付くのが遅れた。済まない」
「アタシも“ライト”を消しちゃってごめんなさい。次からは何が起こっても視界だけは保つわ」
「よし、各々自省は済んだな。切り替えていくぞ」
「はい!」
「オッケー!」
もう絶対にあんなヘマはしない。目的を見失うな、命を失わないために。
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