第74話 交換条件
いつも読んで下さって有難うございます!!
「謁見は最長で30分となっております。無用な口出しとは存じますが、礼を欠いた言動だけは何卒お控え下さい。では、中へ」
扉が開かれ、先陣を切って入室すると同時に息を吞む。早くも1つ目の想定外が訪れてしまったためだ。
「どうしたのですか?旅の方よ」
不自然なリアクションを見逃さなかった男─恐らくは教皇─が尋ねる。
宴を開けば50人は楽にもてなせる広い部屋には華美な装飾は殆ど無く、大理石に似た床と壁、そして左右のバルコニーに続く開閉式の窓とカーテンがあるのみ。
唖然とした理由は当然そこじゃない。広々とした謁見の間に待ち受けていたのは、今しがた問いかけてきた穏やかに微笑む壮年の男と、2人の護衛だけ。
そう、たった2人なのだ。かなりの実力者であると感知から察せられるが、だとしても些か不用心に映る。とは言え口にするのは明らかな悪手であると判断し、適当な言葉を紡ぐ。
「いえ、あまりに広いものですから、ついたじろいでしまいました。先ずはご挨拶からさせて頂きます。私は小林と申します。後ろにいる2人は、金剛とセリンという者です。本日は突然の来訪にも関わらず寛大なご対応をして頂き、誠に有難く存じます」
玉座の5メートル前でピタリと立ち止まり、左胸に手を当てて深く礼をする。オーガス王国式の最敬礼だ。
「私はイリアと申します。因みに、この名は唯一神イリアの依代である教皇に代々与えられるもので、産まれた際に授かった名は別にあります。そして、察するに人の少なさに驚かれたのだと思われますが、とても簡単な話ですよ。護身は後ろの2人で事足りる。ただそれだけのことです」
……ブラフではないな。実際問題、4割以下に抑えている3人じゃまず勝てない力量だ。
しかし、あの詐欺女神の依代ときたか。一体どこまで本気なのか分からないから反応が難しいな。
どう返したものかと逡巡している間に、彼はゆったりとした口調で言葉を続けた。
「それから、礼には及びませんよ。今日は偶然予定が空いていたのです。あなた方の日頃の行いが余程善いのでしょう」
……“偶然”ね、食えない男だ。この世界における政治にはとんと無知だが、一国の主ともあろう者が突然訪れた異邦人に二つ返事で対面での会話を許可するなんて、常識から大きく外れている。
腹の探り合いは不得意分野だ。不用意な発言をしてしまう前に話題を目的に移そう。
「とんでもございません。偏に教皇様の懐の深さのお陰です。今日は厚かましくもその寛容さに甘えさせて頂きたく参った次第です。これ以上貴重なお時間を奪うのも心苦しいので、早速本題に入らせて頂いても宜しいでしょうか」
「えぇ、構いませんよ」
泰然自若として俺の言葉を待つ彼の魔力には、一切のブレが無い。両隣は言わずもがなだ。余裕の源泉が理解できないが故に、不気味だ。
巧い切り出し方がイマイチ掴めないが、百戦錬磨相手に小細工を弄しても不興を買う可能性が高い。下手に迂遠な物言いはせず、ストレートにいくべきだ。
「ゲルギオス王の勅命でエルフ族と交流を図るよう仰せつかったのですが、そこで“賢者”からとある条件を出されてしまったのです」
「……どのような条件ですか?」
「この国にいる、ヘラ・ウェリスを連れて来いと」
教皇の眉がピクリと動き、側付きの2人の魔力にも乱れが生じた。徐々に空気がひりついていく。
片方の護衛が一歩踏み出したのをもう一方が制し、元の位置に戻らせる。
「……アレは獣人族とエルフ族の混血児。エルフ族からも“忌み子”として忌避されていると聞き及んでいます。引き取りたい理由を伺っても?」
疑問調ではあるが、有無を言わせぬ圧力がある。ここからが正念場だ。
「仰る通り、“忌み子”だからこそです。追放した彼女が他国で暴れ回り捕まったと知り『混血児によって我が一族の誇りが汚された。しからば我らの手で奴の首を刎ね、その血を以て汚名を雪ぐしかあるまい』と“賢者”は申しておりました」
ヤクザの“ケジメ”をイメージしてでっち上げた大噓だが、果たして……。
目を閉じて顎に手をあて熟考すること十数秒、心拍数が限界を迎える直前で、イリアは口を開いた。
「なるほど、気位の高いエルフ族らしいですね。……ですが、コバヤシ殿が口にした内容が真実だったとして、私達が要求を呑む利益が見当たりませんね。アレの首を刎ねたとて、襲われた門兵の心的外傷は癒えません」
100%こうなると思った。ぐぅの音も出ない正論だ。……この手札は極力切りたくなかったが、相手側はヘラを釈放するメリットを示せと言ってきたのだ。仕方がない、後でセリンさんから怒られるかもな。
「はい。反論の余地もございません。そこで、私達3人の出来る範囲で彼女を引き渡すに値する依頼を出しては頂けないでしょうか」
九分九厘、無理難題を押し付けられるだろう。他に最善の手や言葉選びがあったかもしれない。けれど、一度口にしてしまった言葉はもう喉には戻らない。
待ってましたと言わんばかりに破顔し、彼は応えた。
「本来ならば断固として拒否していました。しかし現在、我が国は外壁の重要な材料の1つである“退魔石”が大量に不足しています。平時は“聖者”や横にいる“福音”と“断罪”に託す任務なのですが、前者は別件で、後者は首都の防衛で手が空いておりません」
……またおつかいクエストかよ。完全にたらい回しにされている。まるで役所を相手にしているみたいだ。
「つまり、“退魔石”を献上すればヘラ・ウェリスを返還して下さると」
「えぇ、100kg程度で構いません。最低限必要な物資は用意させて頂きますので、北西にあるメディーラ大洞窟に赴き、“退魔石”を採掘して下さい」
あの魔力に似た不可思議な力はその石によるものだったのか?恐らく弱い魔物を退ける効果があるとみた。
さり気なくセリンさんの方を振り返ると、口パクで「承諾しろ」と指示を出してくれた。良かった、怒られずに済みそうだ。
「承知いたしました。是非引き受けさせて下さい」
「即決即断、素晴らしいですね。交渉成立です。何か疑問点はありますか?」
あるにはあるが、訊いてもよいのだろうか。慎重に慎重を重ねて発言しよう。
「差し支えなければ、何故大量の“退魔石”を欲していらっしゃるのかお教え願えないでしょうか」
理由によっては代替案を提案できるし、有益な情報を聞き出せる可能性もある。
「“退魔石”には弱い魔物を退ける効果があります。加えて、先日唯一神イリアから宣託がありました『近々魔物の軍勢が訪れる兆候アリ』と。ここまで言えばもうお分かりですね?」
やはりそうか。だがしかし、今の発言が本当に詐欺女神からの警告だとすると、二度目の災厄が首都を襲うということか?だとしたら俺や金剛に一言も通達が無いのは不自然だ。
或いは、“こうなる”のをお見通しで黙っていたのかもな。アイツなら有り得る。
「成る程、有難うございます。こちらからの質問は以上になります」
「であれば、話し合いは終わりですね。お三方をここまで案内したメリスに部屋を用意させますので、暫しお待ち下さい」
やっと終わった。胃が痛い……。会社で初めてプレゼンをした時くらい緊張した。
15分後、共鳴のベルで呼び出されたメリスさんが部屋まで案内してくれた。一先ず、作戦会議を始めるとしよう。
────────────
小林達が去った後、イリアの傍にいたパール・メイラスは恐る恐る口を開いた。
「教皇様、ハーフエルフを連れ歩く野蛮な輩に採掘を任せて大丈夫なのですか?」
「……2人から見て、3人の実力はどう見えた?」
疑問に疑問で返す彼に、ファズ・ノードが答える。
「あの魔力で全力なら、十中八九“あの場所”で死にますね」
「然り。詰まる所、どちらでもよいのだ。遅かれ早かれ“聖者”は仕事を終える。そうなれば採掘はお主らか“聖者”に頼めばよい。若しくは押し寄せる軍勢を力で蹴散らすでもよい。また、門兵から共鳴石でハーフエルフが入国したと通達が入ってから、奴らが城に到着するまでの時間は短かった。寄り道をしなかった証左だ。そこから混血児が目的であると予想がつく」
「流石は教皇様。お見事なご慧眼です」
「アレからは大森林の中にある村の位置を聞き出す必要がある。“退魔石”で守りを盤石にするか、エルフを手中に収め勢力を拡大するか。どちらに転ぼうが我が国には利しかない」
「……成る程。アレが口を割るかはさておき、やっと理解が追い付きました」
理知的で人心掌握に長けた教皇はあの場を完璧にコントロールしており、無理だと踏んだ上で依頼を出した。ただ、小林達もまた、自身の力を完璧にコントロールしていた。
結論として、舌戦はほぼ引き分けに終わったのだ。交渉の行く末は、神のみぞ知る。
次話以降、初のダンジョン探索になります。面白くなるよう頑張りますので、ブックマーク、評価、感想の程宜しくお願いいたします。