第71話 突破
いつも読んで下さって有難うございます!
今回はセリン視点です。
コバヤシに偉そうに説教していたのに、何という体たらくだ……。ガラミュラの一件で領域を上空に向け過ぎて、平時なら見逃さなかった魔物を近付けてしまった。
私1人であれば切り抜けるのはさほど難しくない。しかし、3人を意識しながらの戦闘となると、難易度は途端に跳ね上がる。
「リリーラ、例の魔法は使えるか?」
「すす、すみません!ディオメナス級の魔物となると5秒近く無防備な時間が生じてしまいます。狂暴化していれば抵抗力がガクンと落ちるので一発なのですが……」
「謝る必要は無い。別の案を出せばいい」
長期戦に持ち込んで番を同時に殺せる機会を待つ手もあるが、あやつらが耐えきれるかが怪しい。コンゴウも奮闘してはいるものの、魔力が些か不安定だ。まだ恐怖を克服し切れていない。
こんな時、コバヤシならどんな打開策を生み出すのだろうか。……待て、何故今奴の顔が脳裏に浮かんだのだ?頭がどうかしてしまったのか、戦闘に集中しろ。
王国の安寧の為に、この場にいる3人を死なせる訳にはいかん。
「金剛!魔法は効いているか!?」
「全ッ然!火属性だけは若干ダメージが与えられたけど、大森林じゃ高火力は出せないからダメね!物理攻撃の方は?」
「魔法を防御している間だけは通りが良い気がする!とは言っても、現状6割が限界の俺じゃ物理単体で落とすのは無理だ!」
凄まじい観察眼だ。僅か数分の攻防で弱点に気付けたのか。しかし、話を聞いていなかったのか?下手に倒すと怒り狂った片方がどう動くか予測がつかん。
……それとも、既に2匹同時に倒す算段が付いているとでも言うのか?
「セリンさん!すみません!コイツらの特徴でもし教えてないことがあれば何でも言って下さい!」
1つだけあるにはあるが、とても活かせるとは思えん。……が、あやつなら現状を打破してくれるのではないかと期待している自分がいる。不思議な感覚だ。
……最悪、“奥の手”を使えばいい。一度託してみようではないか。
「音だ!こやつらは非常に低い音で意思疎通を取っているせいか、高い領域の爆音を聞くと一時的に硬直し、物理攻撃が非常に通りやすくなる!だが2秒と経たずに硬直は解けるぞ!」
そんな短時間ではお互い1頭ずつで精一杯、つまり、2頭のディオメナスないしはディアメナスが厄介な状態になる。結果として、他の魔物を呼び寄せる危険性さえ生じる。
それが予想できぬ程抜けた男ではないと思いたいが……。
「……最高です!5秒後に合図を出すので、“ストレングス”で耳を集中的に守って下さい!リリーラさん!貴女の力も必要です!狂暴化していれば一発で効くんですよね?準備をお願いします!」
そうか!その手があったか。……恐るべき成長速度、最早出会った頃とは別次元にいる。
「行きます!」
指示通り耳を保護する。コバヤシが放ったのは球状の岩。その岩が大森林の大木にぶつかり砕けた途端、凄まじい音圧が周囲を埋め尽くす。
「レンツ車に“ストレングス”と“コンフォート”!」
「はい!」
「リリーラさん!残りの2頭に“幻覚魔法”を!意図は分かりますね!?」
「お、お任せを!!」
指示を出しつつも限界の出力でディオメナスの頭蓋を砕き、即座にレンツ車に乗り込む。完璧な動きだ。
私も負けてられんな。6割の力でディアメナスの頭部を蹴り、破砕する。そのまま魔法をかけ終えたリリーラを回収しレンツ車に飛び乗る。この間、3秒も経っていないだろう。
「出発!」
「よいしょー!」
「ヒィ!!」
硬直から戻った奴らは数瞬だけ猛り狂ったが、すぐに沈静化した。これなら逃げ切れる。……全く、とんでもない男だ。
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感知からも2頭の反応が消えた頃、余裕の戻ったコンゴウが尋ねた。
「結局どうして逃げ切れたのか、説明してくれる?」
問われた張本人は、さも簡単な仕組みだと言わんばかりに語り出した。
「貰ったヒントで4頭を同時に足止めする魔法をすぐに思い付いた。とは言え、2秒じゃどちらも片方を潰すのが精一杯。通常なら事態は悪化してもおかしくはない」
「そうよ!でも、結果は真逆だったわ」
「そこで幻覚魔法の“イルージョン”だ。残った2頭が元々の番に見える様に錯覚させ、狂暴化を抑える。あとは音に反応した魔物が集まってくる前に多少遠回りしてでも逃げ回ればいいって寸法よ」
「すす、凄いです。一瞬でそこまで思い付くなんて」
「凄いのは“イルージョン”ですよ!“賢者”が太鼓判を押すのも納得です!でも、珍しいですね、セリンさん。最後の一撃、いつもより力んでいませんでした?」
……色々な意味で呆れた男だ。感知に関しては“覇者級”に届くのも時間の問題だな。負けず嫌いが出たと素直に言うのは癪だ。ここは1つ、騙されてもらおう。
「致し方あるまい。万が一にも配偶者のいるこやつを死なせる訳にはいかぬからな」
「あら!そうだったの!?」
「え!リリーラさん既婚者だったんですか!?」
「どど、どうして分かったんですか?」
やはりそうか。最初からおかしいと思っていたのだ。
「長命種のエルフは歳を取れば取る程、死に対する恐怖が薄れていく。未練が無くなるからな。それなりに生きていて実力もあり、尚危険を過度に恐れるエルフがいるとすれば、十中八九結婚したばかりの者だ」
「そ、そうなんでずぅ~!なのにミラ様とリラ様ときたら『暇そうだし、お願いね~!』だなんて軽いノリで押し付けてぎで~!」
「おい、抱き着くならせめて鼻を拭いてからにしろ」
「なるほどな~、流石セリンさん。やっぱりカッコいいなー」
戦闘中はあれだけ冴え渡った頭脳を持っているというのに、こういう嘘にはあっさりと騙されてしまう。……あの人とそっくりだ。
「セリンちゃん、どうしたの?遠い目なんかしちゃって」
逆にコンゴウは感情の機微に聡過ぎる。
「気にするな。何でもない」
「ふーん、そ。分かったわ」
こんな小娘に気取られてしまうなど、どうも緩んでいるな。良くない傾向だ。気を引き締め直さねば。
直に森を抜ける。私にとっては、ある意味そこからが本番だ。気合を入れろ。
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