第6話 1000倍の記憶力
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「コホン、えー、魔法を使うには、体内に存在する魔力を認識し、自分が実現したいことをできるだけ明確にイメージする必要があります。そのイメージが明確であればある程理想的です」
そういう妄想なら中高で散々してきたし、なんなら大学で学んだ化学や物理の知識もある。イメージ、という点では特に心配は無さそうだな。
「本当はこんな簡単な話ではないのですが、簡単な解毒魔法と毒探知魔法ならそのくらいの認識でもなんとかなります。魔術に関しては明後日以降しっかり学んで下さい」
ただし、1つだけ致命的な問題がある。
「あの、体内に存在する魔力を認識し、とか言われましても…」
そんなこと急に言われて「なるほど!」となる筈がない。前世にそんなファンタジーな力は存在しなかった。
「チッ、めんどくせぇな…そうでしたね、小林様、両手を出してもらえますか?」
全部聞こえてるよ。いや、聞こえるように言っているのか?流石性悪詐欺女神だ。
「小林様…?」
「いえ!なんでもありません!」
大人しく、迅速に差し出した両の手に、彼女も左右の手をゆっくりと乗せる。中身はアレだが、見た目が絶世の美女なだけに若干緊張してしまう。
「若干、じゃなくてかなりの間違いじゃないですか?手汗が凄いですよ、童貞小林様?」
「童貞差別、ダメ、絶対」
「下らない茶番はこのくらいにして。今から、小林様の手に私の魔力を少量流します。それを何回か繰り返せば、恐らく”魔力の流れ”が徐々に理解できるはずです。魔力の流れが理解できれば、自ずと体内に存在する魔力の認識も出来るようになります。…いきますよ」
「……!」
これは…!!
「あら、意外とセンスが良いですね」
暖かい水のような何かが彼女の手から俺の右手に浸透し、右手から心臓へ、心臓から左手、そして彼女の左手へと循環していったのをハッキリと知覚できた。
「そこまでできたなら十分です。さぁ、もう直に夜が明けます。今日の城内案内で城の構造をしっかりと把握するのも小林様の仕事の1つですからね」
「分かってますって、今日はありがとうございました」
「応援していますよ。小林様」
「上司女神からの評価のために、ですよね」
「当然です」
まったく、本当に可愛げがないな、この女神様は。
その言葉を最後に俺の意識は急速に遠のいていき、やがて深い闇へと落ちた。
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「…シ様…バヤシ様、朝でございます」
「うお、おはようございます……ノックされました?」
大学生、社会人と長い一人暮らしをしていた俺にとって、寝起きに真横に人がいるという状況は心臓に悪いのだが…
「勿論です。暫く待ってもお返事がなかったものですから、中に入らせていただきました」
「そ、そうですか、それは失礼しました」
だけどこれ、ちょっとマズいよな。寝ている間に暗殺され放題ってことだろ?育った環境的にピンと来ようがないけど、あの詐欺女神の言う通りもう少し気を張った方がいいんだろうか。
「朝ご飯の用意が出来ておりますが、いかがいたしますか?」
「この部屋で食べることもできますか?」
「はい、ではお持ちいたしますね。10分ほどお待ち下さい」
「すみません。宜しくお願いします」
なんか申し訳ないな。ご飯を持ってきてもらうために片道5分もかかるような広い城内を往復してもらうなんて。
「10分か…何しようかな」
二度寝の危険性を考えるとベッドには戻らない方がいい。だがそうなると、テレビもスマホもない10分は地味に長い。
取り敢えずぐるっと部屋を歩き回るか。昨日はあまりの豪華さに緊張しちゃって細かい部分は大して見てないからな。
「多分、このチェストですら俺が住んでいた部屋の家賃何ヶ月分かになるんだろうな……お、これは…」
何の気なしに開けた引き出しに入っていたのは、地図だった。恐らくこの城の。
「いいね、丁度良い暇つぶしになる」
残りの9分間はこの地図を眺めて時間を潰そう。
「へぇ、この城4階建てなんだ。俺が今いる部屋は3階で…うわ、調理場1階じゃん!そりゃあ片道5分かかるわけだ」
……独り言が多いな。前はそれでも何も問題無かったが、ここではちょっとマズいかもしれない。少し、気を付けよう。
地下は貯蔵室になっているのか。4階が王族の部屋で…あぁ、昨日俺が召喚されたあの場所が儀礼・謁見の間になっているわけね。なるほどなるほど。
「コバヤシ様、朝食をお持ちいたしました」
「ありがとうございます!…あ、どうぞお入りください!」
丁度城の構造を把握したタイミングで朝食が届いてくれた。スライスされたバケットに肉がゴロゴロと入ったシチューか。いいね、朝ご飯にしては少し重いけど。
「お口に合わないようでしたらお残ししても構いませんので……城内の地図を見ていらっしゃったのですか?」
「えぇ、丁度全体の構造を覚えたところです」
「フフッ、コバヤシ様は冗談がお上手なんですね。30分後にベリューズ様がいらっしゃいますので、それまでに食事をお済ませ下さい」
「本当ですって!」
「左様でございますか、ではベリューズ様も今日はお暇になるでしょうね」
「あ、その顔は信じていませんね?…そう言えば、お名前は?」
「失礼いたしました。私、テラと申します」
「テラさん、もしベリューズさんに合ったら伝えておいて下さい。コバヤシはもう城内の構造を覚えちゃってましたって」
「畏まりました。何かあれば”共鳴のベル”でお呼びください。では、失礼しました」
あの顔、最後まで信じてなかったな。でも、笑った顔は素敵だった…ウェーブのかかった短かめの金髪に、チャーミングなそばかすと碧眼が最高に可愛い。
「おっと、さっさと食べないとな。いただきます」
うん、美味しい。流石は王族に出される料理。昨日も思ったけど、結構味付けがシンプルなんだよな。何かの本で貴族の料理はスパイスが使われまくっていて味付けが濃いって読んだことがあったけど、全くそんなことはない。
いや、ここは別世界だからそれは一概には言えないのか。まぁ美味しければなんでもいい。地味に心配だったんだよね。食事が口に合うか合わないかって何気に重要な問題だし。
あ、また毒を探知するの忘れてた……今日の夕飯からは絶対にやろう。うん。
ご飯を食べ終え、することが無さ過ぎて大きな窓から見下ろせる城下町を眺め続けて15分。いい加減にそろそろ飽きてきたなというタイミングで、ベリューズさんは訪れた。