第65話 フェート大森林
ついに三章が始まりました。いつも読んで下さって有難うございます!
迷わずレンツ車の手綱を引くセリンさんに、確認のため目的地を伺う。
「僕の予想だとレインティシアに向かっていると思うんですが、合っていますか?」
「合っている」
「すごーい!どうして当てられたの?」
このくらいで拍手までして褒められると、嬉しいより恥ずかしいが勝るな。
「ゲルギオス王が言ってただろ?『各国との連携を図りつつ、更なる戦力を我が国に引き入れるのだ』って。てことは、まだ行っていない国が行き先になるのは確定だ。それから、この世界の地理を考えると、最も遠いのがイリア教皇国で、帝国の次に近いのがレインティシアだ。後は言わなくても分かるだろ?」
「勿論よ!ま、アタシとしてはギド帝国じゃなければどこでもいいわ!」
帝国には一応パイプがある。そもそも「メチャクチャ強い敵がいるんです!」とか言うだけで勝手に参戦するだろうし。もう一度出向く理由は無い。ファングとかベイルさん達には会いたいけどな。
「尤も、レインティシアに向かう主な目的は、協力を取り次ぐ方よりも寧ろ戦力を引き入れる方だがな」
「え、そうなんですか?」
「良い機会だ。道中は長い。レインティシアに住むエルフという種族について話してやろう」
おぉ!異世界っぽい!ワクワクする!!
「やっぱり、セリンちゃんみたいな美男美女がいっぱいいるのかしら!?」
「美醜に関しては知らん。気にしたことがない」
お、嘘を吐いたな?風で髪が靡いているお陰で、耳が一瞬動いていたのが見えた。
髪に隠れているから稀にしか見られないが、例えば照れ隠しの様なしょうもない嘘を吐く時にのみ、ほんの少しだけ耳が動くのだ。
4ヶ月以上の付き合いでやっと発見した可愛い癖。ただ、相手を本気で欺く際には一切動かない。流石は第零部隊隊長と言ったところか。
「先ず特筆すべきは、他の種族と比較して長命である点だ。個体差もあるが、400年は生きる。特異個体ともなれば、1,000年を超える」
素晴らしい、想像を裏切らない寿命だ。テラさんの祖母である彼女の外見が中学生位なのも納得だ。
「そして長命さと周囲の環境が相まって、各々の力が自然と研鑽されていく。数こそ10,000人かそこらだろうが、1人1人が2等級兵士以上の実力を持っていると思っていい」
「2等級!?」
はぁーなるほど。“更なる戦力”が主たる目標に据えられているワケがようやく腑に落ちた。
「コバヤシちゃん、アタシにも理解できる例えに変換してくれる?」
「あぁ~、俺の嫌いな野郎の言っていた話だけど『3等級は一人前の証、2等級は百人力の証、1等級は一騎当千の証』らしい」
「百人力が10,000人もいるの!?その気になればどんな国だって攻め落とせちゃうんじゃない!?」
だよな。しかも2等級“以上”だ、夢物語ではない。
「コンゴウの言う通り、十中八九可能だ。だが、そんな事態は起こり得ないだろうな」
断言するセリンさん。当然、理由が気になる。
「どうしてですか?」
「エルフは、元来温厚な種族だ。大森林という厳しい環境下での生存競争に負けぬため、力を付けざるを得なかったに過ぎん」
じゃあ、ギド帝国みたいな全筋はいないのか!嬉しい情報だな。交渉もスムーズに進む気がする。
「更に、柔和な筈のエルフは2つの部族に別れており、長年いがみ合っている。理由は知らんがな。つまり、外に目を向ける暇などないのだ」
「何だかフクザツだけど、それなら安心……なのかしら?」
ん~、面倒なことになる予感がビンビンするな。
「エルフに関する情報は大方話せたと思う。陽も暮れてきたことだ、今日はここで野営をするぞ。エルフの言語はオーガス王国や獣人族の言語とも少し異なるが、基本的な部分は似ている。その辺りについても覚えてもらう」
「宜しくお願いします」
「オッケー!」
「おっけー?」
久々に小首を傾げる姿を見られた……!ナイスだ金剛。
「“分かった”って意味よ!」
「……ならいい、各自やるべきことにかかれ」
────────────
焚き火を囲み、道中で狩ったワイルドホーンを3人で食べる。今回は金剛が調理してくれたお陰か、以前よりは美味しく感じる。香草らしき物をオーガス王国から持って来ていたらしい。
「さて、私の見立てでは明日にはフェート大森林に到着する。そこで、留意すべき魔物の知識を貴様らに叩き込む。死にたくなければ死ぬ気で覚えろ」
あのセリンさんが『死にたくなければ』と言ったのだ。相当ヤバいのがいるみたいだな。
「りょ、了解です」
「が、頑張るわ」
「最初に忠告しておく。火魔法が有効な魔物が多く存在するが、絶対に使用するな。危険を察知した仲間と、フェート大森林を神聖視するエルフ族両方を敵に回すことになる」
火に照らされる彼女の顔は、真剣そのものだった。火は厳禁、肝に銘じておこう。
「……ふーむ、危険度の低い方から紹介するなら、ケリューミアとラウネーシュだな。前者は共鳴石の素材となる鉱石でできた角を持つ非常に珍しい獣だ。万が一発見したら、確実に仕留めにかかれ」
「共鳴石って、僕がレイドリスさんから貰ったあの?」
ポーチから、薄紫色の透明な鉱石を取り出して見せる。
「然り。ケリューミアは角に魔力を込めて仲間に危険を知らせられるため、人前に滅多に姿を現さない。もし角を手土産に持参すれば、交渉は格段に容易になるだろう」
それ程希少な物をポンとくれたのか。レイドリスさん、太っ腹過ぎる。
「後者は蔦に擬態しており、近付いた獲物を吊るし上げて本体に取り込むだけの植物だ。感知さえ絶えず行っておけば全く脅威足り得ない」
さり気なく恐ろしい内容を話していたが、確かにもう寝ていても切らすことは無いレベルで熟達している。であれば、怖くはないな。
「とは言ってもだ、コバヤシ、貴様は感知範囲を一定以上拡げると領域が平面に近くなる傾向がある。多少絞ってもいい、三次元的な警戒を怠るな」
「あ、有難うございます……」
指摘されるまで、全く気付いていなかった……。俺にそんな悪癖があっただなんて。
「コンゴウに関しては問題無い。いつも通りに振舞うだけで十分だ。ただ、可能なら範囲を拡げる訓練をしておけ。生存率に直結する」
「オッケー!委細承知よ!」
「最後に、ヴァンディ、ネミュラ、ガラミュラだ。順に説明するぞ。よく聞いておけ」
危険度の高い方だよな。居ずまいを正し、傾聴の姿勢を取る。
「1匹目は体毛に覆われた外見と、群れを成すのが特徴の魔物だ。攻撃的で、1匹1匹は弱いが数が多い。体力を無駄に消耗させられてしまう。しかし、群れに紛れているボスを倒せば、途端に散り散りに逃げ去る。だから遭遇したらとにかくボスを探せ。魔力の多寡で区別できる」
「了解です」
「覚えたわ!」
「2、3匹目は特に危険だ。そこいらを飛び回っていて、鋭い針を持ち、針から麻痺毒を注入してくる。ネミュラの方は解毒魔法か、森で取れるネミュラ草でどうにかなる。一方で、ガラミュラは別だ。毒を受けてから数分で肺が機能を停止し、死に至る。私なら解毒は可能だが、相当な集中力を割かれる。要するに、無防備になってしまう」
思わず、生唾を飲み込む。現時点でパーティー最強のメンバーが身動きを取れなくなる。加えて、残った1人でガラミュラや他の魔物を相手取らねばならない。あまりにも、厳しい戦いだ。
「じゃ、じゃあどうすればいいの?」
「案ずるな。危険度が高いとは言ったが、強敵だとは言っていない。ストレングスで防御を全力で上げるだけで針は防げる。私が言いたいのは、決して油断してはいけないということだ。必要以上に気負わずともよい」
……本当に、表情が豊かになったよなぁ。彼女の金剛を諭す顔は、思わず見惚れてしまう程だ。
「さて、注意事項は概ね伝えた。細々とした点は都度伝える。以上だ。見張りは3交代。コバヤシ、貴様からだ」
「任せて下さい!」
「……何故嬉しそうなのだ?まさか、見張りが好きなのか?」
「違いますよ。いいからお2人は早く寝て下さい」
「あ、あぁ。そうだな」
「お休みー!」
出会った当初は見張りを任せてもらえなかった。今は、当然の様に頼んでもらえる。嬉しいに決まってるじゃないか。
感知領域を球状にする訓練を始めながら、俺は夜が更けるのを待った。
よろしければブックマーク、評価、感想の程よろしくお願いいたします!!