第57話 金剛力也
いつも読んで下さって有難うございます。
今回は少し重い内容になっております。ご注意ください。
「……え?」
突然の宣告に、思考がフリーズする。何故、どうして、という疑念が脳内をぐるぐると巡る。
「あ、ごめんなさい!勘違いしないでね?小林ちゃんにはすっごく感謝してるし、悪い人じゃないってこともちゃんと分かってるわ!今からしっかり説明するから、安心して?」
「あ、あぁ」
動揺が大き過ぎて、生返事しか返せなかった。
「”登竜門”で会った時はね、怖いだなんてちっとも思わなかったの。ガルと対峙している最中も、少し余裕があるっぽく見えてはいたけど、明らかに魔力は動揺していたし、確かな恐怖を感じていた。そうよね?」
「そうだな」
「でも、今日”縄張り”の外に出て淡々と魔物を処理している様を見て、怖くなっちゃったの。魔物よりも、アナタの方が」
ここまで聞いても、彼女が何を怖がっているのか、まるで掴めない。セリンさんも、耳を傾けてはいるものの、上手く飲み込めていない様子だ。
「もう聞いたことあるかもしれないけど、初めて”宴”に駆り出された時にね、全く動けなかったの。だって、身の丈よりも大きい化け物がうようよいるし、すぐ側ではゴチとか言う気持ち悪いスライムに屈強な隊士がなす術無く殺されていたんだもの」
「その話ならフィンドから聞いたけど、仕方無いって。あんな量の魔物を見たら怖くなるのは人として正常な反応だよ」
「……何て言えば伝わるのかしら。アタシ達って、一度死んでいるじゃない?つまり、死ぬことの恐ろしさを、身を以て体験している稀有な存在だと思うの。だからこそ、人一倍慎重になると思うし、いくら女神との契約があるとは言え、可能な限り危険から身を遠ざけようとする筈なの」
……金剛の言いたいことが、僅かながら分かり始めてきた気がする。俺に恐怖心が殆ど無いように見えて恐ろしいのだろうが、断じてそんなことはない。
「今回”宴”に参加したのは、スタンピードの原因がこっちにあったからで」
咄嗟に口にした弁明が終わる前に、反論が飛んで来た。
「今さっきだって『人として正常な反応だ』とかフォローしておきながら、自分は危険の中心に迷わず飛び込んで行った。”正常な反応”を、責任感だけで抑え込んだのよ」
反論できなかった。彼女の言葉は、厳然たる事実だから。
「そう、責任感が異常なまでに強いのよ。輪をかけて怖いのは、その強さ。正確には、召喚から半年かそこらでビズを、"十指"の1人を倒せる強さに至れているという事実そのもの」
また、何が言いたいのか分からなくなってしまった。恐怖心の無さを怖がっているわけではないのか?
「ファリス様から聞いたわ。アナタ、1,000倍なんですってね。単純計算で10倍の”反動”が来ることになるわ。勿論10倍強くなり易いってことも理解しているけれど、それだけの苦痛に、普通なら絶対耐え切れない」
「金剛だって毎日厳しい訓練に参加していたんだろ?オーガス王国にいた頃は必ず休息を1日挟んでいたし、訓練自体もセーブしていたから耐え切れた。そっちの方がよっぽど凄いって」
「参加”させられて”いたのよ。召喚者の命令でね。ここまで言えば分かるでしょ?あとね、アナタが身体を洗っている間に、セリンちゃんから聞いちゃったの。帝都に来てからは、毎日身を削る様な鍛錬を積んでいたそうじゃない。責任感や義務感だけで、想像を絶するあの痛みに飛び込める小林ちゃんが、とっても怖いわ」
「……」
何も、言い返せなかった。俺は、どこかおかしいのだろうか。
「……それで結局、貴様は何が言いたいのだ?コバヤシに何を求めている?」
これまで口を挟まなかったセリンさんが、どこかイラついた口調で問いかける。
「とっ散らかっちゃってごめんなさいね。要は、もっと自分を大切にしてあげて、ってことだけ。今から話すけど、生前は看護師だったから、つい心配になっちゃったの。じゃあ、本題に移るわね?」
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「”転生”前に小林ちゃんの投稿にリプライしたってのは言ったわよね?」
「あぁ、初めて会った時に言っていたな」
「実はね、リプライをして、それからニュースや特番の映像を観てあの保険が本物だと確信できた日に、自殺したの」
「……え?」
唐突に突き付けられた余りに重い告白に、時が止まった。
「ほら、見ての通りこのガタイじゃない?だけどね、物心ついた時から心は女の子だった。そして残念ながら、周りから見たアタシは、”普通”じゃなかったみたい」
語り出した彼女の表情は、明るかった。いや、明るくあろうと努めていた。
「小学校では散々虐められたわ。中高になって体格が大きくなってからは、虐めは無くなった。でも全然嬉しくなかった。こんな体じゃ、可愛いお洋服なんて到底似合わないもの」
黙って聞き入る2人を交互に見て、彼女は語り続ける。
「高校を卒業してからは、看護の専門学校に通って、看護師になったの。小さい頃お世話になったから、憧れだったのよ」
「夢を叶えられたのは良かったんだけどね、運の悪いことに、看護師長さんに気に入られなかったの。見事なまでのステレオタイプな方でね、顔を合わせる度に『気持ちが悪い』って罵声を浴びせられたわ」
「それは、なんというか……」
「いいのいいの!もう慣れっこだから」
何も良くないだろ、そんなの。どうして笑顔で語れるんだ……
「周りの同僚には結構よくしてもらってたの。力仕事は積極的に請け負っていたし、理解がある人も割合多かったから」
「それでね、看護師になって半年が経って、そろそろ仕事に慣れてきたかな~って頃だったかしら。急に仕事が忙しくなって、心身共に疲弊しきっちゃったの」
「まさか、自殺した理由って……」
「ううん。忙しいのは皆同じだし、そこは大丈夫だったの。でも、疲弊しきった状態で朝の問診に回っていたある日、入院していたおじいちゃんがね、こう言ってきたの。『オイ!あの気持ち悪い奴はオレんとこにもってくんなって前にも言っただろうが!見るだけで病気が悪くなるんだよ!!』ってね」
想像するだけで沸々と怒りが湧いてきた。思いっ切りぶん殴ってやりたい。
「心が折れる音が、ハッキリと聞こえたわ。いいえ、砕ける音、かしら。その日のお昼休憩の時間にあの投稿を読んで、何気なくリプライしちゃったの。仕事から帰ってTVを点けたら、あの大騒ぎよ。遂には有名なTV局も監視カメラの映像がフェイクじゃないって宣言しちゃったもんだから、ね?」
言葉にしなくとも分かる。手段は分からないし、聞こうとも思わない。そうか、そうだったのか……
「召喚後は言わなくても分かるでしょ?ギド帝国に召喚されて、ひと悶着もふた悶着もあって、最終的には助けてもらえた。話はこれで終わり」
「……私には分からない部分が幾つかあったが、貴様もそれなりに苦労したようだな」
「退屈な内容でごめんね?……最後に、1つだけ訊きたい事があるんだけど、いい?」
顔をこちらに向ける金剛。何だろうか、まぁ、どんな質問にだって答えてあげたい気分だ。
「いいよ」
「初めて会った時から、”彼女”って呼んでくれてたわよね。他にも色々あるけど……えぇと、どうして?」
なんだ、そんなことが気になっていたのか。決まっているじゃないか。
「産まれる時に体の性別は選べないんだ。なら、心の性別くらい自分で自由に選んでもいいだろ」
「ウフフ、素敵な考え方ね。ありがと」
「……予想以上に時間がかかってしまったな。こちら側の経緯と今後の方針は、明日の朝にするぞ」
「了解」
「は~い」
かなり重い過去ではあったが、結束が深まったという意味では、良かったのかもしれない。
明日以降のことに思いを馳せながら、徐々に深い眠りに落ちて行った。
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