第56話 "宴"の終わり
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階段を駆け下りたところで、思わず立ち止まる。1階には、メダさんを除いて誰もいなかった。食べかけの料理が、幾つものテーブル上に放置されている。
「心配なさんな。食い逃げは許さないからね。必ず首根っこ捕まえて代金を頂くよ」
いや、心配していたのはそこじゃないんだけど……彼女の心配は無用だな。
「ちょっと、行ってきます」
「”王者の拳”を倒した男が出るのかい、ちゃんと獲物を残してあげるんだよ!」
「アハハ、気を付けます」
……乾いた笑しか出なかった。どこまでもお祭り感覚なんだな。罪悪感を覚えているのが馬鹿みたいだ。
宿を出て辺りを見回すと、帝都の入り口付近には既に人だかりが出来ていた。どうやら都の中にはまだ入られていないらしい。
“弱火”のストレングスを発動し、纏魔で剣を補強する。敵の数が把握できていない現状では、これが最善だ。
「”縄張り”から出た方が圧倒的に動き易いな。あそこは人口密度が高過ぎる」
近くの建物の屋上に跳び移り、屋根伝いに帝都から出る。帳の降りた”縄張り”の外には、げんなりする程魔物が犇めいていた。
「……取り敢えず、雑魚から処理して見通しをよくするか」
目に付いたウォルグの首を切り落とし、数メートル離れた位置にいたワイルドホーンの四肢を切断する。
帝都民の目的はランク上げや金稼ぎだろうから確実にコアを取り出す筈だが、元凶である俺の目的は、スタンピードによる被害の最小化だ。
被害を防ぐのに殺しは必須じゃない。動けなくするだけでいい。
血糊を払い、黙々と雑魚を狩りまくる。ルービアだけは”中火”のストレングスに切り替えて外殻を破砕する必要があるから、地味にストレスが溜まる。
「……ふぅ、2分休憩」
体力には余裕があるが、周囲の状態を魔力感知で詳細に把握しておきたい。感知範囲を最大にまで拡げきった段階で、”宴”の終わりが近いことを悟った。
「あんな戦いじゃ、消化不良だったんだろうなぁ」
「オラオラどけどけテメェら!全部俺様の獲物だァ!!」
“王者”のお出ましだ。迸る魔力が試合をした時よりも荒々しい。アレが全力全開なのか?ハンデを貰っておいて良かったと心底思う。
そこからの光景は、ある種の爽快感があった。動きは殆ど線でしか追えなかったが、体に穴が空いたワイルドホーンに、武器扱いされるルービア。まるで無双ゲーを見ているようだった。
だが、ゴチがパンチ一発で爆散したのを見た時は流石に戦慄した。『このぐらいなら耐えられるだろ?』というガルの言葉が、あの一瞬でトラウマになった。
……測ってたわけじゃないけど、5分くらいかな。冗談みたいなスピードで減り続ける魔物を見たお仲間達は、身の危険を感じたのか脱兎のごとく帝都から離れ、身を隠した。
逃げる雑魚を追う趣味は無いのか、ガルは鼻息一つ鳴らすと帰っていった。少しはフラストレーションが解放されたのか、漏れ出る魔力は気持ち丸くなっていた。
「……戻るか」
周りには放置された魔物から”酒代”の回収に勤しむ輩でごった返しているが、今のところ金には困っていないし、今回の件に関して自分に金を稼ぐ権利は無い。
帝都に戻ると、入り口付近でセリンさんと金剛が待っていた。
「血だらけじゃないの!大丈夫!?」
「あー心配しないで、返り血だから」
「そ、そう……」
「だから言っただろう。私が手ずから鍛えたのだ。傷1つでも負っていようものなら、寧ろ傷を拡げられても文句は言えまい」
いや言えるだろ。何だそのグロ過ぎるフレーズは。
「さっさと戻って服を着替えろ。血生臭くてかなわん」
「ですね」
未だにお祭り騒ぎの獣人達を避け、宿に戻ろうと歩み始めた直後、目の前に兎耳の獣人が立ち塞がった。
「アタシの名はセラ。二つ名は”不可視”。これだけ言えば分かるでしょ?」
胸を張ってふんぞり返っている彼女は、それっきり口を噤んでしまった。
「え?すみません。全く分かりません……」
「ハァ!?壱の札持ちのアタシを知らないの!?……呆れた、兎に角、ここで今すぐ戦いなさい!」
意味が分からない。戦う理由も、無駄に上から目線なのも、何もかも分からない。
「嫌です、疲れてるんで」
「余所者はルールを知らないみたいね。挑まれた勝負は、断っちゃいけないのよ!」
「初めて聞くルールですね。ということで、勘弁してもらえませんか?」
「いざ尋常に!始め!!」
「!?」
勝手に盛り上がり、試合の火蓋を切った彼女の姿が、消えた。速過ぎて見えないのではない。徐々に薄れていき、ものの数秒で姿が消えたのだ。
「ウソ!何処に行っちゃったの!?」
「面白い魔法だな」
確かに凄い魔法だ。この魔法があれば、今日の試合で2つも魔法を使わずに済んだ。足音も聞こえないし、暗くて足跡も見え難い。彼女の技術なのか、或いは魔法の効果なのか。
”不可視”と言う二つ名から考えると、歩き方か別の魔法との併用によるものだろうな。
「1ヶ月前なら、九分九厘負けていましたね」
勢いよく振り返り、何もない空間に向かって鋭く拳を放つ。
「……ッ!な、何で??」
顎にクリーンヒットしたのはラッキーパンチだったな。膝から崩れ落ちる彼女に、タネ明かしをする。
「魔力が隠しきれていないんですよ。非常に上手く抑えられていますが、ほんの僅かに漏れていました。そして、魔力が漏れたその瞬間から、アナタは最早不可視ではなくなります」
「そ、そんな……」
「これで満足ですか?じゃあ僕たちは帰りますよ?」
「ウェ、ウェーン!!」
「は?」
あれだけ高飛車だった彼女が、みるみるうちに目を真っ赤にし、遂には一目も憚らず泣き出してしまった。頼むからこれ以上混乱させないでくれ。
「つ、次は絶対に負けないんだから!バーカバーカ!!」
腕で顔を隠しながら走り去るセラさん。嵐の様な方だったな。
「何だったんだマジで……」
「小林ちゃん、女の子を泣かせるのはよくないわ」
「そうだな、貴様、最低だぞ」
「僕被害者ですけど!?」
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「はぁ、散々だった……」
木桶を借りて身体を洗い、服を着替え、ようやく一息つくことが出来た。
「お疲れ様、中から見ていたけど、凄かったわ。本当に……」
「私は見ていて色々と楽しめたぞ」
「そんなこと聞いていません」
「……さて、思わぬタイミングで茶々が入ってしまったが、本筋に戻ろう」
そうだ、尻拭いとあのうさ耳獣人のせいで失念していた。
「情報の共有と今後の方針決め、ですね?」
「情報の共有?」
首を傾げる金剛に、簡潔に要件を伝える。
「言っただろ?俺とセリンさんのこれまでの経緯と、それから金剛自身の経緯も聞きたい。親睦を深めるためにも、今後の動きを決めるためにもな」
「あ~、そういうことね。了解よ」
「貴様と私との経緯を話せば長くなる。先に金剛の方から話すべきだな」
「分かったわ。……でも話を始める前に、小林ちゃんとは長い付き合いになりそうだから最初に言っておきたいことがあるの。ハッキリ言って、アタシはアナタのことが、少し怖いわ」
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