第4話 オーガス王国
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部屋を出て、迷いなく先導するベリューズさん。大理石の床を歩く小気味良い音だけが高い天井によく響き、これがまた気まずい。どんな話題でもいいからこの沈黙を埋めたい。
「あの、明日の予定ってどうなっているんですかね?」
「あぁ、気が回らずにすまんな。主に城内を案内する予定となっておる。明後日からは英傑コバヤシ殿に剣術と魔術の指南を始める算段だ」
「剣術の方は確か宮廷騎士団長の……」
「トール・スリーヴが手ずから指導するだろう」
うおぉ緊張する……。武の心得が無いと宣言してはいるものの、厳密に言えばここ1年はまともな運動すらしていない。とんでもない大恥をかいてしまわないか心配だ。
「あ、あと1つだけお願いがあるのですが」
「何かね?」
「え~と、”英傑”コバヤシ殿って呼び方は止めて頂けませんか?どうにも恥ずかしくって……」
「ハッハッハ!よいではないか」
「いやいや!割と真面目な話なんですよ!」
まだ何一つ成し遂げていないのに英雄扱いなんて羞恥プレイに等しい。
「……実はな、過去にも異世界より召喚した人間が獅子奮迅の活躍をし、我が国を救ったという記録が残っておるのだ」
「はぁ」
「彼の者も召喚当初は市井の民となんら変わらぬ非力な人間であった。しかし、驚異的という言葉では言い尽くせぬ成長を見せ、偉大な戦果を残した。加えて、一切の褒美も受け取らず忽然と姿を消した。以来、異世界より召喚されし者には敬意を表して”英傑”の2文字を付ける慣習が生まれた」
なるほど。だから「武の心得が無い宣言」をしたにも関わらず、王様を含めた周囲が大してざわつかなかったのか。変だと思っていたんだよな。
予言に従い呼び出した救世主がごく普通の一般人でした、なんて普通なら発狂ものの大事件だ。
そんなことより、予想はしていたが過去にもあの詐欺女神に騙された被害者がいたのか。同情を禁じ得ないな……。
「お言葉ですが、私はオーガス王国にてまだ一度たりとも能力も実績も示せていません」
「ふむ、一理ある言い分だな。よかろう。以後はコバヤシ殿と呼ばせて頂く」
「ご配慮有難うございます」
マジで助かった……。根っからの日本人には耐え難かったんだよな。
「他の国には王国で言う“英傑”に相当する方はいないのですか?」
「勿論存在する。準備に莫大な魔力と時間がかかる異世界からの召喚は頻繁には行えん。畢竟、どの国も基本的には各国の信仰する神に従い召喚を行う。お告げがあるのは世界に大きな危機が迫りつつある時だ。故に、遅かれ早かれ他国も召喚を行うだろう」
「例えば、どんな国があるんですか?」
「オーガス王国を含め、4つの大国が存在する。1つは実力至上主義のギド帝国。次に人族至上主義のイリア教皇国。最後に、フェート大森林に存在するエルフの国、レインティシア。大まかには今挙げた4国の勢力が拮抗しておる。他にも幾つかの小国が存在するが、その殆どが4大国の属国となっているのが現状だ」
ほうほう、分かりやすくて助かる。人族至上主義とかいうイリア教皇国には極力近付きたくないな。確実にヤバい思想の国だ。
「因みに、国交状況はどうなっているのですか?」
「そうだな……。エルフ族は一貫して中立を保っておる。どこにも与せず、穏やかな生活を望む種族だ。イリア教皇国とは極稀に交易があると言えばあるが、如何せん距離が離れておるからな、外交関係と呼べる程の繋がりは無い。そして、ギド帝国には不用意に近付いてはならん。あの国には一にも二にも戦闘の脳筋しかおらん。まともな国交など不可能と考えてよい」
「詰まるところ、どの国とも大して交流は無いと」
「そういうことになるな」
おいおい、そんな状況から世界中にいる人外達を探し出して協力を取り付ける必要があるのか?些かハードモードが過ぎるだろ……。
「おっと、そこの角を曲がれば貴殿の部屋に」
ベリューズさんが指を差した正にそのタイミングで、陽光を反射する銀の鎧を纏った金髪の美青年が姿を現した。
「おぉ、これはレイドリス殿下、失礼いたしました」
宮廷魔術師団長の敬意の籠った態度に聞き覚えのある名前……。つまり目の前にいるイケメンがボーナス倍率100倍の勇者か!
「気にするな。それとも、私がそんな些事で怒る狭量な男だと思うのか?」
絵に描いたような好青年だな。こうも人格ができていると、恐ろしい裏があるんじゃないかと疑いたくなる。
「ハッハッハ!滅相もありません。殿下程有徳ある者はそうおりませんからな」
「世辞が過ぎるぞ。もしや隣にいるのは、今日召喚された……」
「左様でございます」
視線で挨拶を促される。こういうのを察するのは得意だ。日本人だから。
「初めまして、殿下。私は小林と申します。以後、お見知りおきを」
「どうかそう畏まらないで下さい。貴方は世界を救うために異世界から来られた大切なお方だ。したがって、敬語を使う必要などありません。気軽にレイドリスとお呼び下さい」
ま、眩しい……!有り得ない、こんな善人いる筈がない!二十数年で腐りきってしまった俺の性根では、彼を心の底から信用できない……!
「流石にそう言うわけには」
「ベリューズ、彼が召喚された時、父上は何と仰っていた?」
「……『お主は異世界の人間だ。故に、王国の身分制度に縛られる道理も無い』と」
「だろうね。お前は父上の言に逆らうつもりなのか?」
「いえ、そのようなつもりは微塵も」
「ならいい。すまないねコバヤシ殿、宜しく頼むよ」
「いえいえ!こちらこそよろしくお願いいたします!」
レスバも強いのかよ。とんでもないハイスペック王子だな……。
「それでは、邪魔をしたね。また会おう」
「ハッ!」
颯爽と去っていくレイドリスさん。今の会話だけじゃ“どっち”か判断が付かないけど、本当に良い人だったら嬉しいな。
「コバヤシ殿、殿下は呼び捨てでもよいと仰っていたが」
「分かっていますよ。流石に一国の王子を呼び捨てになんてできませんって。ベリューズさんと同じく、レイドリス殿下で問題無いですか?」
「理解が早くて助かる。さて、ここが貴殿の部屋だ。好きに使うといい。そこにある”共鳴のベル”を鳴らせばすぐに召使いが用を聞きに来る。特に用がなければ、今日のところは部屋でゆっくり休むといい。先も言ったが、明日は城内を案内しよう」
「有難うございます」
扉を閉め、去っていくベリューズさん。
それにしても、豪華な部屋だな。細やかな刺繡が施されたカーペットに、天井から吊り下げられた煌びやかなシャンデリア。おまけに開閉可能な大きなガラス窓。極めつけは高級感漂うキングサイズのベッド。広さ的には死ぬ前に住んでいた部屋の倍はありそうだから……大体16畳くらいか?
しかも鳴らせばメイドさんが来てくれる魔法のベルまであるときた。至れり尽くせりだな。
色々あって精神的に疲れたし、取り敢えず夕飯まではダラダラさせてもらうとするかな。
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