第48話 対ドマ戦
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「雑魚を大量に狩って弐の札になっただけのひよっこが、何か勘違いをしているらしい。いいだろう、ならばこちらは、貴様の鼻っ柱をへし折ってやろう」
俺の作法は間違っていなかったようで、かなりスムーズに勝負が始まりそうだ。幸いにして今日の登竜門にはそこまで人が多くない。これなら周囲の被害をそこまで考えずに……
「お!ファングの野郎が言ってた『ドマさんがあの”魔物殺し”とやり合う』ってのはマジだったっぽいな!」
「こりゃあ見ものだぜ!おい!酒もってこい酒!」
「バァカ、先ずは賭けだろうが、俺ぁ大穴狙いだ!あの兄ちゃんに賭けるぜ!」
続々と増えるギャラリー、俺はファングの馬鹿さ加減を過小評価していたようだ。アイツは只の馬鹿じゃない。信じ難い大馬鹿だ。
「……やりにくいな」
「そうであろうな。貴様はこれから、衆目の前で己が醜態を晒すのだからな」
「少なくとも煽りの方は壱の札級みたいですね。実力の方はどうなんでしょう、見ものですね」
このドマは、探るまでもなく強い。だがしかし、俺の魔力制御を見抜けていない時点で圧倒的格上という線は無い。負ける可能性もゼロではないが、勝ち目も十分にある筈だ。
加えてこの喧嘩は、対ビズ戦に向けての予行練習でもある。勝負はこの会話の応酬から既に始まっている。
「安い挑発だな。死ね」
平静を装っているが、魔力の流れが分かり易くなっている。脚に重点を置いて”ストレングス”をかけているな。あぁ、懐かしい。
爆発的な速度で向かってくるドマを見て、セリンさんから体術を叩き込まれていた頃を思い出す。
ドマの角が届く寸前に、体を半身だけずらし、地面から少し浮いている方の左脚を蹴り上げる。それだけで巨体は宙に舞い、群衆に突っ込んでいく。
「おぉお!あの”轢殺”のドマが吹っ飛んだぞ!」
「スゲェぜあの人族!!」
「いいぞいいぞー!今日の酒代はお前にかかってるんだからなー!!」
「……貴様ら、調子に乗るなよ?」
本気を出したのだろう、魔力出力が一段階上がった。一瞬で静まり返る観客達。
「これは、マズいな……」
「今頃気付いたのか?貴様は怒らせてはならない男を」
「今ケガした奴らの治療費とか、木片と化したテーブルの弁償って、俺が支払うことになるんじゃないのか?」
プツンと、血管の切れる音がした。俺って、煽りの才能があるのかもしれない。
「……貴様もオスならば真正面から受けてみろ。小賢しい手で我に勝ったとして、誰も貴様を認めはしないぞ?」
見え透いた誘いだ、乗る必要は無い。だが、敢えて乗る。コイツは実験台だからな。
「いいでしょう。今度は受け切ってみせます」
「ヒュー!カッコイイですぜコバヤシのアニキ!たとえ死んでもアニキのことを尊敬し続けます!!」
「無理しないでくだせぇよ~、オイラは轢死体なんて見たくないっすからね~」
応援とも呼べない応援を有難う。それから、こんな面倒事を持ち込んで来たファングはキズを治した後で絶対に〆る。
「どうやら小手先と口先だけの有象無象ではないようだな。貴様の評価を少しだけ上げてやろう」
どこまでも上から目線なんだな。そんなどうでもいいことを言っている間に、こっちはもう準備万端になってしまったぞ。
「さぁ、いつでもいいですよ」
「その程度の魔力で何をする気か知らんが、原型が残るといいな」
先ほどよりも姿勢を低くし、鋭く駆け寄るドマ。一回でしっかりと学習するあたりは壱の札と言ったところか。
駆け出すと同時に、”強火”に切り替え、そのままアグダロトを発動する。相手方も魔力の変化に気付くが、最早止められる勢いではない。
鳩尾に角が衝突した瞬間、その魔力に応じて膨大な魔力が凝縮・硬化を引き起こす。ミシミシと、嫌な音が角から聞こえてくる。しっかりと受け取れよ、これはファングの分だ。
「……ッ、衝撃だけで肋骨が逝きそうだ。ホント、強かったよ。アンタ」
反作用に耐えかね、たたらを踏むドマの無防備な頭に拳骨を入れる。ここでも俺の魔力とヤツの魔力が衝突し、途轍もない魔力の凝集が発生する。
「ッ!!」
派手な音を立てながら床にめり込むドマ。あぁ、弁償代が嵩みそうだ……それよりも問題なのは、実戦で使ってみて分かったこの魔法のデメリットだ。
魔力が一カ所に集中する分、部分的な攻防力は”ストレングス”を上回るが、その他の部位が手薄になってしまう。その上凝縮するせいか、魔力消費も中々のものだ。
ぶっちゃけ、現状出せる最大火力がこれだ。つまり、これに耐えられたらお手上げだ。文字通り天を仰いで仰天ってとこだ。
「……おい、ドマさん、意識飛んでないか?」
「てこたぁよ、この勝負、”魔物殺し”の勝ち……だよな?」
「よっしゃあぁ!今日は吐くまで飲むぞおぉお!!」
良かった。意識が飛んだフリをしている可能性も考慮していたが、この様子を見るに俺の勝ちで間違いないらしい。アグダロト、間違いなく使えるな。
「コバヤシのアニキなら絶対に勝つって信じてたぜ!!」
「テキトーぬかしてんじゃねぇよ、お前が『たとえ死んでもアニキのことを尊敬し続けます!!』って言ってたのをおいらは聞き逃してねぇからな~」
「いいってことよ、それよりファング、ちょっとこっち来てくれないか?」
プレゼントがしたいんだ。こんなサプライズを用意してくれた気の利く弟分に。
「どうしたんですか?お礼なんて要らないっすよ?オレはコバヤシのアニキの為を思ってッ!!」
魔力抜きの本気のデコピン。魔力をかなり消耗してしまったからな。”反動”を考えるとこれ以上の無駄遣いは厳禁だ。
「今度からは事前に俺に確認を取ってからにしてくれ。ホウレンソウは基本だぞ」
「ホウレンソウが何かは分かりかねやすが、このファング、同じ轍は踏みませんぜ!」
「にしても、本当にドマさんに勝っちまうなんて、コバヤシのアニキはとんでもないでやすねぇ~」
「奥の手が知られてなかったってのが一番デカかったな。もう一度やったらここまであっさりとは勝たせてもらえないだろうよ」
あの速度、一等級騎士のロイドさん並だった。だからこそアグダロトが上手く決まったという部分も大いにある。車と一緒で、人も急には止まれない。
「……おいおい、もう起き上がれるのかよ」
幽鬼の如く立ち上がったドマは、ゆらりゆらりと体を揺らしながら、こちらに近付いてきている。魔力は殆ど感じられないが、念の為警戒は怠らないでおこう。
目の前にまで来たドマは、恨みを吐くでもなく、清々しい笑顔で俺に何かを手渡してきた。
「素晴らしい実力だった。これまでの非礼を詫びよう。そして、この壱の札も、貴殿のモノだ」
「え、いやいや!受け取れませんって!!」
「何を言う、これ以上ないまでの完敗を喫したのだ。ここで札を渡さないのは、我の矜持に反する。どうか納めてほしい」
その目からは、出会った時の見下した態度は微塵も感じられず、純粋な敬意のみが伺える。この国の力に対する崇拝は強過ぎる。とてもじゃないが断れる雰囲気じゃない。
「……分かりました。有難く頂戴いたします」
「他にも帝都には数名の壱の札がいる。どいつもこいつも癖が強く、その上神出鬼没だが、運よく出会えたら思う存分拳をぶつけ合うといい」
「は、はぁ」
絶対に嫌だ。今もお祭り騒ぎのギャラリーを見るだけでげんなりしているんだ。これ以上変な噂は流されたくない。
「アニキ、札を貰ったら、上書き登録手続きを忘れないように」
「そっか、そうだったな。有難うフィンド」
床に開いた穴を避けながら受付に向かい、恐る恐る壱の札を差し出す。弁償の話を先にした方が良かっただろうか……
「素晴らしい試合でした!このメルフィ、感服致しました!!すぐに上書き登録手続きをさせて頂きますね!」
ハートマークすら浮かんでいそうな目。最初の対応とは大違いだ。なんか、ここまで露骨に対応が変わるとちっとも喜べないな……
ものの数分で上書きは終わり、俺の物となった壱の札を持ってそのままメダの宿に帰った。弁償に関しては、敗者が負担するルールになっているようだ。案の定と言えば案の定だが、とことん合わない国だなぁ。
「セリンさん、ただいま帰りました」
彼女はこちらを一瞥し、短く言葉を返す。
「お疲れのようだな」
「はい……もう色んな意味で疲れました。今日はもう休ませて頂きます」
「それがいい。ゆっくり休め」
「そうします……」
ベッドに倒れ込んだ俺は、瞬きをする間もなく、眠りに落ちた。
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