第44話 ヘルトイル
いつも読んで下さって有難うございます!
ここから更に面白くなると思っています!!!
気絶した彼が再起動するまでに、結局2分の時間を要した。厳密には、2分経っても覚醒しない彼に痺れを切らしたベイルさんが爪で顔面を引っ搔いたことによって強制的に目を覚まさせていた。
「あ、あの~、ここ数分の記憶が無く、加えて何やらとんでもない発言を耳にしてしまったような……」
未だ半信半疑と言った様子の彼を見て、もう一度念を押すことにした。
「えぇ、合っていますよ。僕がビズ・ナーバを倒す為に力を貸して下さい」
俺が言い終わるや否や、彼は辺りを凄まじい勢いでキョロキョロと見回し、誰もいないことを確認し始めた。そんなことしなくても魔力感知で近くに誰もいないことくらい分かっているだろうに。
「コバヤシさんは異国の方ですよね?悪いことは言いません。酔った勢いであってもそんなことを口にしてはいけません。誰かの耳に入れば、たちまち死刑同然の試合が組まれてしまいます。ここは、帝国は、そういう国なんです」
声を潜め、真剣な眼差しで忠告をする彼に、埒が明かないと思った俺はその試合が決定事項であることを告げることにした。
「安心して下さい。僕は酔ってなどいませんし、既にご本人から『いつでもかかってこい』と許可も得ています」
「……!!」
口をパクパクさせるヘルトイルさん。開く度に覗くうねる舌が生き物の様で面白い。
「ガッハッハ!そういうことらしいぜ!ヘルがあの魔法を教えてやんなきゃ、コバヤシは十中八九死んじまうだろうなぁ!」
ナイスアシストだベイルさん。この手の気の弱い人に、そのセリフは最早脅しに等しい。彼には申し訳ないが、今は1分1秒が惜しい。
「……コバヤシさんが本気だということは分かりました。ですが、僕のせいで人が死ぬのはやはり看過できません」
うーん、気が弱い割に意外と意志が固いな。仕方ない、自分の底を見せるのは今後のリスクを考えると可能な限り避けるべきだが、俺に少しでも可能性があることを示すにはこれしかないか。
「ヘルトイルさん、アナタの目を見込んで、5秒だけ私の本気をお見せします」
「へ?」
目を瞑り、集中を深め、“強火”に切り替える。当然、近辺に人がいないことは確認済みだ。とは言え、感知範囲の外にはセリンさんがいる筈だから、俺が唐突に本気を出したことで何かしら動きを見せないことを祈ろう。
体から魔力が十分に放出されていることを確認し、ヘルトイルさんに声をかける。
「どうですか?これでも……あの、ヘルトイルさん!?」
目を開いた時には、彼は凄い勢いで後退していた。薄暗い部屋の奥に姿勢を低くして構えているのが辛うじて見える。どんな生存本能だよ、そりゃこの国でも生き残れるわ。
「お前さん、アレで本気じゃなかったのか……」
隣にいるベイルさんが、臨戦態勢を解きながら呆れたように呟いた。十分に実力は示せたと思うので、取り敢えず”中火”に戻す。
「騙す気は無くて、その、何て説明すればいいんですかね」
「分かってらぁ、”能あるデクティルは尾を見せぬ”ってヤツだろ?この国じゃあ”本当は実力が無いくせに自分は強いと言い張る哀れな奴を揶揄する言葉”として広まっているが、他の国じゃ意味が違うことぐらい知ってるさ」
初めて聞く言葉だが、何となく意味は想像できる。というより、この世界にも諺ってあったんだな。
「おい!これだけの力を持つコバヤシの頼みを断るなんてこたぁねぇよなぁ!」
半ばチンピラの脅しみたいになっているが、真面目に切羽詰まっているのでどんどん援護射撃してほしい。
のそのそとあばら家から出てきたヘルトイルさんは、大きな溜息を吐いて言った。
「分かりましたよぉ……でも、習得できなくても怒らないで下さいね?こればっかりは当人の努力次第なんですからね?絶対にお願いしますよ??」
圧が凄いな。気が弱いのか強いのかイマイチ分からない人だ。
「大丈夫ですよ。そこは確約します」
1,000倍のボーナス倍率があって尚1ヶ月で無理なら、一生かけても無理だろう。進捗次第ではスッパリ諦めるパターンも考えておいた方が良い。
「良かったな!コバヤシ!!」
「ベイルさんのお陰ですよ、有難うございます」
最初はギド帝国民らしい戦闘狂の全筋野郎だと思っていたが、色んな意味で彼に出会えて良かった。
「いいってことよ!そうと決まりゃあ、ヘル!早速お前のアレを見せてやってくれ!」
ヘルトイルさんに例の魔法を使うよう促すベイルさん。この国でも彼しか使えない魔法というのも心底気になるが、他にも地味に気になって仕方がなかったことがある。今の内にその疑問を解消しておきたい。
「あの、その前に1つだけ質問していいですか?」
「ん?なんだ?」
「その、ヘルトイルさんは名前を呼ばれたことを恥ずかしがっていましたが、何か理由があるんですか?」
あのリアクションは、大声で呼ばれたことを恥じていたというよりも、自分の名前が呼ばれたこと自体を恥じているように見えた。そこが何気に引っ掛かっていた。
「おぉそうか、コバヤシはギドに来てまだ2ヶ月だもんな。この国じゃあ、名前は短けりゃ短い程いいんだ」
「短ければ短い程……?」
理由がさっぱり思い浮かばない。だが、言われてみればガル・ニールやビズ・ナーバなど、俺の知る強者はどちらも名前が2文字だ。
「この国は他の国に比べて文字が少ねぇ、そうなりゃ、必然的に名前を短くすりゃ被りやすくなる。そんな中でも『誰々と言やぁアイツしかいねぇ!』って状況が俺たちの憧れなのさ」
「なるほど!」
興味深いな、だから5文字の名前はダサいとはいかないまでも、皆の憧れからは遠ざかってしまうわけだ。そして、ベイルさんが彼をヘルと呼んでいるワケにも得心いった。
「じゃあ、名前が1文字の人はいないんですか?」
「あぁ、それは許されてねぇんだ。暗黙の了解ってやつだけどな」
許されていない?何故?そんな俺の疑問に、ヘルトイルさん、改めヘルさんが答えてくれた。
「この帝国の建国者が、ジ・ギドという名前だからです。彼こそが歴代最強であり、闘神ミトに次いで崇められている神にも近しい存在。強さを絶対の価値に置く帝国民だからこそ、その短さの尊さを、背負うことの重さを理解しているのです」
……この国の人々を只の全筋と決めつけていた自分が恥ずかしい。彼らには長年貫かれ続けた信念があったのだ。治安や安寧とは縁遠そうなこの国が、それでも崩壊していない理由の一端がここにある気がする。
「スッキリしました。話の腰を折ってしまい申し訳ありません。ヘルさん、宜しくお願いします」
「わ、分かりました。で、では、いきますね?いきますよ?」
魔力感知を最大限にまで研ぎ澄まし、ヘルさんの魔力の流れに注目する。1秒でも早く彼の魔法を盗むために、今日一番の集中を引き出す。
「……ふぅ、出来ました。これが、この国で僕にしか使えない”ストレングス”です」
「……え?」
聞き間違いではない、噓を吐いているようにも見えない。しかし、今確実に彼はストレングスと言った。彼の体を覆う魔力の”質”が俺の知るストレングスとは似ても似つかないにも関わらず。
「それが、ストレングス、ですか?」
「さ、流石ですね。一発で”違い”に気が付くなんて、コバヤシさんの魔力感知と制御技術は間違いなく壱の札以上ですよ。そうですね……手っ取り早くこの”ストレングス”について知ってもらうために、コバヤシさん、アナタのストレングスで僕を思いっ切り殴ってみて下さい」
真っ直ぐ俺を見据えるヘルさんの目には、絶対に問題無いという自信が見て取れた。あれだけ気弱な彼の、この異様なまでの自信。その源泉が気になる、血が騒ぐのを感じる。
「本気で、いいんですね?」
「あ!本気はダメです!ダメダメ!!勘弁して下さい!今の状態で!今の状態でのストレングスでお願いします!すみませんすみません!!」
途端にペコペコと腰を折り曲げだすヘルさん。何というか、情けなさマックスで残念に見えてしまうが、魔力にはブレが見られない。この人の制御技術も相当なものだ。
俺は”自分の知るストレングス”を発動し、最終確認を取る。
「これで、いいですか?」
「あぁ、それなら多分大丈夫です。宜しくお願いします」
『それなら多分大丈夫です』か。これでも参の札程度なら一撃で意識を狩れる威力は出せるんだけどな。さて、一体どんな結果になるのか、楽しみだ。
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