第43話 再会と光明
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ポーチを置いて宿を出たのは、久方ぶりだった。たったそれだけのことなのに、都の喧騒がいつもよりクリアに聞こえる気がする。
魔力感知に引っ掛かるのは、どれも危険性や害意の感じられないものばかり、こんな当たり前の感覚も、久しぶりだ。
暫くあてもなくぶらつき、最終的に帝国の城を正面から見据えられる大きな噴水広場に腰を下ろし、深く息を吐いた。
あそこで今も金剛さんが辛い目に遭っていると思うと、こうして休んでいてもいいものかと不安になってくる。
そんな罪悪感に苛まれ始めたその時、背後から聞き覚えのある声がした。
「おい!お前さんはいつぞやの人族じゃねぇか!」
「へ?……あっ!僕に瞬殺されて”登竜門”の場所を教えてくれたあの!」
「お前さん、良い性格してんなぁ」
おっと、心の声が全部出てしまった。……やっぱり、疲れているのかもな。そのことに気が付けただけでも、サボった甲斐があったのかもしれない。恩に着ます、セリンさん。
「そんで、お前さんはこんなとこで1人何してんだ?」
「こんなとこって……あぁ、そういう」
全く気が付かなかったが、周りを見ればカップルと思しき二人組が散見される。ここって、そういうスポットだったんだ。
「そういやお前さん、何て名前なんだ?」
「あ、ベイルさんには自己紹介していませんでしたね。すみません。僕、小林って言います」
「そうかいそうかい、コバヤシはこの2ヶ月でまた馬鹿みたいに強くなったなぁ~」
バシバシと肩を叩くその無遠慮さが、今は心地良い。
「分かりますか?」
「そりゃそうさ、その迫力満点の魔力を見ればな!一体どんな苦行を積んだってんだよ!」
これでも”中火”なんだけどな。道理で道すがら何人かの獣人から避けられたわけだ。今度からはもうちょっと抑えることにしよう。
「まぁ、伍の札が参の札に上がる程度には……」
「マジかよ!!たったの2ヶ月でか!?ってこたぁ、奪ったのか?」
「いえ、外にいた魔物を目につく限り狩り尽くていたらいつの間にか」
「……近頃噂になっている”魔物殺し”って、お前さんのことだったのか」
「僕にそんな物騒な通り名が付いていたんですか!?」
初耳なんだけど!いや、正確には周りの声に耳を傾けていなかった、が正しいのか?
「しっかし、魔力とは裏腹に、ツラは酷いもんだぜ?一体どうしたってんだい」
「そんなに、ですか?」
「お前さん、自分で井戸水を汲まないのか?頬がこけて隈もヒデェ、ここが帝都じゃなけりゃ、アンデッド族と間違われてもおかしくないってもんだぜ」
多分この人のことだから多少盛っているんだろうけど、それに近しい状態になっていることに疑いの余地は無いようだ。
「話を戻すぜ?一体、何がそこまでお前さんを追い詰めてんだ?」
追い詰めている。そうか、俺は追い詰められていたのか。ベイルさんは、底抜けに良い人だなぁ。魔力からして暖かい。その暖かさに、思わず口が緩んでしまった。
「……もっと、強くならないといけないんです。それも、最短で1ヶ月以内に」
「今よりもかい!ソイツぁさぞかし大層な目標があるんだろうな!もしかして、4部隊に入りたいのか?それなら今日にだってスカウトが来そうってなもんだぜ!」
陰鬱な声を出す俺に、ベイルさんは敢えて大きな声で、大げさな身振りで応えてくれた。そこには、俺を少しでも元気付けたいという意図があることくらいすぐに察せられた。その優しさが嬉しくて、つい素直に目的を話してしまった。
「いえ、そのトップの1人、ビズ・ナーバさんを一騎打ちで倒さないといけないんです」
「ガッハッハ!そりゃあ傑作だ!俺も子供の頃そんな夢物語を描いたもんさ」
そう、今のままでは、正に夢物語なのだ。だから、こんなにも追い詰められている。
「時間が、無いんです」
「……本気で言ってんのかい?」
「本気も本気です。僕には、やらなきゃならないことがあるんです。その為には、何が何でも彼を倒さなければならないんです」
「そうか……そりゃぁ、難儀なこったな……」
こうして心の内を話しただけで、ほんのちょっぴり気が楽になった気がする。ここ数週間は暗闇の中を歩いている様な感覚が常にあったが、今こうして目標を再確認したことで、遠くの微かな光を再び捉えられた。今なら、まだ頑張れる。
「有難うございました、ベイルさん。それでは、またどこかで」
フラフラと立ち去ろうとした俺の肩を、口を噤んでいた彼が力強く掴んだ。
「もしも、もしもだ、お前さんが冗談や軽い気持ちであんなことを口走ったってんじゃねぇなら、紹介したいヤツがいる。ソイツなら、きっとお前さんの役に立つ」
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ベイルさんに連れてこられたその家は、帝都の端にひっそりと佇んでおり、あばら家と呼ぶに相応しい外見をしていた。
「ここだぜ、お目当ての野郎がいるのは」
「人が住んでいるんですか?ここに?」
「この国にとことん合わない奴でよ、断じて弱くねぇんだ。かと言って、決して強くもねぇ。だから、こんなとこにしか住めねぇのさ」
なんだそりゃ、言っている意味がよく分からない。結局そこそこ強いってだけじゃないのか?
「ま、会えばすぐに分かるさ。おーい!ヘルトイル!お前にお客人だぜ!!」
お、久々に長めな名前を耳にした気がする。この国の人の名前って基本2文字か3文字なんだよな。5文字は中々のレア者さんだ。一体どんな人なんだろう。
「わわわ!そんな大きな声でボクの名前を呼ばないで下さいよ~、恥ずかしいじゃないですか~!!」
奥から情けない声とともに現れたのは、これまた情けない風体をした爬虫類系の人族だった。
「聞こえてたと思うが、コイツがヘルトイル。お前さんに勝利のカギを渡すかもしれない男だ」
「だ、誰なんですかこの強そうなお方は!また何か面倒事を抱えてきたんじゃないでしょうね!?ベイルさん!?」
「ま、見ての通り憶病が服着て歩いている様なヤツだが、だからこそ、この国でもコイツにしか使えない魔法がある。それが、お前さんの切り札になる」
「ボクの話聞いてます!?あぁ、いつもボクを無視して話を進めるんだから……ボクなんかに出来ることなんて何もありませんよぉ……勘弁して下さいよぉ~」
何というか、大丈夫なんだろうか。これまでにこの国で出会ったどんな人達ともあまりにかけ離れていて初対面ながら心配になる。よく今まで生き残ってこられたな……
「あの、僕、小林って言います。よろしくお願いします」
「そうそう!コイツはコバヤシってんだ!今でも馬鹿みてぇに強いんだが、それでも足りないんだとよ!」
「えぇえ?もう十分じゃないですか~、魔力を見れば分かります。アナタ、弐の札くらいの実力はあるでしょう?それなのに、まだ力を求めるんですか??」
……凄い目だ。彼の言う通り、そろそろ実績的に弐の札に昇格する予定だ。それを一目で見抜くなんて、かなり鋭い魔力感知ができないと不可能な芸当だぞ。一転して彼の評価を改める。
幸いにして、俺が”中火”であることはバレていないようだ。流石にそのことまでバレてしまったらショックで寝込んでしまうかもしれない。
魔力制御は俺が唯一サボらずに続けてこられた修行の1つだからな。ボーナス倍率のお陰とは言え、文字通り年季の桁が違う。
「おう、言ってやれ、お前さんの目標をよ!」
「もしや、壱の札に昇格したいとか言うんじゃないでしょうね?これまでにどんな快進撃を成し遂げたのかは知りませんが、弐の札と壱の札の間に隔たる壁は最も厚く、おいそれと口にすることすら憚られる夢なんですからね!」
早口でまくし立てる彼の言葉を堰き止めるように、キッパリと断言する。
「いえ、違います」
「ですよね~、いくらなんでもそこまで無謀な事は言いませんよね。良かった~」
「あと1ヶ月、たったの1ヶ月で”王者の拳”を倒さねばなりません。その為なら、なんだってします。何卒、宜しくお願いいたします」
誠心誠意、深々と頭を下げた俺に声をかけたのは、ベイルさんの方だった。
「コバヤシ、頭を上げな」
「でも」
「違ェんだ。見ろ、ヘルトイルを」
顔を上げると、そこには、立ったまま器用に気絶したヘルトイルさんの姿があった。
「強過ぎたんだ、刺激が」
……この人に任せて、本当に何とかなるんだろうか。せっかく見えてきた光明が、陰りを見せ始めている気さえする。頼むぞ、ヘルトイルさん。
これから徐々に事態は好転していく筈です。
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