第42話 修行
いつも読んで下さって有難うございます!
ほんの少し重い内容かもしれません。
「よし、こんなもんか」
今倒した岩石状の魔物、ルービアで丁度10体目になる。今日はこのくらいで切り上げよう。砂埃を払い、討伐証明部位である小粒の宝石が付着したコアを抜き取る。コアに付着したルービアの血を綺麗に拭きとってからポーチに入れる。
このルービアは、1.5m近い岩を纏ったトカゲの見た目をしている。表皮の岩石はそれなりに硬いが、砕けばそれこそただのトカゲと化す。故に、コツさえ掴めばコアを破壊せずに無力化することが可能である。これが金策にもってこいなのだ。
他にも、お馴染みとなったワイルドホーンや、コヨーテを狂暴化させた様な外見をしたウォルグという魔物にも頻繁に遭遇する。
少し驚いたのが、セリンさんから「鋭い尾と硬い外殻を持つ蟲と、半透明の液体状の魔物を見かけても決して手を出すな」と忠告されたことだ。今の俺には危険な魔物らしい。そこは大人しく従うことにした。割とそこかしこにいるから回避が面倒この上ない。
帝都に来てからずっと思っていたことなのだが、ここは魔物の数が王都近辺と比較して段違いに多い。これも”バランス調整”によるものなのだろうか。どちらにせよ、魔力消費や実戦経験を効率よく積めるから良いんだけど。
「終わったか?」
「はい、キリが良いのでこれで終わろうと思います。丁度お昼前ですしね」
「……そうか」
狩りには一切手を出してこないものの、こうしてセリンさんも付いてきてくれてはいる。監視者として目を離すわけにはいかないのかな。最近心なしか元気が無い気がするのが少し心配だ。
「あの、コレ、鑑定お願いします」
“登竜門”に戻り、10個の討伐証明部位を提出する。これらの状態や、そこから決まる使い道などによって査定額が定まり、専門業者への仲介手数料を引いた額が報酬として支払われる。
「今日も沢山狩りましたね」
「いえ、このくらいで抑えないと翌日に響くので」
「相変わらず凄まじいですね。少々お待ち下さい」
「分かりました。よろしくお願いします」
素材をカウンターの奥に持っていく受付嬢。奥に鑑定士がいるのか、そこは見たことがないから分からない。
「あ、そうだ、今日も午後は指導お願いします」
「もう初日から1週間、ずっと動いているぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。自分の体調くらい自分でよく分かっていますから」
勿論”反動”は毎日あるし、それも決して軽い症状ではない。しかし、俺には借金を返済し、最短で3ヶ月という短い時間であの化け物を倒す必要があるのだ。多少の無理は大前提、これでもセーブしている方だ。
「そうか」
それっきり、セリンさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。また国の為に何かしら考えを巡らせているのだろう。彼女の忠誠心は筋金入りだからな。
「査定額は115,000ガルとなりますが、よろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ」
それが正規の値段なのか、それともちょろまかされている値段なのか、俺には判断する術が無い。提示された額にただ首を縦に振るだけだ。それにしても、国のトップの名前がそのまま通貨単位になるだなんて、ここまでくると若干気持ちが悪いと思う。
「有難うございます。こちらが報酬になります。加えて、今回の討伐で実績点が規定値を超えましたので、”肆の札”に昇格いたしました。おめでとうございます」
「あぁ、そうなんですか。有難うございます」
「……もう少し驚かれては如何ですか?略奪を除けば、1週間での昇格はあまり見られないことなんですよ?」
「すみません、通常のペースが分からないものですから。……では、有難く頂戴いたします」
正直なところ、昇格よりも今日の報酬でセリンさんからの借金を返済できることの方がよっぽど嬉しい。
「有難うございました。またのご利用をお待ちしております」
「お昼にしましょうか、セリンさん」
「そうだな」
深々と丁寧に頭を下げる受付を背に、俺とセリンさんは”登竜門”を出た。この近くに美味しい飯屋があるのだ。魔物肉の強い臭みを消すために多くの香辛料が使われているからか、少し辛みの強い料理が多い。だが、その辛さが癖になる。
「はい、セリンさん。これで完済ですよね」
「……あぁ、そうだな」
利子が膨れ上がっているとか言うから、一体どんな悪徳金融かと思ったが、存外大した額ではなかった。寧ろ、貸して頂いた額にちょっと色を付けた程度に近かった。この世界の闇金は随分と良心的らしい。
これで1つ心配事が消えた。午後の体術訓練にもより身が入る。
赤々と色付けられた肉を頬張り、水で流し込む。絶品とは言い難いが、セリンさんが作ったワイルドホーンの燻製に比べればかなり美味しい。あれは食べられるゴム草履だった。
「馳走であった」
「あれ、またそれだけでいいんですか?」
セリンさんの皿には、今日も食べ残しが見られる。というより、料理の半分程度しか食べていない。
「貴様とは違い、効率が良いのだ」
「もしかして、辛いのが苦手、とかではないですよね?」
「……フン、馬鹿を言え。私に苦手なものなどない」
苦手なんだ……申し訳ないことをしたな。この1週間、ほぼ毎日この店で昼食を食べていたのに、全然気が付かなかった。次からは別の店にしよう。
「それでは、お願いします」
メダの宿に荷物を置き、帝都の外で体術の稽古を始める。街中だと衆目が凄くて稽古どころではない。
「何度も言うように、口で説明するのは苦手だ。体で覚えろ」
「……はい」
この人の言う”体で覚える”ってとにかく痛いんだよな。”ストレングス”をしていても痛みや衝撃全てを打ち消せるわけではない。体には着実にダメージが蓄積されていく。
「来い」
「行きます」
身を低く屈め、強化された脚力により爆発的な速度で距離を縮める。まだセリンさんは動かない。俺の拳が彼女の正中線ど真ん中、鳩尾に届く寸前になってようやく体を半身だけずらし、右腕が僅かに動いた直後には俺は青空を眺めている。
「っ!痛ぇ……」
「受け身がなっていないから痛いのだ。それに目線や足運びが正直過ぎる。それではいくら速かろうが貴様の動きなど容易く読めてしまうぞ」
簡単に言ってくれるよなぁ。今まではそれだけでも何とかなってしまったから、そこら辺の駆け引きに関しては結構おざなりになっている。これではあの化け物には遠く及ばない。
「どうすれば力を、衝撃を、外に逃がすことが出来るのか。常に考えて動け」
「はい!」
そこから2時間、俺は転がされ続けた。稽古が終わる頃には、ボロ雑巾と化した俺と汗1つかいていないセリンさん、という現状を一目で物語る様相が出来上がっていた。
もっと頑張らないと。これじゃダメだ。もっともっと頑張らないと……
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ギド帝国に着いてから、2ヶ月が経った。魔力量は大幅に増加した。フィジカルも練り上げられた。体術も殆ど休みを挟まなかったお陰でかなりの上達を見せた。それどころか、2週間前にセリンさんから基礎皆伝のお言葉を頂けた。空いた時間は魔力制御やその他自己鍛錬に費やした。
それなのに、ビズに勝てるイメージが湧かない。まだ足りないのか、何が足りないのか、さっぱり分からない。
……とにかく狩りに出よう。期限まで最短で1ヵ月しかない。休んでいる暇など、どこにもない。
部屋を出ようと立ち上がった俺を、近頃口数の減っていたセリンさんが呼び止めた。
「コバヤシ、休め」
「は?」
冗談の類ではないことは顔を見れば分かる。だがしかし、この状況のどこにそんな余裕があるというのか。
「貴様はもう限界を迎えつつある。今の状態でいくら鍛錬を積もうと、その効果は微々たるものだ」
彼女は俺の心配をしてくれている筈なのに、焦燥感のせいか無性に腹が立つ。そのせいで、口からは下らない反論がこぼれてしまう。
「その微々たる効果でも積み重ねないと、俺が災厄までにあの白虎の獣人に勝てないことくらい分かっていますよね?」
「そのペースでの成長ならば少なく見積もってあと3ヵ月はかかる。であれば、今の貴様に必要なのは間違いなく十分な休息だ」
「言っていることがおかしいですよ。セリンさんこそ疲れているんじゃ」
「いいから、私の言うことを聞け」
有無を言わせない、迫力のある剣幕だった。だと言うのに、そこから一切の敵意は感じられない。
「分かったか?」
……彼女の言う通り、あと3ヶ月もかかってしまうのであれば、1日の休息など誤差の範囲だ。余裕が無い現実に変わりはないが、この誤差が予期せぬ何かを引き起こしてくれる可能性だってゼロではない。
もう”反動”がある状態がデフォルトになってから随分と経っている。ここいらでリセットすべきなのかもしれないな。
「……分かりました。少し、都を散策してきます」
「それでいい。貴様の感知できない位置から見張っているからな。外に出ようものなら引き摺り戻されてベッドに縛り付けられると思え」
「わ、分かりました」
サボるように脅されるなんて、産まれて初めてかもしれない。何だか、変な気分だ。
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