第39話 条件
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「どうして俺の名前を……あぁ、あの詐欺女神から聞いていたのか」
「違うわよ~、覚えてない?アタシ、アナタの投稿にリプライしてたのよ?それから、アナタは知る由もないでしょうけど、あの事件はニュースにもなったんだから!遺体が消失したせいで、それはもう相当な大騒ぎになっていたわよ!」
「まさか」
瞬間、あの日の記憶が鮮明に蘇る。確かに、俺の投稿に対して『それ、アタシにも届いていたわ!』という返信があった気がする。
だがしかし、俺の投稿にリプライした上にニュースまで見ていたのなら、彼女はこの保険が少なくとも単なるイタズラではないと理解できた筈だ。彼女は一体どんな気持ちでこの保険に入り、何が原因で死に至ったのだろうか……
そんな思考を遮る、低く、威圧感のある声。
「奴隷の分際で好き勝手に喋ってんじゃねぇよ」
「ご、ごめんなさい……ビズ様」
その一声で、金剛さんは俯き、口を噤んでしまった。今の反応だけで、彼女が普段どういう扱いを受けているのかが伺い知れる。
「そんなことより、そうか、オマエが闘神ミトの言っていたコバヤシか?」
捕食者の鋭い眼光が、俺を射抜く。反射的に臨戦態勢に入ってしまいそうになるのを抑える。
言葉を選び、機嫌を損ねない様な返答を模索する。コイツもきっと喉笛を噛み千切るタイプの獣だ。
「そうですが、何故私の名前を?」
闘神ミトの名前なら知っている。カラム村からの道中でセリンさんから聞いていた。この帝国で崇められている闘いの神だ。けれど、そんな神がどうして彼に俺の名前を?
「直に現れるコバヤシとかいう男に、俺様の所有物であるコレを譲渡しろとのお告げがあったからな」
金剛さんを見下しながら、渡りに船なことを口にするビズ。この世界に来て初めての嬉しい誤算だ。大目標をこんなにもあっさりと達成できるとは。闘神ミト、もしかして……いや、そこについては後回しだ。
「では、貴方達にとっての神であるミト様のお告げに従い、金剛さんを引き渡して下さるということですね?」
「あぁ、俺様としてもその予定だった」
だった、か。このタイミングで最も聞きたくなかったワードだ。
「だが、”登竜門”でここまで大暴れした異国の人族に奴隷をタダで譲渡するなんて真似をこの”王者の拳”がしたとなれば、部隊の沽券に関わるからなぁ……」
嫌らしい笑みを浮かべる白虎の獣人。その顔を見て、思わず口を挟んでしまう。
「恐れながら、とてもそう思っている顔には見えませんね」
暗に噓吐き呼ばわりされたビズは、怒るどころか、更に牙を剝き出しにして笑った。
「やっぱりそうか?ガル様にもよく言われんだ。『テメェは考えていることが全部ツラに出る。その悪癖を治せば、もう一皮剝ける』ってなぁ」
全く嬉しくない共通点だ。こんな、ただ強いだけのクソ野郎と似ている点があると思うだけでテンションが下がる。
「それで、本音を仰って頂けると助かるのですが」
「簡単だ。弱いオマエが気に食わねぇ。俺様は自分より弱いヤツからは奪うのみと決めている。施しなんてクソ喰らえ……オイ、何笑ってやがる」
おっと、展開が予想通り過ぎてつい。
「つまり、私達がアナタに勝たない限り、金剛さんは引き渡して頂けない、ということでよろしいですか?」
「……いや、少し違ェな。オマエが俺様に勝たない限り、だ。その隣にいる女が中々デキることくらい見りゃ分かる。その女を頼る選択肢を即決した雑魚なオマエが、益々気に食わねぇ」
最悪だ、事態の解決を急ぎ過ぎて交渉がおざなりになってしまったか?だがどちらにしろ、コイツは俺との一騎打ちを指定してきた気もする。どんどん状況が面倒な方向に流れていくな。いつも通りだ。
「期限はねぇ、時間だっていつでもいい。城に来て、俺様と決闘したいと言えば何時でも闘技場でオマエをボロ雑巾にしてやる。何か文句があるなら言ってみろ」
「……特にありません。分かりました。その条件でお願いします」
期限が無いのは助かった。もしも1週間以内に、とか言われたら不可能だったからな。どうせこの国で実力を底上げする予定だったんだ。そう思えば、考えているよりも状況は悪くないのかもしれない。
「楽しみだなぁオイ。因みに言っておくが、俺様は”ストレングス”しか使わねぇ。魔法じゃ殴ってる感触を味わえねぇからな。精々雑魚らしくごちゃごちゃ考えるがいいさ」
有益な情報を敢えて開示して、ビズは金剛さんを従えて去っていった。彼女には他にも色々と訊きたいことがあったのに……それにあんな扱い、やっぱり許し難い。可及的速やかに対処する必要がある。
「セリンさん、今度こそ宿に帰りましょう。作戦会議が必要です」
「そのようだな」
突如現れた”憧れの的”に釘付けになっていた”登竜門”の面々を背に、俺とセリンさんはメダの宿に帰った。
宿に戻り、提供された暖かい食事を前に、真っ先に口を開いたのはセリンさんだった。
「さて、今後の作戦の話に入る前に、貴様に1つ言っておかねばならぬことがある」
「と言うと?」
「貴様が召喚者で、この世界の常識に疎いことを差し引いても尚、不用心が過ぎるということだ。いきなり現れた異国の人間が、自国の切り札になり得る召喚者に関する情報の開示を求められて警戒しないと思うのか?」
「……いえ、警戒すると思います」
言い訳のしようもなく、迂闊だった。だからセリンさんはあの時珍しく焦っていたのか。既に向こう側が警戒の姿勢に入ったのを察知して。本当に、不甲斐ない。
「大概の失敗は、そこから学ぶことが出来れば最早成功と言って差し支えない。しかし、今回のはギリギリアウトな類の失敗だ。反省しろ」
「猛省します……」
「さて、話を戻そう。初めに、貴様は私とあのビズとかいう男、どちらが強いと感じた?」
「怖いと思ったのはビズですが、強いのはセリンさんだと思いました」
一切の噓偽りの無い、率直な感想だ。勿論、時と場合によって勝敗は左右されるかもしれないが、十中八九セリンさんの方が強いだろう。だから俺は彼女を戦力に入れようとしたのだ。その目論見はあっさりと頓挫したけど。
「何故そう思った?」
「単純な理由ですが、ビズは魔力を隠していなかったので、”魔力の底”が見えました。しかし、僕は未だにあなたの底が見えていません。加えて、あの刺々しい魔力に当てられていたにも関わらず、セリンさんの魔力は少しも揺らがなかった。それが根拠です」
底か見えた、とは言ってもその深さには普通にドン引きしたけどな。
「……魔力感知に関してだけは文句の無いレベルだな。概ね貴様の見立ては間違っていない。だが、私は貴様の修行相手になる気はほぼない」
「え?」
より強い人に鍛えてもらう。これ以上ない最短距離だと考えていた俺に突き付けられた、無情な非協力宣言。一体、どういうつもりなんだ?
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