第3話 英傑コバヤシ
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「それが本音かよ詐欺女神!」
──永遠にも感じられる静寂。
……どうやら俺は、大事なファーストコンタクトで完全にやらかしたらしい。
豪奢な部屋の中央に佇む自分を取り囲む、槍を構えた重装備の兵士達。前方には、玉座に座る貫禄マシマシのご老人。
状況から察するに、召喚直後に奇声を上げたヤバい奴として最大限に警戒されているらしい。
マジでどうすんだコレ。まさか早速投獄パターンとかないよな……?
長い静寂の後、冷や汗を垂れ流すだけで身動き一つしない俺を問題無しと判断したのか、兵士の後方に立っていた壮年の男が歩み寄りながら口を開いた。
「槍を下ろせ。こやつに害意は無い」
鶴の一声で兵士達は一糸乱れぬ動きで警戒を解き、一歩退く。助かった……。
モノクルをかけ、漆黒のローブを纏った男は、一言一句噛み締める様に話しかけてきた。
「私が、何を言っているか、理解できるか?」
「はい」
「そうか、それは重畳」
詐欺女神の事前情報通り、相手が話している内容が理解できるし、逆方向の意思疎通もしっかり取れている。
「私はオーガス王国の宮廷魔術師団長、ベリューズ・バーナムだ。貴殿の名は?」
「こ、小林です」
緊張で喉が張り付き、苗字しか言えなかった。今更訂正する雰囲気じゃないし、もういいや。
「コバヤシ……」
「おい、その名前って」
俄にざわつく兵士達。今度は一体何だ?これ以上心臓に悪いリアクションは勘弁してくれ。寿命が縮む。
「お前達、静まれ。……コバヤシ殿、貴殿が召喚直後に叫んでいた言葉は一体どういう意味だ?皆の警戒は、理解不可能な言語に対する反射的な防衛反応に起因しておる」
うわぁ、どうすればいいんだ?流石にこの世界の唯一神を詐欺師呼ばわりしていたなんて馬鹿正直にゲロっちゃうのはマズいよな。オッケー、良い感じに誤魔化そう。
「実は、召喚前に女神ファリス様とお話をしていたのです。召喚の直前、母国の言語で『行って参ります女神様!』と叫んだのですが、どうやら皆様を驚かせる結果に終わってしまったようですね。大変申し訳ございません」
即興にしては上出来だろ、これで納得してくれないか……?
「聞いたか?」
「あぁ、確かにファリス様と言葉を交わしたと」
あれ、また兵士の間に不穏な空気が漂ってない?もしや女神とお喋りしたなんて信じてもらえない系?
「聞きましたかゲルギオス王!彼こそが英傑コバヤシで相違ありませぬ!」
「「「ウオォォォォオ!!!」」」
「え?」
力強く頷く王様に、雄叫びを上げる兵士達。そして完全に置いてきぼり状態の俺。
あと英傑コバヤシって何?メチャクチャ恥ずかしいんだけど?
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になっていたのに気が付いたのか、ベリューズさんがフォローを入れてくれた。
「驚かせてすまんな、英傑コバヤシ殿。数日前にお告げがあったのだ。『異世界より来るコバヤシと名乗る人族が、世界を救うカギとなる』とな」
「そ、そうなんですか」
……待てよ、今数日前って言わなかったか?そうだとすると時系列がおかしいことになる。
まさかあの女神、俺があんな陳腐な詐欺に引っ掛かると予知していたのか?それとも前の世界や召喚前の不思議空間とこの世界では時間の流れが違うとか……。
いや、そんな些事を考えても答えは出ない。気にするだけ無駄だ。
「皆の者、静まれ!」
魔術師団長の一喝で再び沈黙に包まれる空間。次に沈黙を破ったのは、玉座から立ち上がった王だった。
「私の名は、ゲルギオス・オーガスと言う。英傑コバヤシよ」
「はい」
流石は一国の主と言うべきか、一挙手一投足に威厳があり、自然と背筋が伸びてしまう。マズい、謁見のマナーなんて全然知識に無いぞ。もしかして跪いた方がよかったりするのか?
「そう構えずともよい。お主は異世界の人間だ。故に、王国の身分制度に縛られる道理も無い」
「お、お気遣い痛み入ります」
良かった。話の分かる人だ……。メチャクチャ有難い。
「そんなことより、先程女神ファリスと会話したと言っていたな?その全容を教えてはくれまいか」
困ったな、どこまで伝えていいのか判断が付かない。最悪の場合半年で人類が滅びるとか迂闊に口にしていいのか?まぁ、少なくとも女神が必ずしも人族の味方ではない、ってのは避けるべきだよな。
あとは野となれ山となれだ。前もって教えてくれなかったアイツが悪い。
「主に私が果たすべき責務について伺っておりました。心身を鍛え、世界中に存在する強者達と力を合わせ、人族の滅びの運命を回避せよ。女神様はそう仰っておりました」
「ふむ、予言の内容と一致するな」
良かった。最低限の情報は事前に伝わっていたのか。ナイス報連相。
「ところで英傑コバヤシよ、私にはどうしてもお主に武の心得があるようには到底見えぬ。だが予言によれば、高々3ヵ月の鍛錬でオーガス王国にとって欠かせぬ存在となるらしい。前の世界では名のある武人だったのか?」
余計なこと言いやがって……。期待と言う名のプレッシャーが半端じゃない。現代日本人の胃の弱さを知らないのか?
王の見立て通り、生前に武術なんて一つも手を出していない。つまり、武の心得なんて微塵も無い。だがしかし、そんな致命的な事実をバラして大丈夫なのか?
何もかも完全に準備不足だ。あの女神め、こんな状態に陥ることも知っていて放置したな?あぁもうヤケクソだ。
「恐れながら、私に武の心得はありません。ですが、必ずや予言に違わぬ働きを見せると誓います」
じゃないと契約違反になるからな。ペナルティーだけは御免だ。
「……面白い。ならば3ヵ月後、宮廷騎士団長及び魔術師団長と試合をし、予言が真実であったと実力で示してもらおう」
「承知致しました」
王国の2トップと試合!?冗談はよしてくれって。そいつらが詐欺女神の言う”圧倒的な才能”を持つ類の人間だった場合勝てる筈がないだろ……。
「鍛錬に関しては宮廷騎士団長及び宮廷魔術師団長に一任する。3ヵ月後を楽しみにしているぞ。一先ず、最初の1週間はベリューズをつける。色々と聞いてこの世界に少しでも慣れるといい。ではベリューズよ、頼んだぞ」
「はっ!承知いたしました」
「うむ、下がってよい」
「では英傑コバヤシ殿、部屋まで案内しよう」
「は、はい。よろしくお願いします」
どうにかこうにかファーストコンタクトは乗り切れたっぽいけど、先行きが不安でしかない。
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