第38話 ファーストコンタクト
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「ん?それは私に言っているのか?」
天然物のコミュニケーション能力が、更に狼男の神経を逆撫でする。
「オメェ以外に誰がいるってんだ!零れた俺の酒をどうしてくれんだ!?オォ!?」
コテコテのチンピラだ……正直面倒事は極力避けたいが、これはもうどうにもならない。誰かに止めに入ってほしいものの、受付の方は既に何かしらの作業をしていてこちらを見向きもしない。この程度の諍いは日常茶飯事なのだろう。
「そんなに酒が好きなら舐めたらどうだ?少しは回収できると思うぞ?」
凄いよな~。煽りじゃないんだろうな、セリンさんにとっては。
「……ブッ殺す」
全身の毛を逆立てた狼男の体格は、彼女と比較すると大人と小学生くらいの差がある。
「暴れるのは大歓迎だけどよ、殺しはご法度だぜ~、ファング」
「うるせぇ!それぐらいは分かってんだよフィンド!」
「ならいいや。好きにしな」
仲裁に入ったかと思われた猿顔の男は、それだけ言うとあっさり手を引いた。顔が赤いのは酔っているからか元からなのか、判別がつかないヤツだ。どうせならもう少し真面目に引き留めてほしかったな。
「覚悟しろよクソガキィ」
「酒の飲み方も知らん赤子が何を言っている」
その会話がゴングとなった。ファングは姿勢を低く構え、セリンさんの懐に飛び込む。
スピードは中々のものだが、それだけだな。床、汚れないといいな。
「阿呆め」
瞬間的に魔力を放出し、低くなった姿勢を引き起こすように膝を一撃、美しさすら感じられる動きだった。
「ガッ!」
狼男は見事に吹き飛び、その巨体が虎型の獣人にぶつかる。虎男の持っていたジョッキから、派手に酒がぶちまけられる。嫌な予感がする。負の連鎖の予感が。
「思った以上に軽い男だったな」
「そんなこと言ってる場合じゃないですよセリンさん!!」
今のはコッチが悪い。そうなると誰にヘイトが集まるかと言えば……
「……何しやがる」
「ほら!謝りましょうって!」
「謝って収まるならそれも悪くないがな」
「腕の1本は覚悟しろよ?」
そんなことは決して無さそうだ……それでも、一応誠意は見せてみよう。
「すみません、酒代は払うので、ここは穏便に行きませんか?」
「誰だテメェ、ムカつく野郎だな。五体満足で帰れると思うなよ?」
実力至上主義のこの国では、一般的な美徳はどこまでも通用しないらしい。
「いいぞいいぞー!」
「酒の肴はケンカに限るぜ!!」
もうやだこの”全筋”達。
“ストレングス”を発動し、虎男の鋭い爪をいなす。素面ならそこそこ強いヤツなんだろうな。魔力の流れがもろに動きと連動しているから、最小限の動きで躱すことが出来る。
「ごめんなさい!」
謝罪の意を込めながら、右ストレートを思いっ切り鳩尾に叩き込む。これならさっきのような事故は防げるし、一撃で沈められる。
「……ッ!」
膝から崩れ落ちる虎男を見届け、セリンさんに一時撤退を申し出ることにする。これでは話を聞くどころではない。
「今日は帰りましょう。これはもう無理です」
「いや、それは難しいな」
「え?」
どうしてですか?と聞き返す前に、その答えは後方から届いた。
「次は俺の番だー!」
「よっしゃー!祭りだ祭りだ!」
俄に沸き立ち始める聴衆達、正確には、聴衆だった者達。
「……セリンさん、僕もうこの国嫌です」
「奇遇だな。私もだ」
そこから先は、物理的に絡んでくる輩を処理し続ける作業に徹する他無かった。ちゃっかり俺が盾になるように立ち回っていた彼女には、いっそ脱帽した。
「はぁ、やっと終わった……」
死屍累々、といった光景が目の前には広がっている。勿論、全員死んでなどいないし、俺もセリンさんもかすり傷一つ負っていない。
流石に酔っ払いに遅れを取る程柔な鍛え方をしたつもりはないからな。
「言っただろう?今の貴様でもそれなりに通用すると」
「いやいや、強い人が軒並み傍観者になってくれただけじゃないですか」
「なんだ、気付いていたのか」
「当り前ですよ」
“祭り”の間も、魔力感知の範囲は狭めていなかった。それ故に、この喧騒の中でも魔力が一切揺らがない存在は一際目立った。彼らを相手にすれば、少なくとも俺はタダでは済まなかっただろう。
「今度こそ」
帰りましょう、そう言いかけたところで、飲み込んだ。息を吞んだ。入り口に近付く、暴力的な魔力に吞み込まされた。
現れた白虎を思わせる獣人は、この惨状を見た上で、牙を覗かせて楽しげに言った。
「元気がいいねェ。それで、死にたいヤツってのは誰だ?」
全身が粟立つのを感じた。この男は、魔力を一切隠していない。否、隠す必要が無いと思っているのだろう。そして、それだけの自信を持つに相応しい圧を出している。
「オイ、俺様の陰に隠れるな。ムカつくんだよ」
そう言いながらソイツは、背後にいたであろう180cmはある筋骨隆々の男を軽々と放り投げた。
「ぐっ……すみません」
これだけの大男をすっぽりと覆い隠せる巨体と、膨大な魔力。間違いない、人外の一角だ。
戦慄する俺に対し、傍に立つセリンさんはどこまでも冷静だった。これだけの魔力を前にしても、揺らぎが見えない。そんな彼女の一言で、俺は重大な事実を見落としていたことに気付かされる。
「おい、貴様が見るべきはあの虎ではなく、投げられた方の男ではないのか?」
「……あ!」
今しがた放り投げられた大男には、重々しい手枷と足枷が付けられていた。しかし、本題はそこではない。その男は、この国では珍しい人族だったのだ。加えて、目鼻立ち、髪色、瞳の色、それら全ての特徴が、日本人のソレだった。
動揺を隠せない俺よりも先に、尻もちをつかされた彼、いや、”彼女”の方が口を開いた。
「アラ?アナタもしかして、小林ちゃん!?」
彼女は口に手を当て、信じられない者を見る目で俺の名を呼んだ。
遂に2人目の犠牲者の登場です!
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