第37話 登竜門
いつも読んで下さって有難うございます!
ギド帝国を訪れてからお世話になっている宿泊施設、“メダの宿”で野性味溢れる朝食を食べ終え、今後の予定について擦り合わせを行う。
こういう擦り合わせが非常に大事なのだ。後になって「そういう意味でああいう指示を出したわけじゃない」とか何とか……この話はやめよう。辛くなってきた。
「さっそく町で聞き込みを始めましょうか。ついでに軽く散策もしましょう。もしかしたら偶然見つかるかもしれませんし」
「そのプランでいい。但し、訊きだす相手を間違えるなよ」
「分かってますって」
「ならいい」
戦闘になった場合を考慮して、先ず相手の実力を探る。次に、そもそも話が通じそうかどうか見定める。この2点に注意して声をかけなければ、徒労に終わる可能性が高くなる。それだけは避けたい。
「ご馳走さまでしたー」
「馳走であった」
「あいよー!兄ちゃん獣人語喋れたんだね!」
「いえいえ、この5日で覚えたんですよ」
「アッハッハ!冗談まで言えるようならもう完璧だね!行ってらっしゃい!」
「行ってきます」
案の定信じてはもらえなかったが、宿屋の女将であるメダさんは気さくで良い人だ。因みに、宿代はセリンさんから借りる形で支払ってもらっている。
「心配するな。私は利子の計算も一通り出来る」だそうだ。早く”登竜門”を見つけないとヤバいな、とモチベーションの向上にダイレクトに繋がった一言だった。
喧騒にまみれる帝都に踏み出し、声をかけられそうな人を見定める。虎や狼、獅子を思わせる獣人に、4本腕を器用に振りかざして肉を売り捌く異形族。
ここには、王都では見たこともない多種多様な種族が生活を送っている。これ程までに混沌としている国が、秩序を保つために”純粋な強さ”を指標に選んだのは、もしかすると必然だったのかもしれない。
「おっ、あの人とかいいんじゃないですかね?ちょっと行ってきます!」
「あぁ」
目に留まったのは、兎耳が特徴的な獣人族。文字通り草食系なら話が通じそうな気がする。
「あの、すみません」
「うるせぇ!失せろ!!」
「……え」
唾を吐き捨て、立ち去る兎人。出だしから最悪のスタートを切ってしまった。呆然とする俺の後ろから、セリンさんが声をかける。
「貴様は、この国における掟をもう忘れたのか?」
「……あぁ、そうか。”弱火”だったのがいけなかったのか」
聞き込みをする時に臨戦態勢になる必要は無いと考え、魔力を抑えていた。それが悪かったのか。いや、通常ならそれで良いのだ。だがしかし、この国においては不正解なのだ。実力至上主義、弱肉強食の帝都ギドにおいては。
気持ちと魔力を切り替え、豹を思わせる活きのいいお兄さんに声をかける。
「すみません!お尋ねしたいことがあるのですが」
「おぉ?兄ちゃん、大人しそうな見た目の割に中々良いじゃねぇか!よし、いいぜ!じゃあ喧嘩すっか!」
……聞き間違えか?順接で繋がってはいけない流れが耳に入ってきた気がする。
「ですから、あの、”登竜門”の場所を教えてッ!?」
「いいねぇ!今のを避けるかい!!」
どうやらおかしいのは俺の耳ではなく、この国のようだ。鋭い爪を立てながら殴りかかってくる豹人のお兄さんは、随分イキイキとした敵意を発している。
明確な敵意が確認できる以上、たとえ殴り返しても契約違反にはならない筈だが、あまりの展開に脳みそが追い付いかない。
「逃げてばかりじゃ勝てねぇぜ!!」
魔力感知した限りだと、余裕で勝てる相手だ。なんか段々考えるのが面倒臭くなってきた。さっさと終わらせよう。
「オラオラそんなもん”っ!」
隙だらけの腹に一発。”ストレングス”で強化した拳をめり込ませて終わりだ。一応加減はした。この後が本番だからな。
1分程度悶絶していた豹人の男、改めベイルは、カラッした笑顔で話し出した。
「いやぁ、強いねぇ!そんなひょろっちぃ見た目なのによ」
「そうでもないですよ。それより、訊きたいことがあるんです」
「分かってるって、負けたからには何でも答えるぜ!知ってることならな!」
「助かります。早速ですが、”登竜門”の場所を教えて下さいますか?」
「なんでぇ、そんなことが知りたかったのかよ!それくらいだったらすぐに教えてやったのによ!」
話を聞かなかったのはお前だろ、この一言を飲み込めた俺を誰か褒めてほしい。
「それで、どこにあるんですか?」
「ちょいと待ってくれ、描いた方が早い」
そう言いながら、爪で地面に大雑把な地図を描き出したベイルさん。決して上手くはないが、十分に判読可能なレベルだ。
「これでどうだい?」
「……大体分かりました。有難うございます!」
「いいってことよ!一度喧嘩した俺らはもうダチみたいなもんだからな!また何かあったら頼ってくれ!」
価値観や文化が異なるだけで、良い人も割といるようだ。この1週間弱でようやくギド帝国の”コミュニケーション”を理解でき始めた気がする。
「見えてきましたね」
「そのようだな」
恐らく2階建ての木造建築であろう”登竜門”は、実に立派な外観をしていた。伝統的な中国の建築様式に近いと思われる。壁に2,3個穴が空いている点を除けば、観光名所にでもなっていそうな建物だ。
「入りますよ、セリンさん。注意して下さい、何が起こるか分かりませんから」
「誰に物を言っているのだ。早く入れ」
扉を開き、正面にある受付らしき場所に向かう。中には多くの獣人族、異形族が思い思いに喋り、騒ぎ、時には殴り合っていた。
あからさまな部外者である2人に目を向ける者は、殆どいない。セリンさんは”弱火”だし、俺も”中火”のままだからな。完全に興味の対象外なのだろう、寧ろその方が助かる。
「すみません、少しお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ。どうされましたか?」
……普通の会話が成立することが、ここまで幸せなことだとは思わなかった。いやいや、感慨に耽っている場合じゃない。本題に入らねば。
「金剛力也という召喚者に関する情報を求めているのですが、何かご存知ですか?」
「……申し訳ございません。”登竜門”では、基本的に情報は取り扱っておりません。あくまでも、登録者の討伐実績の管理、及び4部隊への斡旋・仲介が主な機能でございます」
基本的に?それはどういう意味だろうか。露骨に含みのある物言いだ。
「基本的に、とはどういう……」
「コバヤシ、こっちに来い。話がある」
「え、あ、ちょっと!まだ話が途中で」
珍しく強引なセリンさん。少し焦っているようにも見える。一体どうしたというのだろうか。そして、そんな焦りが原因なのか、彼女の肩が狼男に軽くぶつかってしまった。その衝撃で、男の持っていた酒がほんの少し零れる。
「オイ、雑魚が何してくれてンだ?オォ?」
吐き出される酒気を帯びた息、確実に酔っている。辺りに面倒事の臭いが漂う。どうやって丸く収めようか思考する俺とは対照的に、彼女は突き刺さる視線を全く意に介さず出口を目指して歩み続ける。
自分を歯牙にもかけないその様を見て、狼男のスイッチが入った。
「待てやゴラァ!!」
あー、最悪だ。
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