第35話 ピンチ
10万字突破!いつも読んで下さって有難うございます!
これにて第一章は完結です。
「焚き木、このくらいで大丈夫ですか?」
「そうだな。そこに置いたらすぐ離れろ、火を点ける」
カラムを発ってから、2日目の夜になった。出立以降、遭遇した何体もの魔物の処理は全て俺に任されている。今日の昼に遭遇したデクティルには、特に手こずらされた。
“初陣”を思い出させる急直下の襲撃もそうだが、中々に頑丈で地上に殆ど降り立たない狡猾なあの翼竜には本当に辟易させられた。
それが原因で、魔力と時間を浪費してしまった。無論、この間もセリンさんはノータッチである。
俺を鍛えているつもりなのかもしれないし、単純に宣言通り面倒をみるつもりが無いだけなのかもしれない。
「何度見ても凄い魔力制御ですね。未だに新鮮に驚けますよ」
「そうか」
……何が言いたいかというと、殆ど喋らない彼女のことがさっぱり分からない。気まずい沈黙を埋める為、この2日間ひたすらにギド帝国に関する情報を聞き出して間を凌いでいた。
例えば、ギド帝国は”縄張り”と呼ばれる人々の集まりが町を形成しており、その”縄張り”が領土内に数多く点在しているんだとか。更に、他の国では殆ど見られない種々雑多な獣人族や異形族が多く暮らしているらしい。
但し、帝都ギドだけはキッチリと区画が決まっており、国の中枢を成しているのだとか。
「あ、ギド帝国にはギルドの様なものは無いのですか?」
オーガス王国では、前世で言うギルド的な組織は確認できなかった。『異世界と言えばギルド!』みたいな考えがあったこともあり、少しばかり驚いた記憶は新しい。
「ギルド?何だそれは」
眉をひそめ、小首を傾げるセリンさん。まさか、通じないとは思わなかった。何と説明したものか。
「えぇとですね、国とは独立して存在している場合が多くて、主に魔物討伐や護衛任務などを請け負う人達を登録・管理する組織なんですけど……あと、登録者が達成した依頼内容に応じて彼らをランク付けして、どの様な依頼であれば任せられるのかを決めたりしています」
これで伝わっただろうか、昔からアドリブでの説明は得意じゃないんだよな……
「なるほど、そういうことか」
今のごちゃついた説明で伝わったらしい。彼女の理解力に感謝だ。
「それに酷似した組織なら帝都ギドにある。もっとも、ギルドではなく”登竜門”と呼ばれているがな」
「登竜門?」
登竜門という言葉の意味は分かるが、何故そう呼ばれているのかが皆目見当もつかない。
俺の表情が考えていること全てを物語っていたのだろう。彼女はそのまま説明を始めてくれた。
「まず、帝国には4つの部隊が存在している。それら4部隊のトップはそれぞれ”王者の牙/爪/拳/脚”と呼ばれ、帝国中の尊敬を集めている。その憧れの部隊に入る手段の1つが、”登竜門”だ」
「まさか……」
登竜門という名前、そしてギルドと酷似したシステム。そこまで聞けば、ある程度の予測はつく。
「そう、貴様の言うギルドと同様に討伐した魔物の数や質によって登録者を管理し、目立った成績を残せた強者のみがいずれかの部隊にスカウトされる、というわけだ」
まさに実力至上主義ならではの仕組みだ。そこまで徹底されているといっそ感心する。
「オーガス王国にはそういった組織はないですよね」
「当然だ。”王国に対抗可能な戦力を保有し得る組織が存在する”という状況を万が一にも看過してはならない。長期に渡る国家の安寧を考えるのであれば、貴様の言うギルドは危険因子でしかないのだ」
……その観点は完全に欠けていたな。言われてみれば、ギルドの規模が大きくなればなる程、国としては頼もしさと同時に、恐ろしさも感じられるだろう。
もしギルドが突如として反旗を翻した場合、国内に拠点が存在するわけだから、その周辺における被害はどう頑張っても防げない。そんな心配を抱えるくらいなら、最初から自分達で討伐から護衛に至るまで全てをこなせるように国家直属の組織を拡充する方が安心だ。
とは言え、それはそれで大変だと思うけどな。どちらを選ぶにしても、一長一短な部分はある筈だ。
「大変ですね。国の運営って」
俺には関係ないし、もっと言うと関係したくない。自分から話を振っておいてなんだが、今の会話で脳裏にベリューズがチラついたせいで気分が悪くなってしまった。
「当り前だ。そこいらの有象無象に国家を担えるわけがなかろう。……いい時間だ、今日は私が先に睡眠を取るぞ」
「はい、どうぞ」
最初は、ギド帝国に到着するまでの夜の見張りは彼女が全て行うと主張していたが、俺が断固として反対した。あまりにも申し訳なさ過ぎるからだ。
しかし、セリンさんも頑として譲らなかった。曰く、「私に貴様の実力を信頼しろと言うのか?」だそうだ。それを言われるとぐうの音も出なかったが、結局ごねる俺に折れた形で、最終日の夜だけは見張りを譲ってもらう運びとなった。
パチパチと、焚き火から聞こえる音が心地良い。前世ではよく動画サイトにアップロードされている波の音や焚き火の音を聞いていたが、やはり本物の音には敵わないようだ。
ボーっとリラックスしているように見えたのだろう、見張りから暫くして、魔力感知に3つの存在が引っ掛かった。
動きが人間臭い。焚き火を中心として、囲むようにしてにじり寄って来ている。”ストレングス”を発動し、臨戦態勢に入る。
「おっと」
闇夜に紛れて飛来してきたナイフを避ける。躱すことで射線上にいる味方との同士討ちを狙ったが、そう上手くはいかないようだ。魔力の抑え方から大した実力ではないと思っていたが、そこまでお粗末ではないらしい。
「オラァ!」
大振りの斧、目を瞑っていても当たる気がしない。身体を僅かに捻り、隙だらけの顎に拳を叩き込む。まず、1人。
「チッ、なにやってんだっ!?」
一撃で沈んだ仲間に気を取られていたもう1人に急接近し、金的で確実に仕留める。野盗側は”ストレングス”にすら気付けていないご様子だ。2人目。
ものの数秒で全滅一歩手前までに追い込まれたことに動揺する3人目に近付いた、その時だった。
「がっ……」
頭を襲う激痛と、強烈な吐き気。……しまった、”反動”がこのタイミングで来ることは予想していなかった。マヌケにも程がある。マズいマズいマズい。
膝から崩れ落ちる俺を見て、逃げ腰だった男は一瞬だけ呆けた後、顔を歪ませて笑った。
「なんだァ?急にどうしたってん……だ?」
男の顔が、歪んだ形を保ったまま、地に落ちた。
「やはりな。貴様に任せずにおいて正解だった」
背後からの声に振り返ると、そこには首と胴が離れた死体が2つ転がっていた。
「野盗というクズを殺さずに仕留めたつもりでいる時点で、貴様には見張りを行う資格が無い。その油断は、いつか失ってはならぬ人間を必ず殺すぞ」
完全に、意識の外だった。3人とも無力化してから適当に縛って放置するつもりでいた。だから、倒したつもりでいた2人の魔力の変化にも気付けなかった。
頭痛と嘔気からではなく、その厳然たる事実から、何も言い返せなかった。
「もう寝ていろ。貴様には、強さだけでなく強かさも足りない」
「すみません」
絞り出した謝罪を聞いたセリンさんは、意外にもぎこちない笑みを作りながら言った。
「だが、優しさだけは孫から聞いていた以上だった。この2日間で、それだけは理解できた。そういう人間は、強くなれる。安心しろ」
……あぁ、彼女は頑固で、少し不器用なだけなのだ。セリンさんの人となりが、今やっと見えてきた。
この人なら信じていいのかもしれない、そう思えてしまったせいか、俺の意識は急速に遠のき、血の匂い漂う惨状に沈んでいった。
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「……おはようございます」
目が覚めた時には、陽は高く昇っていた。
「動けるか?」
端的で、ぶっきらぼうにも聞こえる問い。だけど、その短い問いかけから、今なら彼女の優しさを感じ取れる。
「頭が少し痛みますが、問題ありません。昨日は有難うございました」
「礼など不要、アレは自衛の範囲内だ。動けるならすぐに出るぞ。陽が沈むまでには着くように調整する」
「分かりました。宜しくお願いします」
さぁ、気を引き締めて行こう。もう騙されるのは懲り懲りだからな。
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