第34話 カラム村
いつも読んで下さって有難うございます
次話で第一章完結予定です!
「よし、動くぞ。行けるな?」
「……大丈夫です、問題ありません」
朝食として、昨日セリンさんが作ってくれたワイルドホーンの干し肉を何とか飲み下したことで、カラムに向けて出発する準備が整った。
体調は万全とは言い難いが、動けないこともない。最早無意識下でも行える様になった”中火”のストレングスと魔力感知精度の調子を確認し、問題が無いことを彼女に告げる。
「……相変わらず、実力に見合わぬ魔力制御技術だ。その弱々しい見た目といい、貴様は実に暗殺者に向いている」
「それ、褒めているつもりですか?」
かなり微妙なラインだ。普通に嬉しくない。
「そんなことはどちらでもいいことだ、走るぞ。カラムまで2時間で着く速度で行く、しっかり付いてこい」
「了解です」
言いながら走り出す彼女の後を追う。全身の筋肉痛は俺に安静を要求してくるが、この程度なら無視できる範囲内だ。
辺りは視界の開けた草原で、まばらにだが魔物が点在している。だがしかし、セリンさんの脅威を本能で感じとっているのか、その殆どは近寄ろうとすらしてこない。
……いつ見ても、惚れ惚れする魔力制御技術だ。目の前を走るセリンさんの魔力には、制御による”魔力のブレ”が一切見受けられない。事情を何も知らない人間が今の彼女を見た場合、きっと3等級騎士程度の実力だと誤認してしまうだろう。
実際、彼女が”本気で逃げた俺にあっさりと追い付いた”という事実さえ無ければ、俺自身彼女の実力を勘違いしていた筈だ。
草原の中を無言で走り続け、そろそろ2時間が経とうかという辺りで、それまで沈黙を貫いていたセリンさんが突然口を開いた。
「これはマズいな。コバヤシ、急ぐぞ」
「え、ちょっ!」
魔力を放出し、速度を跳ね上げるセリンさん。離されまいと瞬時に”強火”に切り替える。何事かと訊こうとして、気が付いた。黒煙だ、遠くの方で煙が立ち昇っているのが見える。
俺の知識では判断が付かないが、彼女からすればあの煙は”マズい方の煙”らしい。
速度を上げたことにより、僅か数分で村に着いた。そしてその頃には、俺にもこの村がマズい事態に陥っていることがハッキリと認識できていた。
盗賊の襲来だ。木製の民家に火を放ち、混乱する村人達を盗賊が襲っていたのだ。
村の中を迷わずに走り続ける彼女の先には、複数の魔力が感じられた。片方は小さく、震えている。明らかに一般人のソレだ。一方で、もう片方はそれなりに大きく、魔力が膨れ上がっている。まさに魔法を使おうとしている人間の魔力の流れ方だ。
「クソッ、間に合わない」
一体どの地点からこの状況が”視えて”いたのか。セリンさんが極めて冷静に諦観の念を吐き出す。どうやら、諦めていないのは俺だけらしい。
「まだ間に合います。セリンさんはそのまま速度を落とさないで下さい」
数十m先には、尻もちをつき頭を抱える村人と、纏魔で強化したシミターによって今にも斬りかかろうとする盗賊。絶体絶命の状況ではあるが、何もアイツを倒さなくても村人は助けられる。
何の説明も無しに指示を出した俺に、彼女は無言で応えた。
走り続ける彼女に対し、俺はその場で急ブレーキをかけながら両手を地に着けた。土煙を上げる地表を、魔力が伝う。そう、ベリューズさんとの試合で使ったあの魔法だ。
いつだったか、ベリューズが言っていた。詳細な理由の部分は聞き流していたが、気体より液体、液体より固体の方が魔力の伝達速度が速いらしい。だからこそ、このタイミングでも間に合う。
「んだァ!?」
振り下ろしたシミターがあらぬ方向を通過し、崩れる体勢に驚愕を示す盗賊。間違いなく雑魚だな。あのベリューズは、魔術師であるにも関わらず、初見のこの魔法を喰らっても一切姿勢を崩さなかった。
「なるほど、良い判断だ」
俺が稼いだ一瞬を、彼女は十全に使って見せた。両の手から発せられた鋭利な氷塊が、凄まじい速度で盗賊の腹部と喉を貫通する。遠目に見ても、絶命が確信できる威力だ。
安心して立ち止まってしまった俺とは異なり、彼女の視線は、既に次の”獲物”に移っていた。
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「本当に、有難うございました……!」
「いえいえ、大したことはしていませんよ」
「ですが、お2人のお陰で多くの村人が救われました」
全ての盗賊を仕留めた後、彼女は殆ど喋らなくなってしまった。故に、その後の会話はほぼほぼ俺が対応している。今低頭平身で喋っているのは、カラムの村長であるポルドさんだ。
「どの様な理由でこの村を訪れて下さったのかは存じ上げませんが、貴方達は我々にとって救世主です……!」
いい流れだ!これでこの村に来た目的が話しやすくなる。未だに後処理でてんやわんやの村人達に「テリム車を貸してほしい」だなんてとてもじゃないが言い出せる雰囲気ではなかったからな。
「僕達はテリム車を拝借しにこのカラムに訪れたのですが……流石にこの状態では厳しいですよね、アハハ」
言いながら、途中で罪悪感に襲われて腰が引けた言い方になってしまった。暗殺者には向いていても、商人に向いていないことは間違いなさそうだ。
「とんでもありません!貴方達のご活躍によって村の被害は軽微なものです!テリム車の1台や2台、喜んで差し出しましょう!」
「あ、有難うございます」
結局、テリム車と4日分の食糧まで頂いてしまった。村を出て、俺とセリンさんの姿が見えなくなるまで、村人達は手を振り続けていた。
どこまでも晴れやかに送り出してくれた彼らとは対照的に、俺の心は曇っていた。
見てしまったからだ。白い布を被せられた2人の人間を。どちらも大人だった。恐らく、門番的存在なのだと思う。
俺が最初から”強火”で走っていれば、そもそも”中火”でも間に合う位強くなっていれば、考えても意味の無い、”たられば”ばかりが頭を過る。
そんな俺を見かねたのか、テリムを操れない俺の代わりに御者をしてくれているセリンさんが、呟くように言った。
「私が諦めた命を、貴様は諦めなかった。誇れ、アレは間違いなく、貴様の救った命だ」
「……有難うございます」
立ち込めていた暗雲の隙間から、少しだけ、光が差した気がした。
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