第32話 大喧嘩
いつも読んで下さって有難うございます
『受付番号1番の小林空さーん、1番カウンターまでお越し下さーい』
最初の時と一言一句違わぬ呼び出し口上、あの詐欺女神、本当に良い性格していやがる。あの時と違うのは、俺が一切動揺しておらず、寧ろブチ切れているということだ。
「呼ばれなくても行ってやるさ」
ドカッと腰を下ろした俺に対し、ファリスはあくまでもいつもと変わらない調子で喋りかけてきた。
「お疲れ様でした~!大変な目に遭いましたねー!」
相変わらず人の神経を逆撫でるのが上手いヤツだ。されど、今回の俺はその程度でペースを崩さない。とっとと本題に入らせてもらうとしよう。
「最初に確認しておきたいことがある。”こうなること”は分かっていたのか?」
「……えぇ、分かっていました」
貼り付けた様な笑みが消え、能面を思わせる無表情さで答える女神。やはりそうか、そんな気はしていた。ある程度先の未来までは視えるんだもんな。
「じゃあ次だ、いつから知っていた?」
「小林様が召喚された、翌朝です」
事務的に、というよりも、事もなげにとんでもない事実をぶちまける詐欺女神。プチプチと、頭の血管の切れる音が聞こえる。我慢の限界は、とうに迎えていた。
「何故だ!俺がどれだけ苦しんだと思っているんだ!!」
「…………」
黙り込み、じっと俺を見つめるファリス。その平然とした顔が、更に血を熱くさせる。
「2回だ!今しがたお前の言ったタイミングの後、2回も俺の夢に出てきていたじゃないか!どちらかのタイミングでどうにかする手立てを教えることくらい出来ただろ!!」
1度だけピクリと眉を動かし、極めて平静に、彼女は呟いた。
「凡そ1極、別の言い方をするならば、約10の48乗」
「……何の話だ」
天文学的な数字だ。途方もないという言葉が陳腐と化す程の。
「小林様がオーガス王国と喧嘩別れせずに済む為に、私が模索した貴方の行動パターン総数です。その全パターンにおいて、小林様はベリューズ・バーナム、或いはノイント、ウォードらによって、オーガス王国から逃亡せざるを得ない状況に陥っていました」
至極淡々と、彼女は信じ難い事実を突き付けてきた。そう、”信じ難い”事実だ。
「その証拠は?示しようがないよな。言うだけなら何だって言えるさ。今までに何回騙されたと思っているんだ?虚仮にするのも大概にしろよ。いいよなぁアンタは。上から眺める喜劇はさぞかし滑稽で」
「私が!どれだけ血眼になったか!!どれだけ可能性を探ったか!!知る由もない癖に!!!」
「ッ!」
初めて聞く、女神の絶叫。どんな時も飄々と、高飛車に、或いはイタズラに俺をかき乱してきた女神ファリスの、心からの絶叫。
「ノイント、ウォードに目を付けられた貴方が1秒でも長く王国で力を蓄える算段を!ベリューズに勝ったことで一層の警戒を引き起こした貴方を人畜無害に見せ得る手段を!私が考えなかったとでも思っているのですか!?」
女神の熱が、逆に煮え滾っていた血を急速に冷やしていく。元から、頭では理解していた。コイツにも打算的な理由で俺を助ける意味が十全にある。上位女神からの評価を何度も気にしていたコイツが、最善を、又は最悪を回避する道を模索しないわけが無いのだ。
「……何か、他に言いたいことはありますか?」
正直に言えば、山程ある。しかし、それら全ては愚痴以上でも以下でもなく、現状を何一つ変えられない無用の長物だ。吐き出した熱と、吐き出された熱により冷えた頭で答える。
「次は、どうすればいい。もう考えてあるんだろ。次善の手が」
荒げた息をすっかり整え終えていた詐欺女神は、ニンマリと破顔し、応えた。
「あら~?あれだけ煽っておいて、自分では何一つ考えられないんでちゅか~?困った23歳児でちゅね~」
再びピクつくこめかみを気力で抑え、寝る前にセリンさんから聞いていた話を持ち出す。
「今の実力なら、ほとぼりが冷めるまでは下手に他国が干渉しないギド帝国に身を潜めるのが良いと考えている。当然、その間も牙は研ぐ。災厄に関して、レイドリスの協力は確実に得られるから、可能であればガル・ニールとのコンタクトも作っておきたい。だがしかし、あのバケモノとまともに会話を成立させる手段が、イメージが何一つ湧かない。何かないか?」
「先ず、目的地についてですが、ギド帝国で構いません。というより、ギド帝国以外あり得ません。ベリューズが王都以外の4大都市であるベルティア、ナヴァート、ルイン、ジョログに手を回す準備を既に始めています」
セリンさんの言う通りだった。あの老獪ジジイ、今度会ったらぶん殴れるまでに強くなってやるから覚悟しろよ。
「次いで、ガル・ニールとのコンタクトに関してですが、それは些か早計です。ご存知の通り、ギド帝国は実力至上主義。今の小林様が何を言おうが、何をしようが喉笛を嚙み千切られて終わりです。絶対に刺激しないで下さい」
「わ、分かった」
何だよそれ、もう人語を解する獣じゃねぇか。
「そして、牙を研ぐのには大賛成です。いずれにせよ、ギド帝国での大目標を達成するために、ロイド1等級騎士を軽く捻れる程度には強くなってもらわなくてはなりません」
……ホント、無茶苦茶なことを平然と言ってのけるよな。1等級は一騎当千の証だぞ?まぁ、その更に高みにベリューズやトールさんがいるわけだから、越えなければならない壁なのは理解している。
「それで、その大目標ってのは?」
「小林様の大目標は、ギド帝国にいる2人目の召喚者、金剛力也様を救い出すことです」
瞬間、ガル・ニールの『図体だけデカくて何にも使えやしねぇ。今じゃ奴隷と殆ど同じ扱いだ』という発言を思い出す。
「そうです、その金剛様が災厄を退ける為に必要な最重要人物の1人です。小林様には、彼女を今の境遇から救い出して頂きたいのです」
彼女?彼ではなく?……いやいや、その疑問は野暮だな。軽々しく踏み込んでいい領分ではない。
「了解した。俺なりにアプローチしてみるから、ヤバくなったらまた夢で指針を正してくれ。それと、その、さっきはすまなかった。言い過ぎた」
「やけに素直ですね。気持ち悪い」
「シンプルな暴言を吐くなよ!1番傷付くんだから!!」
しおらしくするだけ無駄だ。まったく、大人になると謝るって中々素直に出来ないもんなんだからな!
「分かっていますよ。……私の方こそ、少しだけ、ほんの少しだけ熱くなってしまいました。すみません」
……有り得ない。今、あの詐欺女神が謝った?明日俺は死ぬのか??
「チッ、こっちこそしおらしくするだけ無駄じゃねぇか。あ、そうだ、最後になりますが、今日は随分と頑張っておられましたね?これだけで、私が何を言いたいのか、小林様ならもうお分かりですよね?」
あークソ、やっぱりか。セリンさん、先に謝っておきます。ごめんなさい。
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