第31話 目論見通り
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小林が空間接続魔法により逃げおおせた後もレイドリスと2人の戦いは続き、戦闘時間はゆうに30秒を越えていた。
玉座の間を壊さぬよう、しかし決して無視できない威力の魔法を次々と放つベリューズが口を開く。
「殿下も成長されましたな。まさかここまで粘られるとは」
「……どういうつもりだ?」
「何がですか?」
「何故処刑を決断したお前が手を抜いているのだと訊いている。そうでなければ、今頃2人の内どちらかはコバヤシ殿を追えている。こうして悠長に会話をしている時点で、お前が手を抜いていることは疑いようもない」
「まさか、あの大罪人をみすみす逃すような真似をするとでも?」
「問答は無駄なようだな。……父上!やはり此度の処刑はどこかおかしい!加えて言わせて頂ければ、災厄はまだ去っていない!必ずやまた我が国を襲うと私の勘が告げています!!」
王子の進言にすぐには応えなかったゲルギオス王だが、剣戟と魔法の応酬が1分を越えた段階で、遂に口を開いた。
「もうよい」
たったの4文字、それだけで、2人の団長は王子に対する猛攻をピタリと止めた。
「既にコバヤシはかなりの距離を逃げているだろう。それを見つけるために人員を割くのは、万が一の災厄を想定するのであれば賢い判断とは言えぬ。国内で再び不審な死傷者が出ない限り、これ以上彼奴に関して無駄な争いはすべきではない」
「はっ!」
「承知いたしました」
先ずはトールが、次いでベリューズが王の言葉に応えた。
「では、コバヤシ殿の処刑を取り下げて頂けるのですね?」
「あくまでも保留だ。再び王都近辺で彼の犯行と思しき事件が起きれば、すぐにでも処刑を最優先事項とする。その時はレイドリス、お前にも動いてもらうぞ」
「……私は、コバヤシ殿を追ってみます。もし追い付くことが出来れば、今の話を彼に伝えてきます」
「好きにしろ。それでお前の気が晴れるのであればな」
次の瞬間には、彼は玉座の間から消えていた。”ストレングス”を発動したレイドリスの動きを目で追える者は、この国でも両の手で足りる数しかいない。
「良かったのですか、王よ」
トールが王の言に口を挟む。そこには、彼自身の現状に対する動揺が含まれていた。
「王国の安寧さえ保たれるのであれば、事件の犯人がコバヤシであろうがなかろうが、どちらでもよいのだ。レイドリスはああ言っていたが、十中八九災厄は去った。であれば、あの男に固執する必要は無い」
「また、先の義を重んじる殿下の行動は、彼自身の王としての器を宣伝する材料にすらなる」
小林の去った玉座の間で語られる、王とベリューズの目論見。結果的には、彼らの計画は十全に果たされていたのだ。
「……なるほど」
「そして、我が国には彼奴を追う手立てが無いわけではない」
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足の動く限り走り続けた俺は、陽が沈んだ時点で足を止めた。魔力感知に引っ掛かる存在はない。距離も相当稼いだ。”反動”を考えると、ここいらで夜を明かすのがいいだろう。木に背を預け、魔力感知以外の全ての魔法を解く。
安心からか、少し微睡み始めた時だった。目の前の人物に気が付いたのは。
「コバヤシだな。想定よりもかなり足が速い。やはり実力を隠していたか」
……どうやってここまで追い付くことが出来た?どうして魔力感知に引っ掛からなかった?そして何より、何でこの少女はメイドの格好をしているんだ??
「色々と理解が追いついていないようだな。仕方あるまい。自己紹介でもしてやろう」
動揺を悟り、語り始める彼女から感じられる魔力は、一般人のそれと全く変わらない。その事実が、何よりも俺を戦慄させる。今日稼いだ距離は、決して常人に追い付けるものではない。
それはつまり、”数百年鍛え上げた魔力の感知精度を以てしても眼前にいる人物の実力を伺い知れていない”ということを意味する。
「私は第零部隊隊長、セリン・ミル・ラネーシュだ」
「第零部隊……?」
聞き覚えの無い部隊名と、聞き覚えのある名前。……確かメイド長を務めるテラさんの祖母の名前がセリンだった筈だ。しかし、目の前の女性はどう見ても10代かそこら。ただの偶然か?
「第零部隊は暗殺部隊。その存在は1等級以上の兵士と、王を含む他数名にしか知られていない秘匿部隊だ。貴様が知らないのは当然だ」
暗殺、間違いなく彼女はそう言った。精神的にも肉体的にも疲弊している俺と、底知れぬ実力を持つ女。あの国にこんな隠し玉がいたなんてな、お手上げだ。
「コバヤシよ、1つだけ確認したいことがある」
「何でもどうぞ。もう疲れました」
「レイドリス殿下から話は聞いている。何故裏切った我が国を再び救うことを約束したのか、それだけは聞いておきたい」
なんだ、そんなことか。それに、少し勘違いしているようだ。死ぬ前にそれだけはハッキリさせておこう。あの国を救う気なんて微塵もないことだけは表明しておきたい。癪だから。
「別に、オーガス王国を救うだなんて一言も言っていませんよ。僕が助けるのは、パロッツと、テラさん、そしてレイドリス王子だけです。特に、レイドリス王子が死ぬことだけは絶対に看過できません」
詐欺女神曰く、世界中に散らばっている人外達の力を合わせないと災厄を退けられないらしいからな。
勿論恩人ということもあるが、契約の遂行という打算的な観点から見ても、彼は救わねばならない。と言っても、あの人が戦闘で命を落とすなんて想像もつかないけどな。
「……やめだ」
「は?」
返答を聞いてから、彼女の纏っていた雰囲気がガラリと変わった。殺意が、消えたのだ。
「今の答えで確信した。貴様は実力だけでなく、英傑の名を背負うに相応しい人格を持ち合わせている」
……何か、更に勘違いしていないか?まぁいいや、偶には騙す側になったっていいじゃないか。
「いいのですか?王様からの命令ではないのですか?」
「勘違いするな。王はベリューズのような下衆とは違う。王国の安寧と繁栄の為ならば冷徹な判断を下せるというだけだ。王は『あの男を見定め、少なからず来る可能性のある災厄を考慮に入れて行動せよ』と仰った。故に、私は不殺と監視を選んだだけだ」
あのベリューズを下衆呼ばわりか。やはり只者ではなさそうだな。何にせよ、二度目の死は免れたらしい。
「はぁ、今日一日で何度死を覚悟したことやら」
「これから何処に向かう気だ?」
「城の外にすらろくに出たこともない僕に、当てがあると思いますか?」
「だろうな。王国内でここから一番近いのは都市ベルティアだが、貴様はこの国から出た方が良いだろう。ベリューズの阿呆が根回しをしている可能性も十分に考えられる」
「じゃあ、どこに行けばいいんですか?」
「距離を考えると、ギド帝国だな」
「ギド帝国!?あの脳筋しかいないと噂の!?」
冗談じゃない!よりによって何でまたそんな死地に飛び込むんだ!
「安心しろ。確かにあそこは徹底した実力至上主義国家だが、今の貴様でもそれなりに通用する。更に貴様の異常な成長速度を加味すれば、下手に他国が関与しない分寧ろ安全だ」
「なるほど……」
そういう考え方もあるのか。なら、選択肢としてアリかもな。
「行き先は決まったようだな。他に訊きたいことはあるか?」
ある。身の安全が確保された今だからこそ訊けることが。
「あの、セリンさんってテラさんの祖母、ですよね?その、何でそんなにお若い見た目なんですか?」
「……そんなどうでもいいことが気になっていたのか。私はハーフエルフだ。エルフ族は長命な分、身体的な成長は遅い」
だから歳の割に若い見た目を……
「今、何か失礼なことを考えなかったか?」
「ま、まさか!!やだなぁもう、アハハ」
どうやら年齢に関してはタブーらしい。本物の殺気を感じた。
「今日はもう寝ろ。私が見張りをしておく」
「いいんですか?お任せしてしまって」
別に信用しているわけではないが、彼女なら寝込みを襲わずとも正面から俺を殺せる。要するに申し訳なさからくるシンプルな心配だ。
「問題無い。3日間走り続けて標的を殺したこともある」
……ひょっとして、レイドリス王子よりも強いんじゃないか?いや、いくらなんでもそれはないか。
「なら、お言葉に甘えさせて頂きますね」
実際、疲労が半端じゃない。”反動”もあるだろうし、少しでも体を休めたい。
もうこんな濃い1日は二度とごめんだ。今度あの詐欺女神に会ったら絶対に文句を言ってやる。そんなことを考えている内に、いつの間にか俺は眠りに落ちていた。
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