第30話 逃亡
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処刑を止めたレイドリスさんに対し、最初こそ苦い顔をしたベリューズだったが、即座に表情を切り替え当然だと言わんばかりに語り出す。
「このコバヤシが市井の民を殺すという大罪を犯したため、我が国の法に則り、処刑を執行しようとしていたところです」
「俄には信じられんな。あのコバヤシ殿がその様な愚行を犯す筈がない」
「殿下のお気持ちも十分理解できます。ですが、証拠も上がっております」
目の前で再度繰り広げられる茶番を眺めながら、俺は微かながらも活路を見出し始めた。
仮に王子である彼が味方についてくれれば、こんな下らない喜劇を終わらせるのも不可能ではなくなる。
「……その様な曖昧な証拠でよくもコバヤシ殿を断罪しようと思ったものだ。いつから我が国はこれ程までに恥知らずな国に堕ちていたのだ?」
「……埒が明かないようですな。殺れ」
「承知」
直後、俺の拘束が切断された。トールさんが斬りかかるよりも速く、レイドリスさんが拘束を解き、更にトールさんの剣戟をも防いだのだ。
断じて目で追えてなどいない。だが、いつの間にか抜刀されている彼の剣を見ればそうとしか考えられないというだけだ。
「コバヤシ殿!逃げるのだ!2人は私が引き受ける!」
「ほう、殿下も随分と自信家になられたようだ。”勇者の剣”と”勇者の盾”の両方をお1人で相手取れるとでも?」
「有難うございます!」
瞬時に”ストレングス”を発動し、最短距離で扉に向かう。玉座の間にある窓から飛び出せば、構造的に演習場か訓練場を通る位置に着地してしまう。そうなると、無駄な戦闘が増える可能性が高い。それによる時間ロスは決して無視できないだろう。
「まさか。いくら成長した私でも、本気のお2人を相手取れば10秒と経たずに片方は逃がしてしまうでしょう。ですが、今回はそれだけあれば事足りるのです」
「……絶対に逃がすな!」
扉を蹴破り、階段に向かう。この城には人がすんなり通れる程の窓は少ない。かと言って、頑強な壁を魔法や拳で破壊するのは下策だ。
大人しく1階まで駆け下りて正面玄関から突破する方が結果的に王都の北門に近くていい筈だ。あの2人以外ならば、正面から逃げられる自信がある。
ものの5秒で1階に到達した時、入り口に続く廊下にはパロッツがいた。瞬間的に様々な思いが駆け巡る。もし既に現状を知っていて、俺を大罪人として見ているのだとしたら、そう思うだけで体温が下がる。
纏まらない思考を強引に頭の隅に追いやり、敢えて目を合わせずにすれ違う。その刹那に、彼の発した言葉を聞いた。
「ご武運を」
たったの一言だった。それだけで、思考は晴れた。一切の迷いなく城の玄関を開け放つ。
「なっ!」
目の前に広がっている筈の青空は無く、そこには、王の御前で激戦を繰り広げる3人がいた。
……空間接続魔法か!どこまで用意周到なんだあの髭野郎!だが、お陰で突破口も見えた。
「今度こそ逃がすな!」
叫ぶベリューズを横目に、開け放った扉を敢えて閉める。次いで魔力を込めて、再度開け放つ。扉の先は、今まで毎日寝泊りしていたあの部屋。
目には目を、空間接続魔法には空間接続魔法だ。この部屋で毒探知魔法を使っていて本当に良かった。俺の魔紋は、しっかりと残っていたようだ。
「馬鹿な!!」
いいぞ、初めて奴を出し抜けた。扉を閉めて、逃げ出すためにすぐさま呼吸を整える。
「……コバヤシ、様?」
「テラさん……」
ベッドの側に屈んでいて見えなかった。こんなタイミングで会いたくなかった。時間さえ許してくれるのなら弁明したい。
だが、そんな暇はない。黙って大窓に向かう俺に、困惑した表情のテラさんは呟いた。
「私は、信じていますから。どうか、ご無事で」
熱くなる目頭を抑え、窓から飛び出す。王都の外までのルートは明瞭に覚えている。召喚された翌朝、ベリューズを待つ間にこの窓からの景色を15分も眺めていたからな。ボーナス倍率万歳だ。
普通の人間がこの高さから飛び降りれば死ぬだろうが、“ストレングス”があれば何の問題も無い。先ずは城壁に飛び移る。少しばかり足が痺れたが、それだけだ。
後は屋根から屋根へ飛び移るだけ。現時点で追われている気配はない。そのまま、外壁を飛び越えて王都の外に出る。
「……ふぅ」
これでもまだ安心は出来ない。とにかく王都から離れなければ。
少しでも足を止めて2人のどちらかに追い付かれてしまったらゲームオーバーだ。
“強火”に切り替えて”ストレングス”を発動し、全力疾走すること凡そ5分。魔力感知に有り得ない魔力が引っ掛かった。
「良かった。追い付いた」
「レイドリス殿下、どうしてここに……?」
逃げ出す寸前の会話を聞いた限り、あの2人を倒して追い付いたとは考え難い。となれば、考えたくもないが、彼が”向こう側”になっていると予想される。
もしも推測が外れていなければ、命運はここで尽きる。抗う手立てなど無い。
「ゲルギオス王が、コバヤシ殿の処刑を保留にしたのです」
「保留……?」
「証拠が曖昧であり、災厄がまだ訪れる可能性がゼロではないという事実。これらを進言し、何とか貴方の処刑を止めて頂いたのです」
「つまり、どこかのタイミングでまた僕の命が狙われる場合があるって意味ですよね」
「……申し訳ございません。仰る通りです。そして、この様な仕打ちをしたコバヤシ殿に対し、新たな頼み事をする私の厚顔無恥をお許しください」
「頼み事?何を、言っているんですか?貴方達が、僕に何をしたのか、分かっているんですか?」
怒りで声が震える。彼に八つ当たりするのはお門違いだと頭では理解している。だが、身を裂く痛みに耐えながら努力を積んだ俺に対する王国の仕打ちには腸が煮えくり返っている。とてもじゃないが、正気を保っていられる状態にない。
いくら命の恩人の頼みとは言え、二つ返事で「はいそうですか」と受け入れられようもない。
「理解しております。コバヤシ殿の怒りももっともです。……ですが、私の勘が告げているのです!これだけでは終わらないと。災厄は、まだ続くと。更に、それを乗り越えるには貴方様の力が不可欠であると!」
熱意の籠った、真摯な目。いつもなら、ここで折れていただろう。だが、二度目の死を覚悟させられた怒りは収まるところを知らない。
「だからどうしたって言うんですか!そんな貴重な人材を無下にしたのは貴方達でしょう!!」
もういい、まともに相手にしたくない。適当に頷いて帰ってもらおう。
よし、また食い下がってきたタイミングで適当に了承して帰ってもらおう。
そう考えていた俺の目の前で、レイドリス王子は、膝と手を地に着け、頭を垂れた。一国の王子が、どこの馬の骨とも知れない一般人に、土下座をしたのである。その光景に、思わず息を飲む。
「どうか、お願いします。私には、オーガス王国には、コバヤシ殿の力が必要なのです!」
今、この王子は完全に無防備だ。魔力は”弱火”状態、どこから見ても隙だらけ。ペナルティによる痛みを一瞬だけ我慢すれば、容易に王子を殺せるだろう。
その事実を知っていて尚、この男は誠意を示すことを選んだのだ。
怒り、悲しみ、困惑、同情。多くの感情が一辺に頭の中で混ざり合い、正気でいられなくなる。
あらゆる思いが入り乱れる中、契約違反にはならないであろう1つの妥協案を絞り出す。
「……オーガス王国が滅びようがどうなろうが、知ったこっちゃありません。ですが、何度も支えてくれたパロッツ、お世話になったテラさん、そして、命を救ってくれた勇者を見捨てる様なクズにはなりたくありません。僕から言えるのは、それだけです。もう、帰って下さい」
「有難うございます。本当に、有難うございます……!」
頭を地に着けたまま、繰り返し礼を言うレイドリスさん。どこまでも真摯に向き合ってくれた彼に背を向け、一言も発することなく歩き出した。
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