第29話 冤罪
いつも読んで下さって有難うございます。ここから物語は加速します。
宴から一週間が経ち、多少の訓練はしつつも、基本的には平和な日々を謳歌していた。
しかし、運命の日は突然訪れた。扉が壊れんばかりのノックで目が覚め、有無を言わさず拘束され、そして玉座の間に放り込まれた。
僅か数分の出来事だった。寝起きの頭ではとても処理が追いつかなかった。状況を少しでも把握するため、目の前にいたベリューズさんに問いかける。
「一体全体、どういうことなのでしょうか?」
「コバヤシ殿、お主には殺人の容疑がかけられている」
「……は?」
殺人?意味が分からない。だって、心当たりが微塵も無い。何かの間違いだ。早く誤解を解かなければ。
「ま、待って下さい!自分は決してそのようなことはしておりません!!」
「フン、罪人は皆、口を揃えてそう言うものだ」
俺を見下すベリューズさんの目には、強い侮蔑が込められていた。
「証拠はあるんですか!?僕が誰かを殺したという証拠は!」
「我が国の情報網を侮るな。証拠も無しに人を疑うような真似をするはずが無かろう。出てこい、ノイント、ウォード」
聞き覚えのある名前だ。それも、嫌な方面で。周りを囲む大勢の中から、憎たらしい笑みを浮かべた2人組が姿を現した。
「ノイント、お前が証拠を突き付けてやれ」
「はっ……事件が発覚したのは、3日前でした。町の巡回をしていた第三部隊5等級騎士が遺体を発見し、私に報告が回ってきたため。調査を行いました」
「3日前だと?ふざけるな!その日は一日中剣術と魔力感知と制御の訓練をしていた!」
「黙れ!」
「ふざあ“ぁ!!!!」
召喚主の命令に背いたペナルティにより、身を裂く様な痛みが身体を駆け巡る。クソ……!出来レースもいいとこじゃないか!
「ノイント、続けろ」
「すると、すぐに目撃情報が出てきました。『暗い茶色のフード付きマントを被った男が焦るように走り去ったのが気になり、見てみると、明らかに今しがた絶命した男性が横たわっていた』と」
どうすればいい?どうすれば切り抜けられる?ダメだ、分からない。拘束ならすぐにでも破れるが、召喚主であるベリューズがいる限り、何も出来ない。
「そこで私とウォードは、その目撃者にとあるマントを見せました。すると、彼女は『そうです!まさにそのマントです!』と確かに証言したのです!」
「ほう、して、その物的証拠は?」
「地竜のマントです。これはそこいらにあるような代物ではありません。そして、そんな物を身に付けて外に出るような人物は、この城において1人しかいません」
「それがコバヤシ殿、というわけだな?」
「はっ、そのように考えております。他にも、背丈等の特徴も目撃情報と一致しているため、先刻述べた結論は限りなく真実を示していると考えられます」
……まさか、何度も外出を邪魔したり、地竜のマントを着せて、フードを被るように執拗に指示していたのは、こんな茶番のためだったのか?
城内の人以外は俺の容姿を詳しく知らない。そうなれば、チラッと見た背丈や恰好さえ一致していれば、勘違いされてしまってもおかしくはない。
「貴殿の元居た世界ではどうか知らぬが、王国騎士、王国魔術師による市井の民の殺害は最も重い罪に値する。故に、どのような偉業を残した人物であろうと、例外なく死刑となる」
……なんとなく事態が飲み込めてきた。要するに、用済みってことか。恐らく、王もベリューズも災厄は去ったと思い込んでいる。そうなれば、下手に召喚者が活躍を重ねて評判を上げてしまうと、次代の王であるレイドリスの支持率に何らかの影響が出る可能性もゼロではない。
「最期に、何か言い残すことはあるか?」
「いつから警戒していた?」
自分で言うのもなんだが、業績こそ出しているものの、パロッツ以外の人間とはろくな交流が無い。そんな戦力となる人間を、支持率の変化という僅かな可能性の為だけに殺すのは腑に落ちない。
「最初からだ」
「最初から!?」
「召喚された瞬間、お主は何事かを叫び、それに対し私は何と言ったのかを問うた。尤もらしいことを言っていたが、アレは明らかに嘘を吐いている人間の挙動だった。あの時以来、私はお主の行動を常に監視していた」
「たったそれだけの理由で、疑い続けていたのですか?」
いくらなんでも慎重が過ぎるというものだ。
「他にも、お主が城の構造をごく僅かな時間で完璧に記憶していたのも私にとって看過できるものではなかった。一々例を挙げればキリがない」
「……ぷっ、アッハッハッハ!」
「何がおかしい」
そんな、悉く裏目に出ることがあるのか。これを笑わずにいられるものか。
「因みに、トール騎士団長も僕を疑っていたんですか?」
「疑ってなどいない。だが、国王の命令であれば従うのみだ。私にはこの身1つでは返しきれない程の大恩をゲルギオス王から受けている。いかなる命令であろうと、粛々と遂行する」
「そうですか」
「敢えて警戒していた点があるとすれば、剣術訓練を見学していた貴殿が、難度の高い魔力制御を黙々と行い続ける様子を見た時にはさしもの私も戦慄を覚えた。こやつは、必ず我らと同じ境地に辿り着きうると」
あぁ、2度目の剣術訓練の時か。結局、全ての努力が裏目に出ていたってわけか。ここまで上手くいかないと、いっそ面白いな。
多分、初めて話した時にベリューズが言っていた『過去にも異世界より召喚した人間が獅子奮迅の活躍をした』という話と、その人物が『偉大な戦果を残し、一切の褒美も受け取らずに姿を消した』というのも半分は嘘だろうな。同じ様な理由で警戒され、殺されたのだろう。惚れ惚れするほど徹底した警戒っぷりだ。
「言い残したことはもう無いか?では、刑を執行する」
ゆったりとした歩みで近寄ってくるベリューズ。一度死んでいるからか、不思議と恐怖はそこまで感じていない。寧ろ、呆れや怒りの方が強い。これからオーガス王国、そして人族は、災厄によって滅びるのだ。ざまぁみやがれ。
「安心しろ、一瞬で楽になれる」
鋭い風刃を生成するベリューズ。アレが”勇者の盾”と呼ばれる男の本気の魔法か。こりゃ勝てない。殺意が向けられている時点で、保険の契約条項によりベリューズとの間に結ばれた契約は破棄されている。だが、この窮地からたった一人で逃げおおせる術などない。
「さらばだ、”英傑”よ」
目を瞑り、死を待つ。しかし次の瞬間、玉座の間が勢いよく開かれたことで、処刑の手が止まった。その場に現れた人物は、静かな怒りを孕ませた声で問うた。
「城外のどこにもお前らがいないと思って魔力感知をしてみれば……一体どういうことだ、ベリューズ。答えろ」
「……レイドリス殿下」
どうやら、首の薄皮一枚繋がったらしい。だが、騙され過ぎた俺は、もう何も信じられない、期待できない。
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