第2話 依頼内容
いつも読んで下さってありがとうございます
「マジです」
「勘弁して下さいよ……。いくら凄まじいボーナスがあっても、たった1人の人間に成せる偉業じゃないでしょうよ」
満面の笑みで無茶苦茶言いやがって……。アクリルパネルが無かったら一発ビンタしてやりたいぐらいだ。
「へぇ、やってみろよ」
「嘘です。申し訳ございませんでした」
もう嫌だこの女神怖い。
「本題に戻りますね?世界を救うための条件は至ってシンプル!魔族によって多分3,4回もたらされるであろう人族滅亡の危機を乗り越えるだけ!如何ですか!?」
「もっと具体的にお願いします……」
曖昧な条件じゃいくらでも難癖つけられる。テキトーな理由で契約履行が永久に認められずに一生詐欺女神と召喚主の奴隷のまま、的な事態は絶対に回避したい。
「誠に残念ながら、私の力をもってしても現時点でこれ以上の未来は知り得ないのです」
「本当ですか?」
文字を読めなくなるまで縮小しまくる、なんてふざけたマネをする女神だ。信用ならない。
「先の未来になればなる程、あり得る状態の数が増えます。即ち、エントロピーの増大を意味します。畢竟、何がどうなるかなど予測不可能です。そもそも、予測できていたらこんなマネをする必要が出るまで世界を放置していませんよ」
確かに、筋の通った主張だ。
「……因みに、僕が契約に従いつつも出来る限りで何もしない、みたいな消極的態度を取ってささやかに反抗した場合はどうなりますか?」
「早くて半年、遅くて1年で人族は滅ぼされます。当然、貴方も死にます」
「そこまで余裕が無いんですか……」
俺が死ぬのはさておき、人類が滅びるとなると流石に罪悪感が凄いな……。
「小林様であれば3ヵ月の修行で250年分の修行を経たことになります。つまり、人外の領域に踏み入った実力を得られます。そうなれば、滅亡も多少は先延ばしされますね」
「あと、『1,000倍のボーナスでも足りないくらい』と仰ってましたけど、人類を救いたいなら1万倍とか10万倍とかにしたらいいじゃないですか」
「仰る通りなのですが、人体の耐えられる成長速度の限界が1,000倍なのです。その倍率を超えてしまうと……まぁ詳細は省きますが、恐らく激痛か激流の如き情報に心身が耐え切れず廃人と化してしまうでしょうね」
「……じゃあ、記念すべき1人目だけと言わず、2人目も3人目もボーナス倍率を1,000倍にしては?」
あんなのに引っ掛かる人間が他にいるかは別として、だけど。
「いけません。人族と魔族のバランスが崩れてしまいます」
ん?言葉の内容がイマイチ飲み込めない。
「何がいけないのですか?」
魔族の殲滅が手っ取り早く済んで万々歳なんじゃないのか?
「最初に申しました通り、私はあくまで“この世界”の神です。今回は人族が魔族に蹂躙され、バランスが崩壊する事態を防ぐために不利な方に肩入れしているに過ぎません」
あまりの事務的な言い回しに、底知れぬ恐怖を感じた。
「本音を言えば、両者が共存する世界を実現して頂きたいのです。しかし、そんな夢物語は実現不可能だと判断しました。ですので、どちらか一方の勢力が過剰になったらもう片方にバフをかける。その様なループをかれこれ7,000年は続けています」
不意に見せた疲れ切った表情。人々が築いた文明を魔物が壊し、増えた魔物を人類が減らす。そしてまた栄えた文明を魔物が……不毛とも言えるループを延々と続けるなんて、想像するだけで気が触れそうだ。
「……分かりました。まだ完全に納得したわけではありませんが、依頼を引き受けましょう」
騙されたことには未だにムカついているが、流石に少しばかり彼女が不憫に思えた。
「はぁ……やっと”イヤイヤ期”が終わりましたか?まったく、困った23歳児でちゅね~」
前言撤回。2度とコイツに同情は抱かねぇ。
「さて、他に言い残したことはありませんか?向こうに召喚されると、そちら側から意思疎通は図れませんからね。疑問点はここで消化しておいた方が吉ですよ」
言い回しが完全に悪役なんだよな。
「あ、向こうの世界にはボーナス倍率がかかった人はいないんですか?」
「勿論いますとも!例えば勇者と呼ばれる存在です!因みに、ボーナス倍率は100倍で、貴方が召喚されるオーリア王国の第一王子、レイドリスです」
「え、100倍だと僕の方が強くなりそうなんですけど、いいんですか?」
別に悪いってワケじゃないだろうけど、なんかこう、外来種が生態系のトップに君臨してしまうみたいなイメージがして、いいのだろうかと思ってしまう。
「一言よろしいですか小林様。調子に乗ってはいけません」
「……と言うと?」
「世界は広く、上には上がいるという話です。前世で『コイツにだけは逆立ちしても勝てない』と思った経験はございませんか?」
「……ありますね」
寧ろ、そういった経験ばっかりだ
「ご理解頂けましたか?わざわざバフを与えずとも、圧倒的な才能のみで途轍もない力を持つ人族がいる事実を努々忘れてはいけません。小林様の目標は、勇者を含めた世界中に散らばる人外達と力を合わせ、滅亡の危機を回避することなのですよ」
「承知しました」
「補足させて頂くと、解毒魔法を覚えるまで毒殺、特に飲食による毒殺に注意して下さい。毒ばかりは修行によって刃の通らない強靭な体になろうと防ぎようがありませんから」
「そんなのどうやって対策するんですか……。こちとら日本生まれ日本育ちですよ?」
「対策は簡単です。要求事項を逆手にとればよいのです!」
「……あー、もしかして要求事項の2番目ですか?」
「珍しく冴えていらっしゃいますね。正解です。毒殺は明確な敵意に該当しますので、小林様は抵抗可能になります。要するに毒が盛られていれば、料理を作った人間と、事実を知っていながら運んできた人間に攻撃できます」
さりげなく小馬鹿にしたよな。もう気にしないけど。
「ですがご飯の度に給仕に殴りかかり、毒が盛られていなければペナルティによってのたうち回るガチのヤバい奴になっちゃいますよね?」
「死ぬよりはマシですよ!」
コイツ……。
「冗談ですよ。ちゃんと毒探知魔法と解毒魔法だけは使えるようにしておきます。第一、先程の方法だと給仕係が毒の存在を認識していなかった場合は防げませんからね」
ならさっきの会話は一体なんだったんだ……。
「それぐらい向こうの世界では常日頃から気を張ってほしいという意味です!ご自分でも仰った通り、日本生まれ日本育ちの方には危機感が足りませんから」
「なるほど、理解しました」
そこに関してはぐうの音も出ないな。言われた通り、気を付けよう。
「あ、言い忘れておりましたが、向こうの世界における言語については安心して下さい。召喚されるオーガス王国では最初から意思疎通が取れます」
「他にもいくつか国が存在して、他国の方とはコミュニケーションが取れない、という認識で合っていますか?」
「合っています。人族に限らず、獣人族、エルフ族の言語も異なります。それらについては読み書き、聞き取り、喋り、全て一からの勉強になりますが、どうということはありません。1週間で20年弱の勉強時間を確保できるのですから。都度習得して下さい」
「付け加えておくと、生前は抑うつ状態に陥っていたようでしたが、死亡した時点で脳の状態はリセットされていますので、そちらについてもご安心下さい」
……言われてみれば、思考がハッキリしているし、悲観的な思考も殆どないな。気が付かなかった。
「何もないようでしたら、いよいよ出発となりますが、よろしいですか?」
「はい、特にありません」
召喚後にすべき事項も漠然とではあるが把握したし、詐欺同然の契約内容も覚えている。注意事項も確り記憶した。
「では、頑張って下さいね!」
「はい、ありがとうございます」
身体が眩い光に包み込まれ、自分がいよいよ召喚されるのだと実感する。
くだらない気まぐれからとんでもない珍事に巻き込まれてしまったが、まぁ”素晴らしい死後の世界”とやらで第二の人生を謳歌するとするか。
目を開けていられぬ程に光が強まり、身体が浮遊感に包まれた瞬間、ファリスが発した最後の言葉が耳に届いた。
「本当に頑張って下さいね!世界のバランスが崩れてしまうと、上位女神からの私の評価が下がってしまいますから!」
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