第25話 罪悪感
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試合から数日が経った朝、俺は優しいノックの音で目が覚めた。
「どうぞ、テラさん」
ノックの主が声をかけてくる前に、部屋に入るよう促す。ドアを開けて入ってきたテラさんは、少し驚いた表情をしていた。
「よく私だと分かりましたね。朝食をお持ちしましたので、冷めないうちにお召し上がりください」
「有難うございます。それから、驚かせてしまったようですみません。魔力感知で大体誰か分かっちゃうものですから」
日々途轍もない速度で高まりつつある俺の感知精度は、魔力で人を識別するくらい、それこそ朝飯前レベルにまで到達している。
とは言っても、この時間帯に俺の部屋を訪れる人なんてテラさんくらいしかいないから、感知なんてせずとも分かるんだけどな。さり気なく毒探知魔法を発動しながら、ふと気になったことを尋ねる。
「そう言えば、テラさんのご家族は何処に住んでいらっしゃるんですか?」
今まで散々お世話になってきたテラさんのことを、俺は殆ど知らない。
「両親は城下町に住んでいます。ですが、祖母はこの城でメイド長として働いておりますよ」
「へぇ!凄いですね!」
テラさんの見た目的に、恐らく60歳は超えている筈だ。この世界の平均寿命がどんなものかは知らないが、中々にタフな方だと思う。
「私もよく『もう隠居して余生を楽しんだら?』とは言っているんですけど、全然耳を貸してくれないんですよね……困ったおばあちゃんです」
「おばあちゃん思いなんですね」
テラさんは仕事も丁寧だし、目端も効く優しい方だ。パロッツと同じくらいお世話になっているこの人の為にも、日々の訓練を頑張ろうと思える。
「祖母は厳しくて寡黙な方なんですけど、根は凄く優しいんです。私は、そんな祖母が大好きなんですよ……少し、喋り過ぎてしまいましたね。お仕事が沢山残っているので、失礼いたします。後でまた食べ終わった朝食の回収に参りますね」
深くお辞儀をし、静かに部屋を出るテラさんの所作は、全てが洗練されていた。思わず、見とれてしまう程に。
そんな余韻をぶち壊す予感を俺の魔力感知が告げてくれた。
「コバヤシ殿―!元気っスかー!」
最早ノックすらない。コイツと俺の間柄だからこそ許されるものの、褒められた行為ではないぞ。
「元気だよ。どうしたんだよ、突然」
「いやぁ、コバヤシ殿がトール騎士団長とベリューズ魔術師団長から長時間に渡って魔物に関する講義をされていたと小耳に挟んだんで、様子を見に来たんスよ」
あぁ、アレは地獄だった……
「トールさんは声がデカ過ぎるし、ベリューズさんは情報量が多過ぎるしで、頭が破裂するかと思ったよ」
事実、講義の翌日は魔術の修行をした時と似たような頭痛に苛まれた。お陰でリガーレやらドゥーラやら多くの魔物についての知識を詰め込めたが、もう二度と受けたくはない。
「分かるっスよ。自分もベリューズ魔術師団長の講義の時は頭がおかしくなるかと思ったっス!」
「やっぱり兵士達も同じような教育を受けるんだ」
「そりゃ当然っスよ!特に、2等級以上に昇級する際には魔物に関する様々な知識を問われる口頭試問があるくらいっスからね!」
なるほどなぁ。国としても、百人力とも言われる2等級の兵士を知識不足なんて理由で失うことは避けたいだろうしな。
「じゃあ、パロッツも次はその口頭試問を受けるわけだ」
「そうなんスよ……自分、感覚派なんで、そういう勉強系は苦手なんスよね……」
「そういや、俺がコツを聞いても『そこはズバッといくっスよ!』とか『今のは違うっス!シャッと動いてからのビシッ!って感じっス!』みたいなことばかり言ってたもんな。マジで意味が分からなかったわ」
結局、1,000倍にまで高められた観察力によって何とか理解することが出来たからよかったものの、アレにはかなり辟易した。
「えぇっ!アレ伝わってなかったんスか!?コバヤシ殿はすぐに出来るようになっていたので、てっきり伝わっているものだと……」
あぁ~、ダメだ。やっぱりムズムズする。
「あのさ、全然関係ないんだけど、その”殿”ってヤツ、やめない?呼び捨てでもいいし、それが厳しいならせめて”さん”とかさ」
他の騎士達から言われるのは何とも思わないけど、これだけ仲良くなったパロッツにまで殿付けで呼ばれるのは少し寂しい。
「え!?じゃあコバヤシさんでいいんスか!?良かったー!自分も”殿”は距離を感じていて嫌だったんスよね!!」
「そっか、それは良かった。じゃあ”さん”で頼むよ」
パロッツも同じことを考えてくれていたみたいだ。小さなことだが、とても嬉しい。
「あ、コバヤシさん、知ってます?」
「何がだよ。それだけじゃ何の話か分からないっての」
「コバヤシさんの城内での評価っスよ!」
「それがどうかしたのか?」
一時期は印象が悪かったものの、レイドリスさんのお陰で払拭された。それ以降の評価は知らない。というより、怖くて知りたくない。
「もううなぎ登りっスよ!たった3ヶ月の訓練であのトール騎士団長に2撃も当てて、しかもベリューズ魔術師団長には勝っちゃったんスから!!」
パロッツからの素直な称賛に、胸がチクりと痛む。彼は何も悪くない。ただ、どうしても俺自身がその賛辞を受け取れないだけだ。
所詮俺の成果はボーナス倍率ありきのものだ。本来の俺が3ヶ月死に物狂いで訓練したとしても、1撃どころか動きを目で追うことすら出来なかっただろう。
それを嫌というほど自覚しているからこそ、パロッツや他の人達から褒められる程に俺の中の罪悪感は大きくなっていく。
「……どうしたんスか?ちょっと顔色が優れないっスよ?」
相変わらずこういうところは鋭いんだよな、パロッツは。
「いや、ゲルギオス王の言っていた大規模討伐戦のことが急に気がかりになってね」
だけど、言えない。俺がここまで強くなれた理由を知ったパロッツに、万が一にでも落胆されたり、卑怯者呼ばわりされたりしたらと考えると、口が裂けても言えなくなってしまう。
「コバヤシさんなら大丈夫っスよ!一番魔物の数が少ない南側で、しかもこれだけ成長したコバヤシさんならきっとどうにかなるっス!!」
俺を信じて疑わない真っ直ぐな瞳。この期待を裏切らない為にも、可能な限り頑張ろう。そうすることが、俺を助けてくれたパロッツに対する何よりの恩返しになるから。そして何より、俺の罪悪感が少しでも小さくなるから。本当に、自分の小ささが嫌になる。
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