第20話 初陣
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考えるよりも先に、体が動いた。”ストレングス”を発動し、姿勢を低くして頭を庇う。
直後、右肩から伝わった強烈な衝撃によって回転する視界の中に、俺は化け物を見た。
広げた翼は3m近くあるだろう。先端が鋭利な刃の様になっている尻尾は、一撃で獲物を屠れるのだろう。見るからに硬質な嘴は、これまでに何匹の餌を啄んできたのだろうか。
そんな身も竦む魔物を、剣の一振りで両断するレイドリスさん。まさしく、化け物。
慣性に逆らえず転がされた俺は、何とか立ち上がってマントに着いた土や草を払う。うん、体は大丈夫みたいだ。日頃から訓練をサボらずに頑張っていて良かった。
「コバヤシ殿!!大丈夫っスか!?今すぐに治癒魔法をかけてもらいましょう!骨の1,2本は折れてると思うっスから!!」
何故か俺よりも気が動転しているパロッツ。落ち着いてくれ、よく見れば特に関節が増えたりしていないのが分かるだろ?
「大丈夫だって!そりゃ多少は痛かったけど、一応”ストレングス”が間に合ったし、このマントも役に立ってくれたから!」
恐らく、身を屈めた俺はあの尻尾を叩きつけられ、パターゴルフよろしく転がされたのだろう。防刃性のあるマントを着ていなければ、今頃右腕は血まみれだ。ベリューズさんに感謝しないとな。
「本当に、ケガは無いのかい?」
「えぇ!それにしてもレイドリス殿下、凄いですね!抜刀の瞬間がまるで分かりませんでしたよ」
見えたのは刀を振り終えた瞬間だけ。その後、遅れてしまった現実が追いついたかの様に怪鳥は両断された。
「いや、凄いのはコバヤシ殿の方だ。いくら”地竜のマント”を羽織っているのは言え、デクティルの尻尾を受けて無傷だなんて」
「え、このマントってドラゴンの素材が使われているんですか!?」
どうりで高性能なわけだ。こんな高級品、俺が着ていていいのだろうか……というか、破れなくてよかった……弁償なんて出来ない。
「イマイチ会話が嚙み合ってないようだね」
少し困った様に笑うレイドリスさん。顔が良過ぎる、絵画かよ。おっと、思考が逸れてしまった。えぇっと……
「嚙み合っていない、というのは?」
「コバヤシ殿は、私やパロッツ君、そして他の騎士達がどれだけ驚いているのかが分かっていないようだね」
言われてテリム車の方を見ると、あのベリューズさんですら、呆けた顔をしていた。
「私が瞬殺してしまったが故に伝わり辛かったかもしれないけれど、あの魔物はそれなりに危険な魔物なんだ。咄嗟に”ストレングス”を発動できたことも含めて……おっと、もう次が来てしまったみたいだね」
鋭くなった視線の先には、猪によく似た魔物。まだ少し遠いが、明らかにこちらに向かって来ている。
「よし、アレはコバヤシ殿にやってもらおう!皆それでいいかい?」
「殿下がそう仰るのであれば、是非もありません」
即答するベリューズさんに、当然だと言わんばかりに首肯するパロッツとその他の兵士達。
「ちょっと待って下さいレイドリス殿下!僕にも心の準備ってものがッ!」
「何も心配要らないっスよ!デクティルの攻撃で無傷だったコバヤシ殿が、ワイルドホーン程度に後れを取ることは有り得ないっス!!さ、剣を構えて!!」
……パロッツめ、手加減ってものを知らないのか?まったく、お陰で緊張も動揺も体から叩き出されてしまったじゃないか。
腰に差していた剣を抜き、構える。この二ヶ月で何百回と行った動作だ。つまり、何十万回と繰り返されたことなるこの動作は、寝ぼけていようが地面を転がされた後だろうが、淀みなく出来る。
見た目通り、猪突猛進してくるワイルドホーンとかいう魔物は口から飛び出している2本の牙が危険だ。だが、魔力感知からは大した魔力は感じられない。なるほど、コイツになら勝てそうだ。
「来ますよ!」
レイドリスさんの声が聞こえると同時に、一歩を踏み出して”獲物”の横に回り込む。発動したままだった”ストレングス”のせいで、この獣には俺が消えた様に感じたかもしれない。
巨躯を斬り捨てるために高々と構えていた剣を、全力で振り下ろす。硬い肉に刃が食い込み、通過していく感覚が柄から手へ、手から脳へと伝わってきた。
途中何度か手応えが変わったのは恐らく骨だろう。だが、生憎骨程度で止められるやわな鍛え方はしていない。
首の少し後ろから前脚までを駆け抜けた刃によって、頭を無くした獣は制御を失い、残った巨体は崩れ落ちた。
「ふぅ……」
「見事」
「すげぇ」
「美しい……」
ベリューズさんやその場にいた騎士、魔術師から漏れる感嘆の声。褒められ慣れていないから、嬉しさ半分気恥ずかしさ半分といった心情だ。
「アハハ、有難うございます」
「流石っスよコバヤシ殿!自分は今、猛烈に感動しているっス!!見て下さい!”コア”が真っ二つっス!!」
……段々、パロッツが大型犬にしか見えなくなってきたな。今のリアクションなんて、おもちゃを与えられてはしゃぎ回るハスキー犬を彷彿とさせる。
「それより、コアって何?」
指を差すパロッツの先を追うと、確かに鈍く光る紫色の結晶が綺麗に割れているのが見えた。さっきの手応えの変化はこれが原因だったのか。
「あれ、まだ教えられていなかったんスね!コアっていうのは、魔物の心臓みたいなもので、これが割れたらどんな魔物でも確実に死ぬっス!」
「へぇ!じゃあ偶然うまい具合にいったんだな」
「まぁ、このコアには色々と使い道があるんで、可能なら壊さずに殺した方がいいんスけどね!」
逆だったみたいだ。は、初戦闘だししょうがないよね、うん。
「気に病む必要は無いですよ。ワイルドホーンのコアは砕いて使うこともありますし、割れてしまったらもう使えない、というわけでもありません」
「それなら、良かったです」
すかさずフォローを入れてくれるレイドリスさん。本当にできる男だな。
「それにしても、いつもより遭遇頻度が高いね」
「いつもはこんなに多くないのですか?」
「そうだね、1回の任務で4,5頭の魔物に遭遇して、その内危険度の高い方を2,3頭間引くことが殆どかな」
なるほど。それを聞くと到着から数分で既に2頭の魔物に遭遇し、討伐してしまっている現状は少し異常かもしれない。
「今回の遠征は何が起こるか分からない。皆、気を引き締めていこう。」
彼の一言で、場の空気が締まる。
「とは言っても、安心してくれていいよ。何せこの私がついているからね。これからは誰一人として傷つけさせやしない」
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その後も5頭の魔物と遭遇し、内3頭を討伐したが、レイドリスさんと魔術師団長が瞬殺してしまったために俺を含む残りの6人は一切手を出せなかった。
結果として、彼の宣言通り、かすり傷すら負う者は出なかった。
こうして、俺の初陣は割合あっさりと終わりを迎えた。それでも、得られたことは山ほどある。やっぱり、実践は訓練とは全く違うんだな。次はもっと上手く立ち回って見せるぞ。
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