第17話 圧倒的成長 後編
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目の前の勇者は、ノイントとウォードに向かって至極冷静に、淡々と問いかける。
「私も幼少期は長時間の訓練に耐え切れなかったし、その翌日は必ず体調を崩し休んだものだ。君たちは、そんな私にも同じことを言えるのかな?」
「めめ」
「滅相もありません!」
慌てふためく2人を見て、ストンと溜飲が下がった。未だに全容が掴めないレイドリス殿下にはスタンスを決めかねているが、今回ばかりは素直に感謝したい。
「私がロイドと遊んでいる間に、まどろっこしい事が起こっていたようですな!レイドリス殿下!騎士団長としてこのような失態をお見せしてしまったことを、心から謝罪いたす!!」
「うおっ」
「と、トール騎士団長殿!いつの間に来ていたっスか?」
「今だ!当たり前だろう!!」
全然当たり前じゃない。この人も当然のように俺の感知をすり抜けてきた。レイドリス殿下が来て少し気が緩んでいたとはいえ、それでも十分に化け物だ。こんな人に後ひと月半で勝てるイメージなんて微塵も湧かない。
「しかし、私はこういった面倒ごとは全て実力でねじ伏せるべきだと考えている!従ってコバヤシ殿!ノイントとウォードと試合をするといい!それで綺麗さっぱり解決する!!」
何が”従って”なんだ!?どんな脳筋思考してるんだよ!そんなこと急に言われても心の準備ってものが……
「それはいい考えだトール!是非そうすべきだ!文句はないね?ノイント、ウォード」
「は、はい」
「騎士団長殿とレイドリス殿下がそう仰るのであれば」
何故かレイドリスさんの方もノリノリだし……いや、でも待てよ、そうか、これでいいのか。
さっきは頭に血が昇ってつい短絡的な思考をしてしまったが、そもそも転生保険の契約内容的に俺の方からこの嫌味な2人に喧嘩をふっかけることは実質不可能だ。
だが、”双方の合意の上で行われる試合”となれば話は変わってくる。……これは、受けて立つべきだな。
「急な話ではありますがコバヤシ殿、よろしいですか?」
少しだけ申し訳なさそうな顔で問うレイドリスさんに、今しがた終えた脳内会議の結論を伝える。
「はい、構いません」
「コバヤシ殿、そんなあっさりと引き受けちゃって大丈夫なんスか?」
「大丈夫だよ。多分ね」
俺があまりに堂々と答えたことがムカついたのだろう。2人のこめかみがピクついているのが見える。
決してこの2人をナメているわけではない。客観的に自分の実力を見て、1対1ならコイツらに負けることは無いと判断しただけだ。
「いい返事だコバヤシ殿!では、3人ともあの円の中に入ってくれたまえ!!」
「え?」
「「は?」」
ノイントとウォードとリアクションが被ってしまった……いやそんなことより!“3人とも”って言わなかったか?
「どうかしたか?コバヤシ殿」
「1対1ではないのですか?」
「ん?最初に言ったではないか、『ノイントとウォードと試合をするといい!』と」
何を当たり前のことを……みたいな感じで返事をされてしまった。普通そうは考えないだろ!2対1なら話が変わってくるわ!!
「トール騎士団長殿の命令だ、さっさと始めなければな、ノイント」
「その通りだな、ウォード」
焦る俺とは対照的に、状況を理解した2人は余裕を取り戻して腹が立つ笑みを浮かべながら円に入っていく。
クソ……だが、受けると言ったからにはもう引き下がれない。悪足搔きというわけではないが、最後に1つだけ確認させてもらおう。
「トールさん、試合を始める前に、1つだけ訊いておきたいことがあるのですが……」
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試合を行う円は、大勢の騎士に囲まれていた。それもそうだろう。騎士団の中でも中堅ぐらいの実力を持つとされている3等級騎士2人と、まだこの世界に召喚されて1ヵ月半しか経っていない男が試合をするのだから。
遅れて円に入ってきた俺を見て、2人は実に楽しげに声をかけてくる。
「トール騎士団長殿と何か話していたようですが、治癒魔法の予約ですかな?」
「それとも、降参の有無の確認ですかな?」
「いえ、そのどちらでもありませんよ」
静かに、なるべく飄々と応える。そうすれば……
「チッ」
「余裕をかましていられるのも今のうちだぞ」
器の小さいコイツらはすぐに沸騰してくれる。
円の側に立つトールさんは、俺らの会話が終わったのを見て、声を発する。
「これより!ノイントとウォード、そしてコバヤシ殿による変則試合を行う!!勝利条件は最後まで剣を握っていること!戦場において剣を落とすことは死を意味する!当然のことだ!3人とも、準備はいいな!」
「はい」
「えぇ」
「勿論ですとも」
円の中では、正三角形を描くような配置で3人が木剣を構えている。トールさんの言い方では1対1対1にも聞こえるこの試合は、勿論そうならないだろう。だが、問題は無い。
「よろしい!……では、始め!!」
俺の態度でいとも簡単に冷静さを欠いてくれた2人は、真っ直ぐにこちらに向かってくれている。腕と脚に力を込め、先ずは視界右側にいるノイントに狙いを定める。
「なっ!」
想像以上の速度で距離を詰められたノイントは、驚きで一瞬硬直してしまう。その致命的な隙を見逃すわけがない。コンパクトに、鋭く右手首を叩く。
「ぐぉ!?」
完全に油断していたのか、あっさりと木剣を地に落としたノイントには目もくれず、反対サイドのウォードに3歩で詰め寄り、左手首を同様に打ち据える。
「っ!!」
相方が瞬殺されたことで数舜とは言え思考停止に陥っていたウォードがまともに剣を握れている筈もなく、たったの一撃でその手から木剣を手放してしまう。
それにより、この円の中で現在剣を握れている人間はただ一人となった。故に……
「そこまで!勝者、コバヤシ殿!!」
「「「……うぉぉお!!!」」」
「見たか今の動きを!」
「あのスピードはなんだ!」
「お、俺の金が……!」
「まさか一瞬で勝負が決してしまうとは!」
湧き上がる騎士達と、呆然とする2人組。実に爽快な気分だ。明らかに賭け事をしていた奴がいたようだが、ざまぁみろだ。俺に賭けるべきだったな。
「一体、何をしたのだ」
「あの速度、何もしていないとは言わせんぞ」
2対1で喧嘩をふっかけてあっさりと負けてしまった、という事態が徐々に飲み込めてきたのか、声を押し殺すようにして2人が問いかけてきた。
「ストレングスを使っただけですよ。トールさんに確認したら魔法を使っても良いと仰っていたので」
そう、俺が頼みの綱として確認していたのは、試合中における魔法の有無だ。トールさんは「当然構わん!使えるモノを全て使って己の実力を確かめるのが試合というものだ!!」とか言っていたので、遠慮なく身体強化魔法である”ストレングス”を使わせてもらった。
身体強化なんて、前の世界で散々漫画を読んでいた人間なら造作もなくイメージできる。イメージできると言うことは、魔法が使えるということだ。
「何!?」
「……まだ召喚からたったの1カ月だぞ?それも、お前はその半分程度しかまともに訓練が出来ていない筈だ!」
剣術だけなら30年分の実力だ。2対1なら勝敗は変わっていたかもしれない。だが、魔法も使えるのであれば、合計して半世紀以上の修練を積んだことになる俺に負ける道理はない。
「そうだ!コバヤシ殿はその短い期間で彼なりに努力をし、そしてこれだけの実力を手に入れたのだ!!既に理解していると思うが、この試合における貴様らの敗因はただ1つ!彼を侮っていたことだ!!」
「君たちの中には、コバヤシ殿のことを少し勘違いしている者がいるようだが、彼は決して手を抜いてなどいない。そのことが、今の試合でハッキリと伝わったと思う」
惜しげもない称賛の言葉をくれるトールさんに次いで、レイドリスさんもこれ以上ないフォローを述べてくれた。
これらの言葉が効いたのだろう。この日を境に、ノイントとウォードから絡まれることは無くなり、俺のちょっとした悪評も耳にすることは無くなった。
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