第10話 筋肉痛
いつも読んで下さってありがとうございます!
「もう慣れたもんだな、ここに来るのも」
なにせ三度目の”市役所”だ。もしかして、毎晩あの詐欺女神とお話しすることになるのか?それだけは勘弁してもらいたい。胃に穴が空きそうだ。
『童貞の小林さ~ん!胃に穴を空けられる前に1番カウンターまでお越し下さ~い』
「これだけ離れていても思考が読めるのか…勉強になったな」
というか、最初からあの席に座った状態で始めればいいのに。まぁいきなり目の前にあの神がいるのは心臓に悪いか。
などと考えながら、俺はもうお馴染みとなった椅子に腰を下ろした。
「それで、今日はどんなご用なんですか?」
「小林様は、今日随分と頑張られたようですね?」
「へ?」
褒められた?いや、そんなはずがない。あの詐欺女神だぞ?人を褒めることなんてあるのか?
「オーガス王城の詳細な構造を記憶。基礎体力訓練を楽々とこなし、剣術訓練で新米と言えど騎士との試合に勝ち、おまけに休んでもいいと言われていたのに自主訓練にまで精を出していましたね」
「えぇ、まぁ」
何故だろう。褒められているはずなのに少し寒気がするのは。
「小林様?私が先日何と言ったか覚えていますか?」
「先日?……あ」
「あ、じゃねんだよ…頭に何味噌が詰まってるんですか?」
「すみません…」
「私はこの口で確かに『訓練は程々に抑えるように』と言いましたよね?」
「で、ですがそれは女神様にとっても良いことではないのですか?」
第一、あの助言は俺が無理をして心身を壊さないようにという話だったはずだ。
「筋肉痛」
「はい?」
「今日、寝る前に自分の身体を見ましたよね」
「あ、はい」
「どう思いましたか?」
「…もしかして」
おいおい、それは最初に言っておくべきだろう…!
「それを言えばチキンな小林様が訓練を抑え過ぎてしまう可能性があったんですよ…だから心配しているフリをしてまで忠告してあげたのに…」
「それは、否定できませんけど…」
「まぁ、こちら側にも説明不足な点があったことは認めます。なので、改めて説明しますね」
おかしいと思ったんだよなぁ…しかし、言われてみれば走れば走る程体が軽く感じるなんて異常事態をよく看過したな俺は。アホすぎる。
「常軌を逸した速度で成長する小林様の日常生活に支障をきたさないため、筋肉痛を始めとするあらゆる成長に関する”反動”は深夜12時にまとめて訪れます。日中に小林様が筋肉痛に襲われなかったのはそのためです」
「それはつまり、これから今日一日分の筋肉痛が俺に襲いかかってくるってことですか…?」
「はい。正確には、6時間の訓練ですので、250日分の筋トレで発生するであろう筋肉痛を一度に味わうことになります」
それって、誇張無しに死んでしまうのでは?
「加えて、広大なオーガス王城の構造を短時間で詳細に記憶したことにより生じた脳への負荷がありますので、多少の頭痛もあるでしょうね」
「聞きたくなかった」
「安心して下さい。痛みでは死なないようになっています。そんな間抜けな原因で世界を救うという重大な責務を背負った人材を失うわけにはいきませんから。ただ、耐え難い苦痛によって気絶と発狂を繰り返すだけですよ」
「笑顔で悪魔みたいなこと言うんですね」
「失礼な!私は女神ですよ!あんな低俗で下劣な存在と一緒にしないで下さい!!」
あぁ、目を覚ましたくない…
「因みに、現在は午後11時58分です」
「あと2分しかないじゃないですか!」
「そうですね、2分後に小林様は激痛により強制的に覚醒します。発狂と気絶を繰り返す小林様が共鳴のベルで助けを呼べるようになるまで、大体6時間はかかるでしょうね」
「6時間…」
もうそんなの拷問じゃないか…後悔先に立たずとはまさにこのことか…
「最後に言っておくと、小林様は今日かなり張り切っていらっしゃったため、日常生活を辛うじて行えるようになるまでに1日、訓練に復帰できるようになるまでに3日はかかると思いますよ!」
「3日間も続くんですか!?」
「大丈夫です!本当にキツいのは先程言った最初の6時間だけですから!小林様の寿命が縮まない程度に最大限自然治癒力を上げているので、これでも十分短くなっている方なんですよ!」
「全然大丈夫じゃな」
「ほら、午前12時ですよ、小林さ…」
徐々にぼやけていく詐欺女神のやけにニヤけた顔が、これ以上なくムカついた。やっぱコイツ悪魔だわ。
「っづあぁあぁああああ“!!!!」
体が引き裂かれていると錯覚してしまうほどの強烈な痛みが全身を襲う。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!死ぬ!これは死
──────
「ぐ、うぅゔうう…!!」
気絶していたのか、一体何分経ったんだ?さっきよりもほんの少しだけマシになっているような気がしなくもないが、痛みが上限を遥かに超えているせいで俺の分解能ではマシになったのかどうかすら判断できない。頼む、誰か助け
──────
「お“ぇ……」
また、気絶してしまっていたらしい。真っ白で綺麗なシーツが、俺の吐しゃ物で汚れてしまった。あぁ、申し訳ない…
だけど、今回は許してほしい。
今は明らかに痛みがマシになっているのが分かる。幸運にも数時間程気を失っていたのかもしれない。今なら共鳴のベルを取れるかもしれないと思い、手を動かした瞬間だった。
「あ“っ」
右腕から脳へと突き抜けてきた激痛により、俺は再び失神した。
──────
「……朝だ」
あの止めの激痛がある意味いい仕事をしてくれたらしい。正確な時刻は分からないが、痛みはかなり和らいでいる。
「メイドさんが来ていないってことは、朝8時ではないんだろうな」
何とか頭がまともに働いてはいるものの、1人で動ける気は一切しないし、今も体中が滅茶苦茶に痛い。
ただ数時間前の痛みと比べると軽減されているというだけだ。
「あと30分経ってもメイドさんが来なかったら、共鳴のベルを鳴らそう」
ベッドのすぐ側にベルを配置してくれていることが心底有難い。そうでなければベルを取ることは諦めるしかなかった。
ほんの少しずつ薄れていく激痛の中、(群発頭痛って、こんな感じなのかな…)とか、(尿路結石とコレ、どっちがキツいんだろう…)なんてことを考え続けて時間をやり過ごし、体感で30分経った辺りでメイドさんが来ないことを確認し、俺はベルを鳴らした。
高級そうなシーツが吐しゃ物で汚されてるわ1人で動くことすら出来ないわで相当迷惑をかけてしまうが、そこは世界を救うので許して頂きたい。
今回の件で1つ学んだことは、何事も程々に、だ。訓練をサボることは契約内容の第1項『甲は召喚前の契約説明で乙から与えられた依頼を果たす責任があることを認め、依頼の完遂に向け尽力する。』に恐らく抵触してしまう。
であれば、苦痛を最低限にするには訓練を程々に抑えるしかない。
よし、今後の目標は頑張らない程度に頑張る、に決定だな。
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