第104話 答え合わせ
いつも読んで下さり有難うございます!
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災厄が始まってから数時間が経過した。奇跡的に建物の被害こそ出ていないものの、夥しい数の魔物の死骸で、地面が見えなくなりつつある。
辺りには血の臭いが漂い、後処理の事を考えるだけで憂鬱だ。
「一体いつまで続くんだ……」
魔力から察するに、セリンさんもリリさんもまだまだ余裕がある。
意識を集中させれば、辛うじてネルー湖にいるニャラさんと金剛の魔力も感じられる。金剛はまだスキルを使うような事態には陥ってないらしい。取り敢えずは順調だ。
ここからだと分からないが、パロッツとレイドリスさんもきっと大丈夫だろう。この程度の魔物であれば、レイドリスさんが後れを取ることなんて有り得ない。
「……集落は、別の場所に作り直す羽目になるかもな」
こいつらの死骸を処理するより、新しい場所に家を建てる方が楽な気がする。
「何にせよ、魔物を殲滅させないと」
水魔法で剣に付着した血糊を落とし、纏魔をかけ直す。体術と剣術を習っておいて良かった。今のところ、最低限の労力で魔物を処理できている。
「ピピさんとパロッツ、レイドリスさんにはお礼を言わなきゃだな」
気を引き締め直し、虚空から現れ続ける魔物に向かって走り出した。
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最初の魔物が現れてから、6時間は経った頃だった。
「魔物の出現が、止まった?」
最大範囲で魔力感知を行う。
ネルー湖に、大きな反応が1つ。
「セリンさん!リリさん!ネルー湖に向かいます!ヤツが来ました!!」
「残りは任せろ!コバヤシは先に行け!」
「はい!」
ストレングスを最大火力で発動し、飛ぶように駆ける。
「よりによって金剛とピピさんのところに……!」
ぬかるんだ地面が煩わしい。思ったように速度が出せない。
ヤツの魔力が現れてたった2分で、金剛の魔力が一気に縮む。
「ヤバいヤバいヤバい!」
スキルを使ったんだ。もっと言えば、既にスキルを使わないといけない状況なんだ。あと10秒もあれば攻撃範囲内に入る。それまでは──
「嘘、だろ……?」
何も考えないようにして土魔法を発動し、魔力で最高硬度に達した槍上の岩を、最悪の魔人に向かって投擲する。
避けられる。それはいい。だけど──
「金剛!ピピさん!!」
到着した時、地面には、金剛とピピさんが転がっていた。
「遅かったな。いや、羽虫にしては早かったのか?」
冷静になれ冷静になれ冷静になれ。
「貴様があと数秒遅れていれば、2人とも殺れたんだがな」
血だまりに沈むピピさんと、自分の死に際が重なる。呼吸が荒くなる。息が、苦しい。
「どうした?もう疲れたのか?だから守れぬのだ」
「……黙れよ」
「ハッ、我が黙っても、この老婆は生き返らぬぞ?」
コイツ──
「小林ちゃん……挑発に乗っちゃダメ……魔力を抑えて……!」
「金剛!」
「……随分と丈夫な羽虫だ」
魔人が──アベリガレストが金剛を蹴り飛ばす。いとも簡単に吹き飛んだ金剛は、俺のすぐ横の木に背中を打ちつける。
……落ち着け。金剛は今、ストレングスで上手く蹴りを受け止めていた。ヤツも本気の蹴りじゃなかった。加減して、徹底的に俺達を痛めつけるつもりなんだ。
そこに勝機はある。金剛は「魔力を抑えて」と言った。スキルを発動する準備をしろと言ったんだ。2分間、なんとかして時間を稼がないと、俺達は死ぬ。
「少し、訊きたいことがある。この通り、今の俺に敵意は無い」
「羽虫の敵意の有無を、我が意に介すると思うのか?」
「剛壁!」
片膝を突く金剛の腕に、アベリガレストの蹴りが吸い込まれる。すべての衝撃を受け止めた金剛は微動だにせず、あくまでも余裕の表情を見せる。
「チッ……また妙な技を!」
「あら、妙な技じゃないわよ?スキルよ、ス、キ、ル。知らないの?」
魔人は一瞬だけ硬直して、嘲笑した。
「これは傑作だ!羽虫がスキルを貰った程度で調子に乗っていたのか!無知とはこうも滑稽なのか!」
「……どういう意味よ」
「何も知らずに我らに抗い続ける羽虫よ、貴様らが命を賭して戦う相手は、誰が生み出したか知っているのか?」
──まさか、このタイミングで答え合わせをすることになるとはな。
「女神ファリス、だろ?」
「……何?」
「女神ファリスが、お前も、どころか祖なる者をも生み出した張本人だと言っている」
アベリガレストの目が鋭くなる。金剛が驚いている様子は無い。やっぱり、薄々気付いてたんだろうな。
何が『突然変異で産まれた原初の魔人』だよ。大嘘吐きやがって。
「それだけじゃない。魔物だって、ファリスが生み出している。だってそうだろ?魔物のサイズに関わらず同じ大きさの魔石。加えて、魔物も魔人も、魔石を砕けば必ず死ぬ。そんな分かり易い弱点、もしお前らが魔物を生み出しているのだとすれば、見過ごすとは思えない」
「……ほぉ、愚鈍なだけではないようだな」
「国家間に交流が無いのも、大きなヒントだったんだ」
最初にベリューズに訊いた時、他国の情報は多少持っていたが、交流自体はほぼ皆無だと答えていた。戦争だって起こっていない様子だった。
裏を返せば、交流をせずとも、他の領地を支配せずとも、自国だけで生活を成立させられるという意味だ。
もっと言えば、その程度の人口規模になるよう、“調整”されていたんだ。
どうやって?簡単だ。人間だけを襲う存在を生み出せばいい。
誰が?決まっている。無から有を生み出せるのは、この世界の神だけだ。
勿論、祖なる者が生み出した魔物や魔人も存在するだろう。だけど、そのデフォルト設定を決めたのは、ファリスだ。
「真実に辿り着いた程度で、何を勝ち誇っている。我も貴様も、とんだ茶番に付き合わされているのだぞ?腹立たしくないのか?」
「腹が立つに決まっているだろ」
でも、アイツは言っていた。「未来が予測できるのなら、こんなマネをする必要が出るまで世界を放置していませんよ」と。「上位女神からの私の評価が下がってしまう」とも。多分、スキルが進化することだって知らなかったんだろう。
詰まる所、アイツは神様として未熟なんだ。俺達の前でどんなに余裕ぶっていても、自分の目の届く範囲だけで、過去の失態を取り戻すだけで、精一杯なんだ。
そりゃあ死ぬほどムカつくし、尻拭いを押し付けるなと思う。
──だけど、神様ですらあんなもんなんだって分かって、どこか救われる気もしたんだ。
「あぁ、人間の俺が上手くいかなかったのなんて、当り前なんだ」って。
「余裕の笑みか?──不愉快だな」
「剛壁!」
圧倒的な魔力の奔流が、金剛に吸い寄せられる。
3回目のスキル発動だ。魔力が完全に枯渇した金剛は、倒れるように気絶する。
「調子に乗るなよ羽虫が!」
──有難う。後は任せてくれ。
激昂して金剛に迫るアベリガレストは、突如として膨れ上がった俺の魔力に気付き、瞬時にこちらを向く。
「30秒以内に終わらせてやる」
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