第9話 剣術指南
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合図と同時に動き出すものかと思っていたが、2人とも微動だにしない。パロッツは既に額に汗を浮かべている。一方で、トールさんは、無だ。能面のように表情が無い。傍から見ても寒気がするよな、一種の気迫を感じる。先程までの熱血な彼と同一人物とは思えない。
「どうした、このまま睨み合いを続ける気か?」
「……行きます!!」
「自分から攻めるタイミングを宣言する馬鹿がどこにいる…」
掛け声とともに綺麗な袈裟斬りを見せるパロッツ。しかし、身体を半身逸らすだけでパロッツの一太刀を躱す。さぁパロッツ、次はどう動く。
「ぐっ、うぅ…」
「な…!」
木剣を落とし、右手首を抑えるパロッツ。
…まさか、躱しながら手首を打ち据えていたのか?だがどのタイミングで?皆目見当がつかない。
「お前はいつも剣を振り被り過ぎる。そんな大振りが当たるのは既に死に体の者か、余程の鈍間だけだ。もっとコンパクトな動きを心掛けよ」
「あ、ありがとうございます!」
「フェルチ!入れ」
「はっ!」
手首を抑えながら退場するパロッツと入れ替わりで円に入ったのは、パロッツよりは戦闘経験のありそうな中年の騎士だ。
彫りの深い西洋風の顔つきだが、黒髪の七三分けという髪型のせいでいかにも真面目っぽく見えてしまう。いかんいかん、人を見た目で判断してはいけないよな。
「相変わらず、教科書のように模範的な構えだな」
「はっ!有難うございます!」
今回に限っては問題なかったようだ。
だけど確かに、パロッツと比較すると少し脇が締まっており、剣先の高さも低めな気がする。トールさんの構えにかなり近い。
「始め!」
掛け声と同時に、今度はトールさんの方が先に動いた。1,2,3歩と距離を詰めた後、上段に構えていた剣を素早く振り下ろす。パロッツにしていたアドバイス通り、攻撃がコンパクトだ。
「ふっ!」
その攻撃を横に倒した剣で軽やかに受け流すフェルチさん。実に冷静な動きだ。
「やはり第6部隊の3等級騎士ともなると守りが上手いな」
「有難きお言葉!」
「だが、そこから反撃に転じられないのはいただけないな」
「ぬおっ!」
受け流された勢いのまま回転斬りを放つトールさんに対し、フェルチさんも何とか受け流したままの体勢で手首のみを動かし受けるものの、受けきれず姿勢が崩れてしまう。
「まだまだだな」
がら空きになった左わきに返す刀で激しい胴を打ち込む。
「ま、参りました…」
「確かに第6~8部隊は国の防衛を主な目的とした部隊だが、守っているだけでは永遠に勝利は訪れないと知れ」
「承知いたしました…!」
「次で最後だ、ロイド、入れ。審判はフェルチが変われ」
「御意」
「おぉ、ロイド隊長とトール騎士団長の試合が見られるぞ!」
「いや、俺たちに見えるのか?」
「そりゃあお前、心の目で見るんだよ」
あのロイドって人、隊長なんだ。道理で迫力が違うワケだ。
「準備はいいか?」
「ご命令とあらば今すぐにでも」
「いい返事だ」
「……始め!」
そこからの戦いは、分からなかった。何も見えなかったからだ。トールさんとロイドさんが同時に動いたところまでは辛うじて見えた。だがその後は、破裂音にも似た木剣同士の衝突音のみが耳朶を打ち、目には残像しか映らなかった。
「腕を上げたな。ロイド」
「…ご冗談を」
汗の1滴も流していないトールさんと、大粒の汗を滝のように流すロイドさん。試合内容は見えなかったが、どちらが勝ったかは明白なようだ。
「さて…コバヤシ殿!入ってくれるかな!!」
「え!?」
こ、殺す気か??
「ハッハッハ!安心したまえ、コバヤシ殿の相手は私ではない、パロッツだ」
「じ、自分でありますか!?」
「そうだ、相手をしてやれ!」
「は、はい!」
そりゃあトールさんが相手するよりはマシだろうけど、パロッツも新米なりに経験を積んだ騎士だ。どうやっても勝てる気がしない。
「トール騎士団長は何をお考えなのだろうか?」
「コバヤシ殿は武の心得が全くないと聞いたが…」
口々に疑問を呈する騎士達。いやまったくその通りだ。俺が一番聞きたい。
だが言われた以上は命令に従わざるを得ない。トールさんは召喚主ではないから、その気になれば命令には背けるだろうが、それで変な空気になると後々面倒くさそうだ。
渋々円に入る俺と、申し訳なさそうな顔でこちらを見るパロッツ。いいんだ、パロッツ。君は何も悪くない。
「両者、構え!」
言われるがままに木剣を構えた瞬間、トールさんがニヤけた気がした。それを確かめる間もなく、合図が出される。
「始め!」
ええいこうなればヤケクソだ。俺みたいな素人に出来るのはレバガチャでラッキーパンチを狙うことだけ。守りに徹した時点で詰む。
「ふんっ!!」
「甘いですよコバヤシ殿!」
先程のフェルチさんと同じ様に俺の無茶苦茶な上段斬りを受け流すパロッツ。
お、この流れさっき見たな。
「えぇっ!?」
流されるままくるりと時計回りし、強かに打ち据えられ負傷したばかりの右手首に剣を打ち込む。すまん、パロッツ!
「いっづ!」
思わず木剣を落とすパロッツ。玄人だろうが素人だろうが、成人男性の力で振るわれた木刀が手首に当たったらそりゃ落とすよな。後で謝ろう。
「そこまで!!」
ふぅ…何とか乗り切った…恥をかかずに済んで良かった。そう思い、ふと周りを見渡すと、自分に視線が集まっていることに気が付いた。
水滴が落ちる音すら耳に届きそうな静寂の中、大勢の騎士達の視線を一身に浴びるこの状況…もしかして、やってしまったのか?
「うぉおお!」
「コバヤシ殿が勝ったぞ!」
「見たかあの動き!」
「あれはトール騎士団長の動きだ!」
「馬鹿言え、鋭さが雲泥の差だ」
「んなこた分かってんだよ馬ァ鹿。素人にあんな動きが出来たことに皆ビビってんだろうが」
大盛り上がりだ。本当に良かった。中学の時に文化祭で漫才をしてどスベリした時の静けさを思い出させやがって…心臓に悪いんだよ…
「見事だ!コバヤシ殿!!」
「い、いえ、偶然ですよ」
「何言ってるんスか!偶然でも何でも勝った方が凄いんスよ!」
「その通り。たとえ時の運であろうと、あれがもし真剣であれば落ちていたのは剣ではなくパロッツの右手だ」
「そう言われるとゾッとするっスね…」
「時間をかけた育成計画を考えていたが、これは計画を大幅に修正しないといけないようだな!実に素晴らしい!!」
「凄いっスよコバヤシ殿!」
「訓練はまだ続くが、コバヤシ殿は見学しておくといい!いきなり試合をさせられて精神的に疲れたであろう」
「あ、有難うございます」
「パロッツ!素人に負けたお前はこの私が直々にしごいてやる!」
「そ、それは勘弁してほしいっス…」
それから訓練は2時間程続き、夕陽が沈む頃に終わった。その間、俺は見よう見まねで素振りやらなんやらに精を出していた。
恥ずかしい話、パロッツに勝てたのが地味に嬉しくて年甲斐もなく張り切ってしまったのだ。
騎士団長殿にしごかれ、ボロ切れと化したパロッツに別れを告げて部屋に戻った後、汚れた衣服を着替えている時に俺は自分の身体の変化に気付いた。
「何か、ほんの少しごつくなってない?」
薄っすらと6つに割れた腹筋に、それなりに逞しい上腕二頭筋。そして小枝のようだと言われ続けていた脚も少し頼り甲斐があるものになっている気がする。
「いや、流石に気のせいか」
恐らく、1,000倍ボーナスという先入観のせいでそんな気がしているだけだろう。人間の体が半日でそこまで変化するわけがない。
それよりも、久々に体を動かしたせいでもうくたくただ。今すぐにでも寝たい。
着替えた衣服を畳んだ後、俺は疲れからか夕飯も食べずに深い眠りに落ちてしまった。
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