プロローグ
二作目です。つい頭に浮かんだので書き始めてしましました。
何卒宜しくお願い致します。
2日に1話程度のペースで更新する予定です。
「あ~暇だ」
誰に向けて言ったわけでもない。ただの独り言。6畳1間、築17年で月3万の安アパートに1人寂しく暮らす男の、虚しい独り言。
「てか暑いな、まだ6月だろ」
呟きながら扇風機のスイッチを入れて、ハッとする。
「……仕事を休職して、2ヵ月経つのか」
最初の1ヶ月は、辛くても一生懸命に働いている同期に対する罪悪感で毎日毎日胸が苦しかった。だが2ヶ月も経てば、あれ程強かった罪悪感も少しずつ薄まり、惰眠を貪れる現状に幸福を感じ始めている自分がいた。
一方で、1人の時間が増えたために、ネガティブな思考に陥る時間が増えた。今の生活はどうしようもなく退屈で、やることも、やりたいことも無いから。そのせいなのか、徐々に独り言も増えてきた。
「ほんと、どこで間違えたんだろうなぁ……」
元気いっぱいの小学校時代を過ごし、中高一貫の私立に進学。負けず嫌いな性格がたまたまプラスに働き、国内でも有数の国立大学にストレートで合格。
入学後も危なげなく卒業し、周りに流されるままに就活にいそしみ、まぁまぁ名の知れた企業に就職。
「ここまでだよな。順調に人生が進んだのは」
……社会人になってたったの1年、正確には10ヶ月で心が完全に折れてしまった。絶望的なまでに社会に適合できなかったのだ。
これが巷でよく聞くブラック企業ならまだ同情も引けるだろう。だが、勤め先は普通にホワイトだ。残業だってそこまで多くない。先輩も優しい。まぁ上司は少し怖いが、理不尽に怒鳴ってきたり、パワハラをしてくるわけじゃない。
なのに、心がぽっきりと折れてしまった。こんな仕事が本当にやりたかったことなのか?ただ苦しいだけの人生に、一体何の意味があるんだ?そう思ってしまった瞬間から、全てが嫌になった。
我ながらクソだと思う。誰が擁護しても、そんなのただの甘えだという結論にしか至らないだろう。
だから、立ち上がるのだと己を幾度となく叱咤した。それでも、心を奮い立たせることは叶わなかった。
周囲の人間が自分を嫌っているとしか思えなくなり、仕事や将来について考えるだけで動悸がして、ベッドから起き上がれなくなった。全く悲しくないのに涙が止まらなくなる日もあった。
そんな俺を見かねた周りの人達に言われるがまま医者に診てもらったら、あっさり鬱だと診断された。ただ働きたくないだけなのに。
貰った診断書を会社に提出したら、即座に休職の許可を出してくれた。騙している気がして、胸が痛かった。実際、ただサボりたくて嘘を吐いていると糾弾されても、反論できない。
最早日課と言っていいほど繰り返された思考を、何かが玄関ポストに投函される音が遮った。
「注文してた荷物が届いたかな……ん?」
玄関には、よく利用するチェーン店のピザのメニューと水道工事のお知らせ、そしてもう一枚。真っ白な封筒が落ちていて、表面には見覚えのない文字列が並んでいた。
「転生保険?なんだそりゃ?」
玄関から戻り、封を破る。十中八九イタズラだろうが、退屈しのぎになると思ったからだ。封筒の中には1枚の紙と、コンビニで支払える見慣れた代行収納の用紙が入っていた。
「なになに……?」
『小林 空 様
─────
予期せぬ事故、不幸な病、そして自殺。本保険は、残念ながら今世をまっとう出来なかった場合に備えたい方にオススメとなっている保険です。
この保険に加入して頂いた方には、ご本人の死因が如何なるものであろうと、責任を持って素晴らしい死後の世界を保証いたします。
また、当保険は月額制ではなく、一度限りの支払いで一生涯有効となります。同封のお支払い用紙をお近くのコンビニに持参し、お支払いが完了した時点から有効となります。
───────────────
』
「ぷっ、ギャグかよ。しかもブラックジョークじゃん」
死後に備えた保険って、バカにし過ぎだろ。支払用紙のクオリティは大したものだが、他はてんで話にならない。会社名はおろか、電話番号も記載が無い。騙す気があるのかってレベルでお粗末だ。
記載されている名前が合っているのだけは少し不気味だが、まぁ小林空なんてどこにでもいそうだからな、数撃ちゃ当たる的な作戦だろう。
「……SNSにアップしよっかな」
今しがた破いた封筒と、保険内容が書いてある紙、そして支払用紙の写真を撮る。
「写真だけじゃちょっと味気ないか?……そうだ」
『ポストに変な物が入っていたので、1万いいねで支払います。僕は本気です。』
「こんなもんかな。さて、昼寝でもするか」
どうせ1万いいねなんか来ないだろうけど、運が良ければ話題になるだろ。
──────
完全に寝過ぎた……。もう夕方じゃん。3,4時間は寝たんだじゃないか?
時間を確認するためにスマホの電源を入れた瞬間、目を疑う。
「うわっ!凄ぇ通知量!」
初めて見る量だ。しかもどんどん増えている。もしかして……。
「嘘だろ……。余裕で超えてんじゃん……」
まだ投稿から3時間だぞ?それにまだまだ伸びている。リプライ数も凄い半端じゃない。
『いいなぁw 傑作じゃんww』
『その保障内容で980円は安すぎ笑』
『作り物だとは思うけど、よくできてるな』
『それ、アタシにも届いてたわ!』
『ほら、1万いいね超えてんぞ。証拠動画撮れよ。逃げんなよ。』
『証拠動画はよ』
「分かったよ。ちゃんとやってやるよ、暇だからな」
デニムに半袖の白Tシャツ、サンダルを履いて家から少し離れたコンビニに向かう。家に引きこもり出してから利用頻度が高くなった近所のコンビニでYouTuberみたいなマネをするのは、些かハードルが高い。
「いらっしゃいませー!」
元気の良い新人さんだな。俺にもコンビニバイトの経験があるけど、結構大変なんだよな。頑張って働いていて本当に偉いと思う。そんな彼女に比べて俺は…
いやいや、落ち込んでいる場合じゃない。せっかくここまで来たんだからさっさと目的を果たそう。
店内には、俺よりもやつれた男が1人。これなら動画を撮っても目立ったりしないだろう。レジに向かい、携帯を弄るフリをして録画を始める。
「あの、支払いお願いします」
「はい……。内容よろしければ画面のタッチお願いします!」
見たこともない支払い内容に眉を顰める店員さんだったが、レジに通してくれた。新人さんでまだ経験が浅いのが幸いしたな。
てか、本当に支払えたな。詐欺にしても980円じゃ相当数の人間が支払わないと金にならないだろうし、一体どんな目的があるのだろうか……。
「1,000円のお預かりですので、こちらレシートと20円のお返しに」
支払いが済んだ、まさにその時だった。
「てめぇら全員ぶっ殺してやる!!」
いつの間にか後ろにいた瘦せ型の男が、血走った目で絶叫した。
驚いてスマホを構えたまま反射的に振り返る。それがいけなかった。
「お前何撮ってんだ!……そうか、お前も馬鹿にしてんだろ!?あぁ!?そうなんだろ!?」
「いや、ちが」
「うるせぇ!死ね!!」
衝撃と、一瞬遅れで襲い来る痛み。あぁ……、小説とかでよく見た”焼けるような痛み”ってこういう感じなんだ。
「へへへ、人様を馬鹿にするからだ!ざまぁみろ!」
「ぐっ……」
乱暴に引き抜かれる包丁に腹の肉が引っ張られる感覚が物凄く気持ち悪い。白いTシャツが、冗談みたいなスピードで真っ赤に染まる。このTシャツ、お気に入りなのにな。
最早言葉になっていない獣じみた叫び声を上げながら走り去る男と、緊急事態に脳が追いついたのか、慌ててスマホを取り出して救急車を呼ぶ店員さん。
いいよいいよ、もうダメだろうし。寧ろごめんね?新人なのにトラウマ場面に立ち合わせちゃって。
ていうか、さっきから凄まじい異常事態の渦中にいるってのに、驚くくらい冷静だな。
人間、死を悟るとここまで落ち着くものなのか?いや、元から心のどこかで死を望んでいただけなのかもしれないな。
どうでもいいか。あぁ、奨学金、まだ返せてないや。母さん、ごめん。連帯保証人だからもしかしたらそっちに請求いくわ。負の遺産しか遺せなくって、本当に、ごめん。
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