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北白川・からくり御殿の殺人金庫 ~素人探偵・鴨川浮音、鋼の怪物に挑む~  作者: ウチダ勝晃


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怪物朽ちるがままに

「今回はすっかり世話になっちまったな。ま、遠慮なく食べてくれ」

 事件からしばらく経ち、牛村警部に呼び出された二人は、事件解決の礼として、京都駅前のひなびた飲み屋街にある、小さな串カツ屋でささやかな事件解決の祝杯をあげていた。

「あの志摩の黒真珠とダイヤ、ほとぼりが冷めたら国が買い上げて、七条の国立博物館に展示することになったそうだ。お前さんのおかげで、貴重な文化財が行方知れずにならずに済んだぜ」

 つき出しの切り干し大根をつまみながら、牛村警部はゴリラのような体躯に似合わぬ、優し気な微笑みを二人へ向ける。

「そりゃあよかった。おかげでひとつ、博物館へ遊びに行く理由も出来たし、万々歳や」

「まったく、出会ってこの方というもの、お前さんの目の鋭さには脱帽させられっぱなしだよ」

 牛村警部から二合瓶の菊正宗を猪口へさされると、浮音は牛カツ片手に酔いの回った口で、それほどでもあったり……と、謙遜しているのか得意げなのかわからない照れ笑いを返す。

「それにしても、あの写真は大手柄だったな。あれがなかったら、開けたときにつけられた、とか難癖をつけられていただろうよ。さすが、歴戦の勇者なだけはある」

「いやいや、あれは単なるおまけみたいなもんなんですわ。なあ? 佐原くん」

 浮音に指され、サイダー片手にシシトウの串揚げをつまんでいた有作が、口を押えながら反応する。

「指紋は決定打になりましたけど、本当の決定打になったのはあの金庫の仕掛けそのものだったんです」

「金庫の構造……? たしか、特殊なガスが動力の、半永久的に動く時計が入ってる、ってのは聞いてたが……」

 捜査資料の中身をそらんじる牛村警部に、その時計がミソだったんですわ、と浮音が捕捉する。

「本家のアトモスがそうなんやけど、あのタイプの時計は元来、時間の誤差が出やすいタイプなんですわ。おそらく、扉の内側に文字盤があるのは、その誤差を修正するためなんやろうけど、長いこと開けられていない金庫の心臓部が果たして正確なままなのか? 警部さん、あんたならどう思います?」

「――そりゃあ、時間も日付も、シッチャカメッチャカだろうなあ」

 空になった菊正宗の瓶を持ったままつぶやく牛村警部に、それが普通の判断やね、と浮音は笑みを浮かべる。

「せやから、僕も少なからず死を覚悟したんやけど、なぜか時計もカレンダーも普通に動いとった。半世紀近くほったらかしのシロモンがなんの異常もないなんて、定期的に誰かが調整をしてない限りありえへんからねえ」

「で、案の定あの周辺に豊丸の指紋があったわけか。結局、宿泊先で受け取った京都からの電話も、お手伝いがかけた薬を飲む時間を伝えるための電話だったわけだし……。まったく、オレたちはとんだからくり仕掛けに惑わされちまったわけだ」

 自分たちの失態を恥じ入り、牛村警部は煙草をくゆらす浮音に、迷宮入り手前だった事件解決の礼を重ねて述べるのだった。

「そういやァ警部さん、肝心の金庫はどないなるん? 殺人の証拠物件であると同時に、あれは貴重な工業遺産になると思うんやけどな……」

「――それがなあ、どこの博物館も気味悪がって、引き取る話がないそうだ。親族も処置に困っているそうだから、最悪、朽ちるに任せて蔵の中、だろうよ」

 三人の目の前で鍋の油が音を立ててはじける。どこかで寝ぼけた蝉がジッと鳴く、けだるい夏の晩のことであった。    

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