表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
北白川・からくり御殿の殺人金庫 ~素人探偵・鴨川浮音、鋼の怪物に挑む~  作者: ウチダ勝晃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

殺人金庫の由来

 明石家の土蔵には、太平洋戦争の直前に作られたという、冷蔵庫ほどの大きさの金庫がある。明石家の先々代当主が出資していたある精密機械の研究所で作られたこの金庫は、その筐体の堅牢さもさることながら、当時としては珍しい、四ケタ・三段階式の暗証番号を用いる、他者による解錠の困難な「東洋一の怪物金庫」と呼ばれた逸品であったが、残念ながらその構造の複雑さが災いし、試作品であるこの一台が出資元の明石伯爵家に献呈されたきりであった。

 時代は移り、先々代当主亡きあとをついだ先代当主・明石豊一郎がこの金庫を受け継いだのだが、あるとき先代が商用の旅行先で客死し、肝心の解錠方法が伝えられぬままに金庫だけが息子の豊丸・和丸兄弟の元へと残されてしまった。幸いなことに、遺産相続などに入用な登記簿・株式の類は懇意にしている銀行の大金庫に収められていたため、まだ幼い二人が生活をしてゆくのには事欠かなかったが、はたして何が入っているのかわからぬ金庫は、いくつになっても、変わらず二人に強烈な興味を抱かせていた。

 もっとも、二人が開けたくとも開けられなかったのにはもう一つの理由があった。というのも、彼らにとって叔父にあたる明石豊次郎という人物が、四十九日の法要が終わらぬうちに、額に貼った大きな絆創膏を抑えながら、

 ――あの金庫は、見知らぬものに襲い掛かる化け物だ。ゆめゆめ、軽はずみな好奇心から開けてはならないぞ。

 と、それこそ暗がりで狐狸妖怪の類にでも出くわしたかのような青い顔で、学生服姿の二人をきつく諭したためであったが、その豊次郎叔父も亡くなり、時代が流れるにつれて二人の髪がすっかり真っ白くなったころ、ふと、同居している弟の和丸が、兄の豊丸に、こんなことを漏らしたのである。

「もしかしたら、あの金庫には親父の内密にこさえた金か、それに準ずるなにがしかの在処を証明するものでも入っているんじゃないだろうか。きっと叔父貴は、そんな身分不相応なものを僕たちが手にして身代を崩すのを怖がって、あんなことを言ったんじゃないかなあ」

 数年前から足を患い、電動車いすに収まっていた弟の言葉に豊丸はなるほど、と手を打った。思い返せば、府の教育委員会の会長をつとめていた豊次郎叔父は、優しくはあったものの、融通の利かないところも多い堅物であった。そんな叔父が教育者としての立場から、甥である自分たちのためにそんなことを言ったのだとすれば納得がいく――。そう考えた豊丸は、

「もう、親父が死んでから随分と経つ。子供たちも大きくなって、孫もそろそろ高校にあがろうとしている。残り僅かな老後の支えや、お前のための家の改装工事費にするんなら、親父や叔父さんも怒りはするまい」

 その提案に和丸も同意し、さっそく、腕利きの専門家が招聘されたのだが、思いがけない難関が二人を待ち受けていた。それは、最初に招かれた鍵師がダイヤルへ手をかけ、聴診器片手にあちらこちらを探っていた時だった。邪魔にならぬよう、そっとその様子をうかがっていた二人は、突然、金庫の中からカチン、という大きな音が立て続けに三度鳴ったのに驚き、今のは一体……と鍵師に尋ねようとした。

 が、彼が答える前に突然、ダイヤルのノブや、扉の正面のいたるところから何本もの、五寸釘ほどの太さの鉄針が飛び出し、中年がらみの鍵師は聴診器を放り出し、土蔵の三和土の上に尻餅をついてしまった。

「まさか、叔父貴のいってた『化け物』っていうのは……」

 叔父の忠告と、額に貼られた大きな絆創膏の記憶が兄弟の頭をよぎる。やがて、三十秒ほど表に出ていた鉄針が音もなく引っ込むと、その光景を呆然と見ていた鍵師はそそくさと荷物をたたみ、

「じょ、冗談じゃない。こんなおっかない金庫、開けるまでに命がなんぼあっても足りやしない」 

 と、二人に叫んで、着手料も受け取らずに出て行ってしまった。これが同業者の間に知れ渡り、いつしか明石邸はこの不思議な金庫の存在から、からくり御殿だとか、人食い金庫のある屋敷などと、小学生にまで噂されるようになってしまった。もちろん、この間にも何人かの鍵師が腕試しにとばかりこの金庫に挑んだのだが、その度にかすり傷や商売道具が壊されたり、飛び出した針を切断しようとして、肝心の針が引っ込んだために手を滑らせて怪我をしたりする者が相次ぎ、誰一人として金庫を開けられた者はいなかった。

 不思議なもので、開けられないとなると却って開けたくなるのが人の性である。すでに第一線を退いて悠々自適の二人は、暇に飽かして暗号の専門書などをひもとき、素人ながらダイヤルをいじってみたが、そのたびにあの死の宣告のようなカチン、という音とともに針が飛び出す始末であった。

 そんなことがしばらく続いた今夏初旬、大学の同窓会で家を空けていた豊丸は、宿泊先のホテルで和丸からある電話を受け取った。同じ部屋にいた豊丸の友人の証言によれば、それはやっと解錠に成功した、という旨の電話であったという。前々から開かずの金庫の話を聞いていた彼は、豊丸ともどもその成功を喜んだが、まさかこの電話が、明石兄弟の最後のやりとりになるとは、思いもよらなかったという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ