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第九話 「トロッコ問題は突然に」

 

「――妹を、ですか?」

「ああそうだ。何も心配はいらない」


 ――――詰んだ。


 フォート・ゼンチ、つまり軍を選べば妹が殺されかねない。RDDを選べばシウム、サリーが危ない。

 ローリーはどのみち始末されるだろう。それはそれで寝起きが悪いし、彼の相棒であるサムに殺されるかもしれない。

 そして極めつけはこのアルバートである。彼には借りた恩がある手前、簡単に頭を飛ばせないのだ。



 ――右のレールにも、左のレールにも人が横たわっている様子が目に浮かぶ。これはトロッコ問題だ。

 誰を救って誰を見殺しにするか。テッドは不条理な二者択一に迫られた。


 延々と逡巡するテッドを見て、アルバートは白髪混じりの頭を掻く。

「何を心配しているんだ、俺もアジフライたちも付いてる。軍なんか怖くない、だろ?」


 ――いや、怖いし恐ろしい。

 アルバートの誘いに「はい」と答えた瞬間に頭を撃ち抜かれてしまいそうな――そんな気さえするのだ。

 脳裏にへばりついて離れない彼女の眼。“ビジネスマン”と煽った彼女はテッド以上に商売上手であった。


 ――彼女のような駆け引きのエキスパートになるためには、いくつの命が必要なのだろうか。


 黙り込んだテッドを見て、俯いた。少しして、顔を上げる。

「……やめてくれよテッド。お前を撃つと、アイツに墓参りができなくなるじゃないか」

 何回か咳き込むとウェブリーリボルバーをテッドに向けて構えた。その銃口は小刻みにぶれている。


 ――そうだ、新しくレールを敷こう。最悪、俺が死ねばトロッコは止まるし、みんなが助かるかもしれない。


「……当てられますか?」

 テッドは試すように問う。するとアルバート震えが目に見えて大きくなった。


「当てるためには、引き金を引かなきゃあな……!」

 声を荒らげてトリガーに指をかける。対して、テッドは目を逸らさない。(まばた)きもしない。じっとアルバートを見据えた。


「——ぐッ!」

 アルバートは奥歯を噛み締めて苦い顔をした。撃つに撃てないのだろう。


 ギリギリの膠着状態が続く。彼が指を引くか引かないか、テッドが目を逸らすか逸らさないか、そんな駆け引きが両者を縛り付けるのだ。

 痺れを切らしたテッドはアルバートの背中を押した。

「……僕を撃てば、永遠に答えが聞けませんよ」

「うるせえ! イカレやがったな!?」


 リボルバーを握る手に力が入ったのが見えた瞬間に、テッドは体勢を変えた。


 直後、その銃口が火を放つ。狭い地下に轟く発砲音はテッドのトロッコが新たなレールに乗った音でもあった。

 隣の廊にいたアフロ隊員が目を覚ます。


 一方、テッドは勢いをつけて引っ張ったことにより繋がれていた鎖が切れ、石の床に倒れ込んだ。銃弾は壁にめり込んでいる。


 アルバートは次弾を撃たずに、構えたままで様子を見た。


「次も避けるのか?」

「あなたが撃てば」

 即答されたアルバートはリボルバーを仕舞った。


「……命知らずが。ニュードールズにいる仲間に連絡して、妹さんの命を――“それ以上”も躊躇わん」

「鳩でも飛ばすんですか?」


「伝書アジフライさ。二日くらいで報告は完了だな。どうだ? ラストチャンスだぜ」

 彼はほのかな期待を含んだ目をしているが、テッドの意思はもう決まっていた。トロッコはレールの上を走っている。


 そんな様子を察した彼は、咳をしながら背を向けた。汗でべったりと服がくっついている。


 ゆっくりと歩き出し、足音を響かせた。檻の中から彼の姿が見えなくなって、ドアの閉まる音が届いた。

 ——俺はトラベスのような“交渉上手”ではないな。


 残響が小さくなり、地下がシンとなったとき、右隣の牢からアフロ隊員が声を上げた。

「隊長! 無事ですか!?」

「今のところはな……」


 ――毎回毎回、隊員に心配されてばかりだ。

 テッドは不甲斐なく思った。


「それよりも、だ。やりすぎた。女の子が一人死んで、俺が何人も殺す羽目になりかねない……」

 不思議なもので、テッドはやけに冷静でいられた。取り乱すこともなく、淡々と冗談が言えてしまう。

 しかし、アルバートに対して怒りの感情がないわけではない。感情的になっていないだけである。


 テッドは立ち上がり檻に手錠をぶつけた。金属音が轟くが、鎖と違って手錠が壊れる気配は微塵もない。


 今度は横の壁から凄まじい音がした。テッドがそこから離れると、石造りの壁が崩れ、アフロ隊員が顔を出した。

 見ると腕を繋いでいた鎖がテッドのと同じように切れている。


「手錠はRDDから持ってきたものらしいですね」

 壁を打ち破った彼も厄介そうに手錠に視線を落とした。

 テッドらも使うことがあり、その信頼感は絶大だった。そんな手錠に自分たちが拘束されるのだから、裏切られた気分さえ感じる。


「どうしますか?」

 アフロ隊員は俯いているテッドに指示を仰いだ。


「……早急にアルバートを止める。そしてニュードールズに向かう。なんとしてでも妹を守らなければ!」

 拳を握りしめ、妹の無事を願った。


「ああ、妹さん……確か、リルちゃんでしたっけ」


 テッドは振り返る。

「気安く名前で呼ぶなァ!!」

 握った拳でアフロ隊員の顔に本気の一発をぶちかます。吹っ飛んだ先の檻が折れて、通れるほどの穴が空いた。


「バカアフロ野郎め……妹は渡さんぞ」

「隊長……僕、そっちの趣味はない、です…………」

 震える声で言い切ると、ガクりと彼の力が抜けて眠りに落ちてしまった。



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