第五話 「検問所突破」
フォート・ゼンチは森の中に位置している。そこからさらに内陸側へトラックで20分ほど走ったところに市街地――バルミアが広がっている。
街が形成されたのはおよそ5世紀前、宗教都市として発展してきたバルミア。街中には教会が散見される。
交通機関が発達した今では、ルノハン・ビーチと一緒に避寒地の役割を担っていて、旅行客の中でも雰囲気が落ち着いていると評判らしい。
「バカアフロ野郎、もう大丈夫なのか?」
テッドたちは軍用のトラックに揺られ、バルミアに向かっていた。
「心配してくれるンですか?」
アフロ隊員の変なスイッチを押してしまったかもしれない。
「いや、ん。まあ、そうなるかな」
「嬉しい!」
彼はまるで女みたいな口調で抱きついてきた。
「うっせ。だあ! くっつくな!!」
荷台にはテッドたち二人しかいない。そんな状況で、アフロ隊員はタガが外れていたのだ。
四人のうち、他の二人はまだ基地のベッドに寝ている。
というのもパイロットのサリーは包帯ぐるぐる巻き、シウムに至っては腕が一本ないのだから当然といえば当然だ。
それに比べれば二人の怪我はそこまで酷くなかったものだが、それでもこの丈夫さは常人のそれではない。
だからこそブラインドホークが務まる。
運転席から二人に声がかかった。
「おい、もうそろそろだ! 準備しとけ」
運転手の言う通り、進行方向から銃声が響いてきた。
「おいおい、派手にやってるじゃないか。これじゃ死体も目覚めるぜ!」
なんだかんだドンパチするのが久々のテッドは、興奮気味に銃を手に取った。
「隊長、なにかやばい感じがします」
アフロ隊員らしからぬ言動だった。神妙な物言いに、テッドは神経を尖らせざるを得ない。
「ん……久々だから勘が鈍ってたな」
辺りに目線を配りながらも、聞こえてくる音に集中した。射撃戦において、銃声のリズムというのはかなり重要になってくる。
様々な戦いを経験したテッドは気付いた。
「――運転手! 止まれ!!」
しかし、呼びかけに応じずトラックは加速を続ける。
「――まさか……! 伏せろォッ!」
二人が頭を下げた瞬間、トラックは道を外れ、傍の樹木に突っ込んだ。バキバキと何本もの幹をへし折り、やっとのことで完全に停車した。
「な、なにが起きたんですか……?」
「バカアフロ野郎、安全装置を外しとけ。頭も出すな。思っていた二倍の銃声だ」
テッドは運転席を確認する。運転手の胸の辺りに銃痕があった。当然、息はなかった。
「敵はアジフライじゃないのか?」
茂みに身を隠しながら前方を確認しに木立を進む。
歩いていると森が開け、市街地のビルが見えた。手前側では検問所を盾にして兵士たちが応戦している。
――――アジフライに。
約十匹のアジフライに。だがそれらは、テッドらが見たことのないアジフライだった。
ソース色に塗られたアジフライ。美味そうなアジフライを目の当たりにしたテッドは叫んだ。
「俺はあんなの知らねえぞ! アジフライが弾撃ってるじゃねえか!!」
尻尾で立っているアジフライの身体四箇所から、マズルフラッシュを伴って弾が飛ばされていた。
「落ち着いてください! アジフライは銃を使ってるわけじゃないですよ。彼らは丸腰です」
「そっか…………そうだな!!」
テッドは疑わなかった。
「じゃあ後続を見てきてくれ」
「ラジャー」
アフロ隊員は腰を屈めながら市街地の方に向かった。
それを見送ったテッドは足音を立てずに道路に近づき、兵士たちのいる方に小石を投げた。
一人がこちらに気付く。銃声の中で気付いた有能な軍人だ。
ハンドサインで意思疎通を図る。
『俺が回り込んで奇襲をかける。隙を見て制圧しろ』
どうやらこちらの意図が通じたようで、向こうもハンドサインで返してきた。
『了解。気を付けて、不審者さん』
それを確認したテッドは茂みに姿を消していった。
「――サム、命令だ。『不審者は撃つな』」
どこの誰だか分からないが、助かる。
「了解! 『総員! 援護が来る。射撃の成績A以下は撃ち方やめ!』」
サムは彼の言葉を翻訳し、無線で命じた。兵士たちは一斉に銃口を下ろす。
「…………それじゃあ俺たち二人だけじゃねえか、サム」
「命中率100%が二つで200%さ。俺が右をやる」
フッ、と笑ってみせるとサムもヘビーマシンガンに持ち替えた。
突然に銃を下ろし物陰に身を隠した人間たちに、アジフライは困惑する。銃撃を止めた。
――辺りに訪れる一瞬の静寂。
パン、という甲高い金属音が沈黙を破った。
回り込んだテッドが放った銃弾は、真ん中のアジフライの後頭部に命中する。
アジフライは後方の射撃に反応し、一斉に振り返った。
――その瞬間、サムら二人が身を出してアジフライたちを撃った。
12.7mmの弾はアジフライの足となる部分に真っ直ぐ飛んで行く。
端っこのアジフライに6発叩き込み、ターゲットを隣のアジフライに換える。その様はドミノ倒しによく似ている。
そうして二秒もかからないうちに全てのアジフライが倒れた。
「制圧だ!!」
ローリーの号令が響き渡った。
何十もの兵士たちがブロック塀や土嚢を持って突撃する。それをアジフライたちに投げつけ、火を放った。
アジフライたちは起き上がろうとするものの、続々と投げつけられる重りに立ち上がれなかった。
「サム、遅かったんじゃないか?」
彼はヘビーマシンガンを肩に乗せ、振り返った。
「馬鹿言え、ローリー。光より遅いだけさ」
笑い合う二人は拳を合わせる。
手持ち無沙汰になっているテッドに向かってローリーが叫んだ。
「不審者! 助かった! あんたは命の恩人だ!!」
テッドは背中を向けて歩き出した。返事代わりに手を上げる。
「買いかぶり過ぎだ……」
一発しか撃たなかったリボルバーをしまい、アフロ隊員の元へ急いだ。