第二十一話 「無言の足」
感触に気付くまで一瞬、押し当てられたそれが何であるか理解するのに一瞬、それが誰であるか当てるのに一瞬。
かなり密着しているのだろう。彼女の明るい黄色の髪が視界の端っこに映り込む。
テッドには覚えがあった。全くの気配や前兆を見せずに、綺麗な髪を見せる少し抜けた同僚を。
「もしかして……セネカか?」
「偶然は運命を導きたり。運命の元に必然が集い来るなり」
お決まりの意味不明な文を口走るやいなや、彼女はナイフを仕舞った。
「どうしてここに? 第A部隊の仲間は?」
テッドは矢継ぎ早に質問を繰り出す。
セネカはしーっ、と人差し指を口に当て、その指を客室の方をさした。
例の重いカバンを担ぐ人影が、煙の中に揺れていた。傍にはシウムとアフロ隊員の二人が控えている。
「お話は後で。音を立てないよう、お師匠に付いていってください」
彼女は運転席の窓から外へ飛び出し、あっという間に煙に姿を消した。
彼女が出た代わりに遠くから銃声が入ってくる。おそらくそれは陽動であり、アジフライたちを分散させたのだろう。第A部隊に銃を扱う者はいないのだから。
――流石は“死の足音”と呼ばれるだけはある部隊だ。アジフライに囲まれたここまで潜り込んできたというのだから、その実力が伺える。
横を見ると、サリーが気を失っていた。多分、セネカの仕業だろう。
「ほら、起きろ」
頬を叩くとサリーは飛び起きた。
テッドは彼を連れて、客室の後方のドアから外に降りる。
そこで二人を待っていた凛とした雰囲気の女性が頭を下げた。
「ご無沙汰しております」
声は小さいものの、その声は頭に直接入ってくるかのように透き通っている。
「久しぶり……だが、こんなところで会うなんて。すごい偶然だな……」
彼女の名前はレイラ・ナガヤマ。腰に携えた剣の名手であり、RDD社が抱える暗殺部隊――第A特殊部隊のエースである。
テッドは同僚であるレイラに礼を言うと、彼女は微笑みを返した。
――と同時に、刀に手をかけた。姿勢を崩し、背後に迫っていたアジフライとの間合いをはかる。
恐ろしく速い身のこなし。振り返りざま、大きく縦に斬るとアジフライは尻尾の先まで真っ二つになった。
「あのアジフライがッ!?」
あの頑丈なアジフライが切れた。
アジフライは力なく倒れたが、それでも痙攣が続いて死にはしていない。
ただ、起き上がれはしない。身体が縦に割れたらテッドでも起き上がれないと思う。
彼女が鋼を斬ったという噂もあながち間違いではないのかもしれない。
彼女は流れるように呟く。
「塚原秋月流、秘剣『弧撫』……」
「オールドスクール、恐ろしいな……」
テッドは全身が粟立つのを感じた。
話は少し遡る。
ブラインドホーク一行がジェスターの正体に気付いたのと時を同じくして、新マルカン駅の屋根裏の中を歩く二人と一匹のうち、一人が歩みを止めた。
「偶然の近づく足音が聞こえます」
漆黒の艶やかな髪を耳にかけ、透き通る静かに呟いた。
「え、お師匠、それはどういう意味ですか?」
すかさず、隣の彼女はポケットからメモ帳とペンを取り出す。
「強烈な出会いの予感。そして、嵐のような未来が待ち受けている……遠くから声が聞こえました」
「なるほどなるほど。ふむふむ」
彼女は一言一句とも書き違わず、メモ帳に記した。他にも字でびっしりのそれは、もはやある種の“辞典”と言えよう。
「アジフライたちに動きがありますね……私たちも出ましょう」
見てくれは元気いっぱいの女の子。しかし、腰からナイフを抜くのは彼女だからこそ。
「はいっ!」
お師匠と呼んだ彼女に敬礼をし、フレンチブルドッグを一匹連れて、通気口からダクトの中へ入っていく。
しかし、思い出したかのように物静かな彼女が止めた。
「お待ちください! 煙幕も持っていきましょう。卑見ですが、必要になります」
「分かりました!」
ダクトの中から大声で返事をした。
内部はL字になっており、折り曲がるところが少し狭くなっている。水平方向に進むと、垂直な壁が現れた。
こういう狭い空間では、身体が小さいことがメリットに転じる。
上手く身体を畳みながら、立てるところまでやって来た。
次に犬を頭に乗せ、垂直の壁をよじ登る。もう何度も往復したものだが、かなりキツイ。楽な姿勢になれないのだ。
なんとか登りきり、再び水平方向になると、まずは犬を先に行かせ、先で異常がないかを確かめさせる。
「エンジン、よろしくね」
命じられた犬は真っ暗の空間を駆け抜け、出口にアジフライはいないことをその目で確認し、颯爽と戻ってきた。
「よーしよし、偉い子だぞー」
わしゃわしゃとエンジンを撫で、意気揚々と自身も先へ進む。
時折、下部にある通気口から駅構内の様子が窺えた。
多くのアジフライたちが視界の内に入る。
奥には、巨大な――10m級のアジフライも見えた。
セネカらがここに来たときには既にヤツはいて、周りの取り巻きも数が変動しながら駅に居座り続けている。
“数が変動しながら”……列車は今でもこの駅に出入りしている。大量のアジフライを伴って。列車はアジフライ持ってきたり持っていったりしていた。
第A部隊の仲間たちと観察をしていて気付いたことは、どのアジフライも最終的にはニュードールズへと向かっていっているということだ。
師匠と私の二人を残し、他の仲間たちがニュードールズへ偵察に向かったのも昨夜の出来事。
彼らは既にニュードールズへ到着しているだろうかとセネカは気になり始める。
そんな頃に通気口が見えてきて、出入りに利用している小さい倉庫まで着いた。
廊下の終わりに位置するため、比較的安全な部屋。
電気は点けておらず、ダクトと一緒で真っ暗なことに変わりはない。だが、思いっきり身体を伸ばせるのはこの上なく気持ち良かった。
「じゃ。エンジン、また後でね」
セネカはエンジンの首輪に小型のスピーカーを取り付けた。
ドアを開けるとエンジンは駆け出し、あっという間に角を曲がっていく。
それを見送り、セネカは置いておいた愛用のコンパウンドボウを手にした。
使える矢の数が少なくなってしまい心もとないが、これを持っていると安心できるのだ。
そして、彼女に言われた通り、箱からスモークグレネードをいくつか取り出した。
セネカも後を追うように白く小綺麗な廊下を駆ける。
足音も衣擦れの音も立てない。その分、他の音に集中できて一石二鳥なのだ。
静かな廊下を風が抜けるかのように、一直線の通路を突き進む。
通用口を出ると、そこは大きな吹き抜けの上階。
すでにレイラが腕を抱えて待っていた。
「やはり、アジフライはこちらにまで入り込んでは来ないようですね」
十分に戦える彼女は屋根裏から直通の通路を通ってきたのだ。
セネカらは安全な領域を見回り確保する役割で、わざわざ端からここまで大回りをしてきた。
活動できる領域は広いに越したことはない。
「エンジンはすでに行かせました。あのアジフライの集いようは危険です」
新マルカン駅は主要なターミナル駅であり、文字通り新しく建てられた駅舎である。
諸国のターミナル駅を踏襲しつつ、金は有り余るこの国らしい屋根の高い大胆な吹き抜け構造。
そのため、全ての路線が満足に見渡せた。
彼女の言う通り、アジフライたちが線路を横断しながらとある路線に向かって流れている。それも今までに見たことのない規模で。
『バルミア行き』、セネカにとってはピンとこない地名だ。
「ニュードールズ行きではないんですね」
「ええ、ただの移動ではないのでしょう。卑見ですが、何かを迎え撃つために……」
やはり彼女が残ってくれて頼もしいとセネカは感じる。
「『迎え撃つ』ということは、アジフライ――私たちの敵の、そのまた敵がやってくるわけですね?」
「おっしゃる通りです。味方かどうかは知れませんが、一時的な協力関係も結べるはず」
なるほど、とセネカは感嘆の声を漏らし、再びアジフライに目を向けた。
「情けは人の為ならず。助太刀しましょう」
二人は通路から飛び降りる。
25mを三秒足らずで落下するが、鳥の羽根が舞い落ちるかのような身のこなしだった。
音を立てない、ましてや身体のどこかを痛めたりもしない。彼女らが着用する靴に仕掛けなんてない。
そういう技に他ならない。
「行きましょう」
限りなく薄れた声に、セネカが頷く。
二人は足音を立てるのを忘れ、歩みだした。




