第十九話 「無賃乗車は道連れ」
背後に地を揺らす列車が迫っている。この角度で列車を見るのは生まれて初めてであった。
テッドはサリーの肩をバンバンと叩く。
「ほら、避けろ!」
相当なスピードが出ていたこともあって、サリーは少しだけ斜めにハンドルを切った。
「一体、何の列車だッ!?」
後部座席の二人は座席に立ち、バギーカーのフレームに身を任せる。シウムの方がメガネに手を添えて遠くの列車を注視した。
「民間の……普通の車両みたいですよ?」
アフロ隊員の目にも列車がハッキリ映り始める。
「誰か出てきましたよ。生存者ですかね?」
先頭の運転席から外に出て、黄色い車両の上によじ登る男がいた。
メガホンを手に、彼は叫んだ。
「そこの軍用車ー! 停まりなさいー!」
列車、バギーカーの走行音で掻き消されそうになるが、微かにサリーの耳にも届く。
「クソッ、ポリ公かよ!? 隊長、運転変わってください」
「えっなんで?」
「免許に傷がついたらドライバーの名折れですよ! 彼女にも自慢できなくなっちまう」
「は?」
彼は必死の顔で訴えかけた。どうやら“マジ”のようだ。
テッドが躊躇っていると、ついに彼はハンドルを放り出して隊長の胸ぐらを掴みかかる。
「あー、多分あれ民間人ですよ」
シウムはちょいちょいと指を指す。サリーは手を離し、座席に立ち上がった。
二人はアフロ隊員から双眼鏡を受け取り、彼の顔を観察する。サリーの方は片足をハンドルに引っ掛けながら、その双眼鏡を覗いた。
三白眼で隈の張った悪役面。金髪のオールバックはボサボサだった。民間人未満の匂いがする。
「ああー、警察ではないっぽいが…………ま、俺たちなら自衛もできるし大丈夫か」
テッドは立ち上がり、大きく手を振った後に腕で丸を示した。OKサインである。
「ん……でも、どこかで見たような顔のような気も…………」
既に列車の方は停まるべくスピードを落とし、バギーカーとの距離を離している。シウムは目を凝らした。
「ええ? 有名人か? アイドルかよ、あの顔で?」
「いえ、そっちじゃなくて……」
うーん、とシウムは記憶を呼び起こそうとするものの、突っかかって思い出せずにいる。
「なんでもいい、ポリ公じゃないなら停めるぞ」
サリーは脇に車を停めると、列車が近付いてくる。
金属の甲高い、それでいて嫌にはならない音を発しながら、先頭が車の横にくるように停車した。
中から先程の男が出てきて、四人を手招きする。
「おたくら、どうしてこんなとこ走ってたんだ? 映画の撮影か?」
間近で見ると、その胡散臭さがこっちにまで臭ってくる。
「いえ、僕たちはニュードールズに向かっていまして」
テッドは下手に出ながら、あっけらかんと今の立場を話した。一見したところ、後部の車両にも何ら異常はなさそうである。
「ほー? じゃ、乗ってくといい。コイツは早いぜ」
ニヤリと笑った彼は親指で背後の列車を指さす。
そのとき、テッドは肩を叩かれた。後ろを向くとアフロ隊員が眉をひそめていた。
「……隊長、このカバン大丈夫ですかね?」
そう言う彼は銃の入ったカバンをポンポンと叩く。その度に中からジャラジャラと音がした。
「いざとなれば脅せばいいさ。なに、悪いようにするつもりは無いよ」
テッドは内ポケットのリボルバーをチラつかせる。
「――何やってんだ! ほら、早く来いよ!」
男は車内に姿を消した。声をかけられた四人は驚き、互いに見合ってバギーカーを降りる。
例のカバンの重さはバカにならない。
テッドとアフロ隊員の二人がかりでやっとだった。こんな重装備がたったの四人分だというのだから笑ってしまう。
上手く連携して客室に載せる。テッドが先に客室に乗ってカバンを引っ張ろうとしたが、扉に引っかかって落としてしまう。
大きい音がしたものの、特に男に怪しまれる様子はなかった。
テッドは胸を撫で下ろす。
内装は古めかしい。元々の座席とは別に、中央部に椅子が列になっている。彼が横になっていたのだろうか。
傷だらけの木製の床にどこか懐かしい雰囲気を感じた。
テッドが薄暗い車内を観察していると、男が逆さまの腕時計を見ながら歩み寄ってくる。
「えぇーっと……約十分でマルカンを通過だな。ごゆっくりどうぞ」
「ど、どうも……」
テッドはぺこりと頭を下げた。
彼はスタスタと先頭の運転席に戻っていく。ドアに手をかけたとき、思い出したかのように振り返った。
「――あ、そうそう。後ろの車両には食い物が載ってるが、開けて食ったりすんなよ!?」
そう言うとバタンとドアを閉めた。
――“食い物”、だと?
テッドが振り返ると、三人は背後のドアを眺めていた。静かにアフロ隊員が手を挙げる。
「……食べ物、分けて貰いませんか?」
口の中で缶詰の味がした。ほぼ味気のないものだったが、テッドはそれ以外の味を忘れてしまったのだ。料理が恋しい。
「ああ、そうだな……聞いてみようか?」
テッドは運転席のドアをノックする。
どうした、と扉越しに声がした。テッドは分けて貰えないか問う。
「あーだめだ! そりゃあ女王様への献上物なんだ。ちゃんと計上してあるからすぐにわかっちまうぜ!」
ガタンガタンという音に混じって、彼が声を張り上げて答えた。よほど大事なものだと伺える。
「はぁ……仕方ないですよ。今じゃどこでもこんな状況でしょうし」
シウムは椅子に座ってスマホを触り始めた。こんな仕事に就いているといえど、まだまだ彼女は若者である。
「あーあ。ここ、禁煙じゃないよな」
サリーは窓を開けて、タバコを吸い始める。
アフロ隊員は肩を落とし、コソコソと銃の点検を始めた。
そんな部下三人に、自由だなあ、と思うテッドも、腹部を抑えながら座席で横になる。
ずっと座りっぱなし――もっと言うと揺れのすごいバギーカーだったものだから、横になることのありがたさが身に染みるのだ。
軽くまどろむ。列車の揺れも相まって、本当に心地が良かった。
しかし、天井からのトントンという音が睡眠を妨げる。テッドは上体を起こした。
「何の音だ?」
他の三人は首を傾げた。テッドにも予想がつかない。
まさか、アジフライだったりしないだろうか。心配になったテッドは、運転席で何か起きていないか見に行くことにした。
しかし、ドアノブが回らない。
声を上げようとも、扉を叩けども、向こうからの反応はまるでなかった。嫌な予感。
ドアを叩くテッドの手は激しくなる。まるでトイレの個室の前で足止めを食らっているかのように。
すると突然シウムが叫び声を上げた。
「――ああッ! 分かりましたよ、あの人のこと!!」
彼女はスマホの画面を見せる。
「ジェスター・エルサゲート! あの人、国際テロリストですよ!!」
液晶に映し出される“その顔”は、紛れもなく“あの顔”だった。




