第十八話 「ラジオ・レイルロード」
フレームに貼られた地図はニュードールズに赤マルがしてあった。
フォート・ぜンチの位置するバルミアは大陸の南東側に位置し、そこからほぼ真っ直ぐ北上すれば彼らが目指す国内第一位の都市に着く。それまでにいくつかの街を抜けることになるが、その中には内陸の都市であるマルカンも含まれている。
重く白い空が広がる荒野。先を見れば、ぽつぽつと民家が現れる。
列車の線路を走るバギーカーが一つ。バルミア駅にあったはずの列車が盗まれていたから、やむを得ずの足だ。
早朝にバルミアを発ち、かれこれ数時間が経つが、今日はまだアジフライの姿を見ていない。
缶詰のみで昨夜を凌いだため、ありがたいことに他ならないが、バルミア市街地のときと似たような感覚に陥る。嵐の前のような――――そんな予感。
読んでいた本を閉じ、晴れない空を仰ぐ。溜め息を吐いたとて、雲は吹き飛んだりしない。
テッドはこれと、あともうひとつ、妹の安否が気になっていた。アルバートの報告がニュードールズまで辿り着くのに時間がかかるとは思うが、今になって不安になる。
「――そういえば、サリー。お前の女もニュードールズだったか」
「ニュードールズの郊外です。それでも都心には近い方なので……」
目線を落とすサリーの横顔に、テッドはそうか、としか返事ができなかった。
安心しろ、彼女は生きている、と言うだけの気概はない。
テッドの妹がRDDの保護にあったというのは、人質としての目的があってなのか、それともRDDが首位都市を保護したお陰なのか、分からなかった。
後者だった場合に至ってはRDDの思惑も不明で希望的観測に過ぎないのだ。
話を変えようとしたのか、サリーは古めのカーオーディオに手を添える。
「……ラジオでもつけますか?」
「むしろ入るのか?」
広域の電波は死んだとトラベスが言っていた。普通に考えてラジオが聞けるはずはない。
ボタンはカチッという音を鳴らして、ノイズを車内に響かせた。
「え?」
ノイズに何かを聞いたシウムはチューニングのつまみに手を伸ばす。ちょちょっと触っただけでラジオはハッキリとする。
軽快なエレクトロミュージックとともにタイトルコールが始まるのだった。
『二日ぶりのフライドFM! お相手はレイボーンです! ということで始めたけど……大変なことになっちゃったな。明日からは臨時災害放送局になっちまうけど、ここでもちょっとだけ連絡』
四人は耳を傾け、黙り込んだ。
『まず一つ目、被害状況は悪くない、少なくともニュードールズでは。ただ、他の地域については、連絡手段がダウンしたから何とも言えないな。ダウンしたと言っても、これが物理的にじゃないらしい。AMの方で働いてる俺の知り合いが言うにはハッキングを受けたんだとか。なんだかよく分からない電波を飛ばしてたんだって。不気味な話だよな』
「てことはニュードールズは無事なのか」
「良かったあ……本当に」
サリーは胸に溜まっていた息を吐き出した。
テッド自身を含めた他の三人も肩が降りたように思える。
「それにしても“ハッキング”ですか……? RDDかスターゲイザーの仕業でしょうかね?」
シウムが首を傾げた。謎が深まるのはテッドにも感じられる。
『今はRDDの地下倉庫が避難所になってるが、お隣さんもフライドFMを聞いてるんなら節電のために一緒に聞くのがよし! これから長くなるかもしれないからな。近所付き合いも大切にするんだぜ!』
「あそこが避難所に? 一体、RDDの狙いは何なんだ?」
いくら頭を捻ろうとも答えは導き出せない。
彼らは民間人を殺したいのか守りたいのか、そもそもどうしてスターゲイザーと手を組んでいるのか。
『――ってなわけだ。それじゃあ堅苦しいのはここまで! 今日からのスペシャルゲストに登場していただきましょう! ユーリさんだッ!!』
「えっ!? ユーリきゅん!!」
テッドが局を変える暇もなく、シウムが反応する。真面目な雰囲気が粉々に砕け散った。
彼女は瓶底メガネを取り出す。テレビじゃなくてラジオだぞこれは。
「しかし……ユーリって誰だっけ……」
「隊長、ユーリきゅんをご存知、ないのですか!? 彼は世界を股に掛けるネトア界の大スター……ああ、家に布教用のブロマイドがあるのでいつか見せてあげますね」
つまり、彼女の“推し”なのだと言う。“その手”の言語は聞くというより解読の域であった。
「……いやあ、ユーリきゅんが生きてるだなんて地球も捨てたもんじゃないですね……」
感極まった彼女の目元から一筋の涙が頬を伝る。
「なんてことを言うんだ君は。火星にでも行くつもりだったのかよ」
「マズかったですか?」
「もう勝手にしてくれ……」
続けて聞こえてきたユーリの声は爽やかそのものであった。
『今日はみんなを癒すためにやってきました、ユーリです。一緒にこの困難を乗り越えましょう!』
後部座席でシウムが身体をくねらせながら、ひゃわーんなどと嬌声を発している。
『RDD社のみなさんに感謝の気持ちを忘れずに! ですよ!』
ユーリがこう付け足したがために、なんとも微妙な空気になった。シウムを除いて。
「……ま、仕方ないな。RDDが向こう側っていうのは俺らしか知らないんだから」
「ユーリきゅん……でも、フライドFMに出るっていう告知はなかったような…………」
もう聞くべきこともなさそうなのでテッドは再び本を開いた。
暇つぶしにとトラベスから手渡された本だが、読んでみるとなかなか面白いミステリーである。
主人公が手のひらで踊らされるさまが、どこか同情できてしまうのが不思議だ。
「隊長、なにか聞こえません?」
アフロ隊員が後ろからシートを揺らした。テッドは嫌々本を下ろす。
「今度はどうした?」
サリーがミラーを覗き、驚きの声を漏らした。
テッドは身を乗り出し、手前から地平線の彼方に消えるレールを目で辿る。
後ろに続く線路に、点が乗っていた。




