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第十六話 「団欒」


 検問所の兵士に一礼し、道は林の中に入った。左右の木々が車のライトを反射している。エンジンの音しか聞こえないほどに静まり返っていた。


 いつの間にか彼女がふかしていた煙草も短くなり、基地に近づきつつある。

 不意にトラベスが愚痴った。

伝書鳩(アジフライ)にしろ、スターゲイザーにしろ、私のことが向こうに伝わってしまうのか…………嫌な展開だな」

 すっかり日が落ちたせいか、彼女の顔色が悪く映る。彼女でもこういう顔をするのか。


「“ちょうど”僕たちはニュードールズに向かいたいです。足を貸してくれる、そういう契約でしたよね?」

 妹のこともある。何としてでもニュードールズに向かわなければならない。


「……ああ、だからバルミアの奪還を第一に始めたのだ。あそこの駅から列車を一両飛ばせばいい。恐らくは列車の代わりに車を、だが」

 基地のゲートを抜け敷地の奥の方まで進むと、本部の前に車を停めた。


「まずは休息を取ることだな。さすがに無理が見える」

「え? あ、ありがとうございます」

 テッドはさすがに、軍のこのホワイトさに驚いた。RDDでは休みが確保されることはまずなかったように思える。傭兵は傭兵らしく働け、という具合に。

 礼をしながらテッドは車を降りた。


 そして、暗い車内に二人の男女が残される。外からの光もまともに入ってはこない。

「……中尉、私は教会をそのままにしても良かったと思います」

 彼はハンドルを握ったまま口を開いた。

「何故だ? フレッド、“あれ”は私の生産性に支障をきたすのだ。取り除けるチャンスをみすみす逃すわけにはいかない」

 フレッドはミラー越しに彼女と目を合わせる。トラベスはすっかり機嫌を悪くしたようで、すぐに目を逸らした。

「蒸し返してくれるなよ。ウンザリだ」

「…………はい。失礼しました」


 多少の衣擦れの音、ライターを開く音。

「今夜の月は汚いな」

 彼女はそう呟いて煙草に火を点けた。


 その言葉にドキリとしたフレッドは、フロントガラスから夜空を覗き込んだ。周りの雲を照らす月ただ一つだけが輝いている。どこかおかしい様子もない。

「“汚い”というのは?」

「そのままの意味だ。私は作家じゃない」


 ――クレーターのことを言っているのだろうか。彼女の言葉の真意を考えつつ月を眺めていたが、気が付くと車に一人きりだった。



 基地に入ると、テッドはどことなく安心感を覚えた。


 兵士たちが廊下を行き交っている。人がいる、と。死体すらも見かけなかったものだから、尚更にそう感じた。


 同時に空腹も覚えた。まるまる一日ほど食事を摂っていない。最後にアジフライを勧められたきりだ。こんなことなら断らない方が良かったかもしれない。


 そんなテッドでもローリーのことが気になっていた。食堂に行く前に、一回足を運ぼうと考えたのだ。

 サムこそ笑っていたものの、彼に命がある保証はどこにもない。正直、あの場で即死、というのもおかしくはなかった。

 一般の兵士だというのに致命傷を負い、それを持ち堪えたのだから、かなりの生命力を持っているのには間違いない。


 病院、よくこんな大層な設備があるなと不思議にさえ思える。

 シウムの義手もそうだ。フォート・ゼンチの規模は普通のそれを遥かに超えている。同時に伝書鳩も備えているのだから、けったいに感じる。

 やはり、トラベスがここにいることと関係があるのだろう。


 ――となると、食堂もそれなりの大きさ、品質がありそうだ。

 もしかすると、一流のシェフが腕によりをかけた晩餐にありつけるかもしれない。

 それは言い過ぎか、とも思いながらテッドは期待を膨らませた。


 弾む足を抑えながら、手術室へ向かうと、アフロ隊員が手術室前の通路のベンチに座っていた。

「あ、隊長。お疲れ様です」

 素っ気ない感じだった。この反応を見るに、死にはしてないのだろう。胸を撫で下ろした。


「お疲れ、どんなだって?」

「当分の間は寝たきりだそうです」

 テッドも腰掛けて、目の前のなんでもない壁を見つめた。


「そうか、羨ましいな。ところで飯はもう食べたのか?」

「いえ、食料が底をついたらしくて……それを市街地で調達してくるって聞きました。缶詰ならいっぱいあるらしいですけど」


「え、それマジかよ」

 驚愕と落胆が同時に湧き上がった。缶詰となると魚介類が多いだろう。魚は苦手ではないが、アジフライのことを思い出しそうで食べたくない。

 この現実に腹が立ってきた。

「点滴もあるそうですよ」


「点滴じゃ腹は膨れないな。酒ならまだしも……」

 テッドは天井を仰いだ。堪らず手で顔を覆う。

 ――いっそのこと食べずに寝てしまうか。

 ほのかな期待を粉々に打ち砕かれた彼は徐々に悲観的になっていた。


 テッドが歩いてきた方から足音が聞こえる。誰かと確認すると、それはサリーとシウムだった。

「おかえりなさい隊長」


「サリー! もう歩けるのか!?」

「お陰様で、ブラインドホークに身を置くと身体が丈夫になった気がしてならないですよ」


 彼は包帯ぐるぐる巻きだというのに、煙草を咥えテッドにも一本誘った。

「さては頭打ったな。俺は吸わないぜ」


「ノリが悪いですね」

 へっへっへ、と引き笑いをしながらベンチに座り込む。シウムがその次に座った。

 彼は火を点けようとしたが、それはシウムに止められてしまう。渋々といった顔で煙草をいじり始めた。


 テッドはふと、二人にブラインドホークの状況を話していなかったことを思い出した。

「……聞いたかもしれないが、しばらくの間ブラインドホークは軍に雇われた状態になる。はやい話、RDDを裏切った」

「ええ、それはもう聞きましたよ」


「軍との契約が切れたら、俺たちは宙ぶらりんだ」

 テッドが放った一言に一同は口を閉じた。

 それがいつになるかは分からない、が、遅くともアジフライの騒動が収まるまでには切られるのを確信している。


「そのときはレイニオカンパニーに移籍しますか? 待遇が良いってもっぱらの評判ですよ」

 真面目なアフロ隊員らしからぬ発言だった。RDDに不満でもあったのだろうかと上司として心配になる。


「それいいねェ。(ここ)とどっちが良いモンか比べようじゃないか」

 調子よく言ったサリーはポイっと、吸わなかった煙草を指先で弾いた。

「ふふっ、自立するつもりはないんですか? やっぱり私たちってブラインドホーク(飼われの鷹)なんですね」

 おかしなもので、確かにそうである。四人とも任務を遂行する技術を持っているものの、マネジメントは全くできないから、次もどこかに属することになりそうだ。


 暗い話だったはずなのに、今ではおかしいと思えた。テッドは立ち上がり、三人の前に立った。

「――そのためにも生き残らなきゃあな」

 次の瞬間、テッドの腹の虫が鳴いた。

「……生き残るためにも食べなきゃな!」

 自分でもフォローができてなかったと思う。言っていることがしっちゃかめっちゃかだ。


 いい締めだったはずなのに、今ではその空気も台無し。それでも四人は笑い合い、食堂に缶詰を貰いに行ったのだった。

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