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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
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陸ノ夜 報連相してください、お嬢様

こちらのスピンオフでは戦闘要素は控えめにしようかと

「立ちなさい、咲良。まだまだこんなものじゃなくってよ」



 あのカフェから帰って来て数時間。

 私は鞍馬にある、西薗彩乃の別邸の地下修練場にいた。元はと言えばこっちが本題なのだ。

 そして今、私は無様にも彼女の攻撃に飛ばされて、床に転がされている。



「…………くっ。『除魔の舞』が使えないのに、全部避けて…………攻撃当てろって…………ほとんど不可能じゃない!」


「出来ないのならそれで構いませんわよ。修行はここで終了。特級鬼闘師を2週間も貸し切るのですから、コレぐらいについてこれない子は教えるに値しませんわ」


「上等じゃない…………っ! 後で泣きっ面見せても知らないわよ?!」



 私は勢いよく立ち上がると、言霊を発し、霊力を練る。そうして構築されていく術式は私の中で溢れ、霊具たる洋扇子へと集中していく。そしてそれが限界まで満ちた時、それを振るい――――――



「『砲鮮火(ほうせんか)』――――っ!」



 洋扇子を振るうと同時にバラ撒いていた木屑が弾け飛んで、散弾銃の弾の様に西薗彩乃に向かう。この霊術は霊具で触れた植物を破裂させて、読んでの通り鳳仙花の実が種子を撒き散らすかの様に敵へと向かわせるモノ。

 人に当たれば怪我どころでは済まない様な技だ。私が治癒霊術を少しだけ齧っているのもあって、遠慮無く対人戦で使っているけど、本当はあまり誉められた話じゃない。

 だけどそんな私の技も。



「残念ですわね、ハズレですわ。」



 いとも簡単に避けられてしまう。

 というより、あの和装で何で軽々と前方宙返りとか出来るのよ、あの女?!

 一哉兄ぃとか佐奈もそうだけど、鬼闘師ってまるでビックリ人間のデパートじゃない!



「だけどまだ……っ! 《芽吹け 息吹け 大地の囁きよ…………》」



 私は諦めない。

 絶対にこの修行を乗り越えて、一哉兄ぃの元に帰る。そして彼の傍で一緒に闘うのだ。その為に私は――――っ!

 昼間に出会ったあの霊に貰った勇気を無駄にはできない、そう強く想って霊力を練るのだけれど。



「咲良、それはナンセンスですわ」


「…………っ!」



 いつの間にか西薗彩乃は私の後ろに回り込んで、私の首元に彼女の霊具である短刀を突きつけていた。



「二重起動も遅延起動も出来ないなら、無理な深追いはおやめなさいな。霊力の変換効率が落ちて、術の起動速度が落ちるだけですもの」



 私の技はこの女には完全に見切られている。

 まあ、それも当然と言えば当然。8人いる特級鬼闘師の中で一番経験が浅いと言っても、鬼闘師達の頂点に立つ8人の一角。いくら私が術者としての経験があるとは言っても、所詮私の祈祷師としての階級は一級。しかも、祈祷師と鬼闘師では霊術の発動回路がまったく異なるということを鑑みれば、私などただのド素人に等しい。


 結局それから2時間、私が彼女に触れることも出来なかったのは言うまでもない。





「はぁっ…………はぁっ…………!」


「今日はもう限界ですわね。」



 その言葉と共に、今日の私の修行は終了を告げられた。

 もう身体もほとんど動かない。肉体的にも精神的にも限界まで使いきった感じ。

 残念ながら心地よい疲労というわけでもなく、ただただ疲れ果てただけだ。



「それで咲良? わたくしに何か言うことが有るのではなくって?」


「は? 何かって何よ」



 嘘だ。本当は何を聞かれたのかわかっていたが、西薗彩乃の態度があまりにイラッと来たので、あえて惚けてやった。

 そんな私の態度を見透かしていたのか、彼女は浅く溜め息を吐くと、大の字になって床に寝転がされている私を見下ろす形で腰を落として。



「例の『幽霊が経営するカフェ』の調査の件ですわ。貴女が今日、早速出向いた事ぐらい知っていてよ」



 少し苛立ち混じりの口調でそう言った。

 私としては、最初からそう言ってくれれば…………素直に言うかは…………ちょっとわからないけれど……。でも、少なくとも反抗的な態度だけは改めるのに。

 あ。でもこの女、事有る毎に一哉兄ぃの悪口言うから、やっぱり嫌だ。


 そんな内心は横に置いておいて、確かに私には依頼主、または依頼主代理人にあたる彼女に、調査の報告をする義務がある。私は昼間の出来事を思い出しながら口を開いた。



「冗談に決まってるでしょ? ちょっとした冗談よ。それで例の件だけど――――」



 私は私が体感した事のありのままを彼女に話した。

 勿論、恋愛相談の事は省いてだけれども。

 西薗彩乃はそれをただ静かに聞いていて、私の話の最中に口を挟むことは無かった。そして話の全てが終わったとき、彼女は静かに口を開いた。



「わかりましたわ、咲良。報告ご苦労様です。確かに、貴女の話を聞く限りですと、今すぐ何か手を打たなければならないという訳でもなさそうですわね」


「ええ。だから、関西支部の祈祷師に連絡して――――」


「だけど」



 報告を終え、少し安心した私は、その監視を関西支部に引き継がせてて、自分は調査を終了すると言い出そうとした。だが、その言葉は西薗彩乃の強めの口調の言葉に阻まれて、最後まで紡がれることは無かった。



「貴女の報告では、実際に出ている行方不明者に説明が付きませんわ。貴女、何かわたくしに隠しているのではなくて?」



 私は答えに窮した。

 この女の言うとおり、確かに私は一部分を報告から意図的に外している。だけど、それがあの店を訪れた人が行方不明になっている原因と繋がっているなどとは、到底考えられなかった。

 彼女自身には悪意は欠片も無い。確証は何もなかったけれども、あの店主の女性と直接会話し、彼女が作った料理を口にし、短いながらも彼女と時間を共有した身として、直感的にそう感じたのだ。

 そしてその点は間違いなく、この女に伝えたはずだ。



「私は別に何も…………。それに、あの(ひと)からは何の悪意も感じなかった。ただ優しい気持ちと気まぐれな店主が作る料理があっただけよ」


「咲良。貴女、その店主に情が移っているのではなくて? 貴女は生きた人間ですわ。そしてその店主はあくまでも死人。死者と不必要に深く関わって身も心も滅ぼす祈祷師の事を知らないわけでは無いでしょうに。だから、霊に同情するのはおやめなさい。私達には私達の、彼等には彼等の道理がありますの。死者の道理に従うということは、それすなわち死者となることと同義ですわ」



 別にそんな事を改めて言われなくても、専門職である以上そんな事はわかりきっている。むしろ今まで「言波遣い」の能力を遮断してまで死者の声を遠ざけていた私が、その程度の事をわからない訳がない。

 ただ私は…………私は彼女のあの世界が、願わくば一日でも長く続いてほしいだけなのだ。


 私を見下ろす西薗彩乃はそんな私の心情を読み取ったのだろうか。明らかに顔に「仕方がありませんわね」といった言葉を浮かべて、また一つ溜め息を吐いた。



「今日の報告は聞かなかったことにいたしますわ。こちらに居る間だけでも構いません。もう一度調査して、貴女なりの結論をもう一度導き出しなさい。行方不明者が出ている件も含めて、その店が無害だということを証明して見せなさい。よくって、咲良?」



 私は西薗彩乃がそんな事を言い出すなんて欠片ほども思っていなかった。この女なら、嫌がる私を無理矢理脅してケリをつけさせる筈。そう思っていたのに。

 でも西薗彩乃は私にあの(ひと)が無害であることを証明して見せろと言ってきた。この女にそんか心の優しさがあるなんて、意外という他に無い。



「わかったわよ。調査は継続する。私なりの答え、出してみせるわ」


「期待していますわ」



 そう言う西薗彩乃の笑顔は、上品で気品に満ち溢れた令嬢そのもの笑顔。気がつけば、思わず私も絆されて、嫌味の混じらない純粋な笑顔を浮かべている。

 西薗彩乃は意外とイイ人かもしれない。私がそう認識を改めようと思った時だった。



「彩乃お嬢様、ちょっとよろしいでしょうか」



 修練場に入ってきて西薗彩乃を呼んだのは、豊かな毛髪が全て白髪になった老年の男性。年老いてはいるが、姿勢正しくツカツカと私達の方へと近づいてくる。



「何ですの、石動(いするぎ)。咲良の訓練中には入室を遠慮する様に言いつけていた筈ですわよ?」


「失礼いたしました、お嬢様。暫く音が鳴らなかったものですから、問題ないかと思っておりました」


「まあいいですわ。それで? 用件を言いなさい、石動」


「承知いたしました。それで、お嬢様。いつになったら、神童様の言伝てを北神様にお伝えなされるのでしょうか」



 は?

 今この人、神童って言った?



「あ…………。あぁ…………。そ、それは勿論…………っ! これから言うつもりだったに決まってますわ?!」


「左様でございましたか、これは大変失礼いたしました。忘れてなどいらっしゃらなかった事、この石動、大変安心いたしました」


「あ、あ、あ、当たり前ですわ…………っ! わたくしがそんな事を忘れるなんてあり得ませんわ!! 神童様が面倒だから放置していたなど、そんな事有る筈が無くってよ?!」



 何だろう。

 こんな焦った西薗彩乃は初めて見る。しかも、明らかにこの執事――――石動さんに遊ばれてる。

 それにしてもこの女、いくらなんでも言い訳がヘタクソ過ぎないだろうか。自分で面倒で放置している間に忘れていたと言っているのも同然だ。

 私にとっての西薗彩乃は、いつも一哉兄ぃの悪口を言う、いけすかない女なのだけれども、こんな一面もあるのかと、ある意味で感心していた。


 でも、それよりも何よりも。



「ねぇ、西薗彩乃…………?」


「な、何かしら、咲良」


「『神童様』って、あの神童秀正特級の事よね…………?」


「ま、まぁ、あの人しかいませんわね…………。って、咲良? ちょっと貴女、かわいい顔が台無しに―――――」


「誰のせいでそうなってると思ってるのよ?!」



 今はそう叫ばざるを得なかった。一言でも多くこの女に文句を言ってやらないと気が済まなかった。

 なぜなら。



「あんなめんどくさい変人の伝言、無視してたらもっとめんどくさくなるに決まってるじゃない?!」



 そう。

 特級鬼闘師・神童秀正はとにかくめんどくさい。謎の実力者として対策院内でもかなりの存在感を放っている彼だが、それ以上に変人として広く認知されている人物でもあるのだ。

 彼をそう、一言で表すのであれば「神出鬼没電波ストーカー系男子」。

 気がつけば背後に立っている事は日常茶飯事。意味がわからない事を平気で言うし、教えてないことまで知ってるし、たまに予言めいたセリフを言うし。

 とにかく私はそんな彼が大の苦手なのだ。



「ホントにもうっ! なんて事してくれたのよおぉーーーー!!」


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいな、咲良?」


「落ち着いてられる訳ないでしょう?! って、こんな事をしてる場合じゃないわ! 今すぐ連絡しないと…………っ!」



 私は何やら呆気に取られている西薗彩乃をほったらかして、修練場を出る。そしてそのまま、私に宛がわれた客間迄急いで戻って、ポーチに入れっぱなしになっているスマホを取り出した。



「着信1件、LINEの未読1件…………っ。嫌な予感しかしないわね…………」



 私は恐る恐るスマホのロックを解除して、LINEを起動する。

 もう何が待っているのか、正直わかりきっているのだけれど、そうじゃないという僅かな可能性に賭けたくなるものだ。現実逃避と言わないで欲しい。



「あぁ…………やっぱり…………」



 LINEの送り主の名前はやっぱりというか、必然というか「神童秀正」だった。

 そしてその内容は――――



『西薗さんに連絡をお願いしておいたのですが、中々返答を頂けないので、直接連絡させていただきました。あと6日で私は日本に帰ります。北神一級祈祷師、貴女が今調べている案件、私も個人的に興味がある案件ですので、これからの報告は西薗さんだけではなく、私にも上げてください。神童』



「最悪だぁ…………。あの神童さんに個人の連絡先知られちゃった…………。許さないんだから、西薗彩乃ぉ…………っ!」



 ちなみに電話の不在着信も神童さんだった。

 私はやっぱり西薗彩乃が嫌いだ。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第7話は4/13 22:00掲載です。

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