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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
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伍ノ夜 死者に恋愛相談ってどうなのかしら

作中の時系列が2018年なのは、本編である鬼闘神楽を未だに私がダラダラと書いているせいです。

 まるで見計らったかの様なタイミングで、すっかりと役目を果たした2枚の皿は引き下げられた。

 彼女はそれをシンクへと持っていくと、今度はどうも一周終えたらしいCDを変えるべく、オーディオへと近づいていく。彼女は次のBGMをどうするべきか少し考えた様だったけど、おもむろにCDラックへと手を伸ばすと、「アナと雪の女王2」と書かれたアルバムを手に取って、オーディオへと挿入、再生した。


 え、ちょっと待って。「アナと雪の女王」っていつの間に続編出たのよ。私そんなの知らないわよ。

 そう思った私は、スマホを取り出して調べようとしてみたのだけれど――――



「…………圏外?」



 残念ながらこのお店ではスマホは使えないらしい。

 だがそれ以上に気になったのは、日付が「2020/2/5 13:34」と表示されている事だった。このお店が何らかの異空間の様な場所に存在しているだろうという予想は付いていたのだけれど、スマホの日付表示すら狂わせるってどういう事なのだろう。

 そもそも2020年って2年も未来の話じゃない。


 私は首を傾げながら、機能を失ったも同然のスマホをポーチにしまう事にした。ゴシックドレスは基本的にポケットとか付いてないのが多いから、いくらお気に入りとはいえ、ちょっと不便だとは思っている。霊具の洋扇子は袖に隠してしまっておける様に改造してあるのだけれども。


 季節感溢れる、確かにアナ雪っぽい店内のBGM。それが丁度1曲目を流し終えたタイミングで私が店主の女性の方を向くと、タイミングを見計らったかの様に彼女は声をかけてきた。



「お客さん、食後の飲み物はどうしましょう? ちょっと洋酒みたいな香りのエチオピアコーヒーと、ワイルドストロベリーのティーパックがありますけど。あ、やっぱりお酒飲みたい感じなら、ブランデーとかでも…………」



 この女性(ひと)はバカなんだろうか。ついさっきビールを断った時の事をもう忘れているのだろうか。

 半分呆れた私はジト目で店主を睨むと。



「み、せ、い、ね、ん、だって言ってるでしょ。……コーヒーでお願いします」



 そう言ってやった。

 私の返事を聞いた彼女は、断られるのをまるでわかっていたかの様に、特に気にすることもなくコーヒー豆を挽きだした。

 なんというか、彼女は本当によくわからない。断られるのをわかっていて、それでも相手に提案するというのが、私にはわからなかった。

 元々、彼女は生前からそういった性格なのだろう。

 人によっては食えない奴と思うかとしれない。でも私は不思議と、そんな彼女の事を嫌いにはなれなかった。



 やがて店内に芳醇でいて、少しだけ果実を思わせる香りが店内に漂い始めた。彼女は最初に洋酒みたいな香りと言ったが、なるほど、確かにその通りかもしれない。

 私自身はお酒を飲んだ事がある訳じゃないが、一哉兄ぃがウィスキーを筆頭として洋酒全般が好きだから、馴染み自体はある。最近では一哉兄ぃと東雲結衣――――本当かどうかは別として、一哉兄ぃの幼馴染みらしい――――の晩酌にも付き合っているから、驚くような事でも無い。


 本当は私はコーヒーよりも紅茶派なのだが、店内に漂うこの香りは、珍しく私に「当たりだ」と告げている。早くも私はこのコーヒーを口にするのがが楽しみになっていた。

 そうして待つこと数分。店主は丁寧に丁寧にコーヒーを淹れると、それを2つのカップに注ぎ、片方を私の前に置く。そして、もう片方には何やらまたしてもお酒を垂らして、私から見て丁度カウンターの対面側にカップを置き、自分用の椅子を持ってくると、私の前に腰を落ち着けた。


 初めてまともにこの女性の顔を見る。

 最初に感じた通り、かなりの美人だ。ショートカットの黒髪、長い睫毛。中性的、を一歩手前で止めて女性らしさを残したままのボーイッシュさは高めの身長と相まって性別を問わずモテそうだ。

 私は身長が160cmに僅かに届かない位なのだが、私よりも背が高くてシュッとしている。ちょっと血色の悪い顔が気になるが、こういう女性には憧れる。

 まあ、ゴシックドレスは似合わなくなるでしょうけど――――



「ちなみに、貴女も未成年よね……。確認のつもりだけど」



 この時、私は調査云々を別として、個人的に彼女に興味を持っていたということは否定できない。別にそのまま静かにコーヒーを飲んで去るという選択肢もあったわけだけれども、なんとなく。ただなんとなく彼女と会話していたかった。

 まあ、それで出てくるセリフがコレというのは、些か私のコミュニケーション能力の不足を表しているのだけれども。


 そんな私の質問に、彼女は笑って答えた。



「そうですけど、法律は生きている人を縛って、守るためにあるものですから。ほら、僕、お分かりのとおりもう死んでるでしょ?」


「………貴女って、ポジティブな幽霊よね」



 さっきも思ったが、本当に自分の死に対して前向きな(ひと)だ。それでも輪廻転生の輪に戻らず、こんな異空間を形成してまで現世に残り続けているという事は、彼女にも何かしらの強い未練が有るということなのだけれど。そんな事はおくびにも出さない。


 ただ一つだけ思うのは、彼女の法律云々は絶対に言い訳だ。この人は絶対に生前から酒もタバコもやっている。死を迎えてから急にそんな嗜好に目覚めるわけがない。彼女の未練が何なのか私には全くわからないけれども、その点は祈祷師として断言できる。



「ブラックジョークです。ところでお客さん、当店オプションのお悩み相談、いりますか?」


「え、あ、私? お悩み相談はどうだろう………」



 そういえばそんな事が書いてあった。

 解決できるかどうかわからない、という免罪符を恥ずかしげもなく添えて、ホームページに書かれていたことを私は今更ながら思い出した。


 それにしても悩みか――――

 有る事には有る。私の大好きなあの人に関わる大きな大きな、でも他人からすれば大したことの無い悩みが。

 本当は彼の事を話すつもりなど無かった。でも、誰にも相談できない悩みを態々聞いてくれるというのだから、話してみる他は無いと、私は思ったのだ。



「そっち目当てじゃなかったんだけど、まあ、せっかくだし、聞いてもらおうかしら。ちっぽけな悩みなんだけど……」


「どうぞどうぞ」



 彼の事を両親と佐奈以外に話すのはこれが初めてだ。思わず浮き足立つ己の心を落ち着けるため、私はコーヒーを一口啜って、その芳醇な香りと苦味で鼻腔と口腔を満たした。



「……そのね、私、好きな人がいるの」


「ほうほう」


「その人は、私自身の中で、その人無しじゃ私自身が成り立たないくらいに、とても大きな位置を占めている。昔からずっとそう、それに、今でもそう」


「ちなみに、同僚さんですか? それとも、学校の同期?」


「前者よ。私より少しだけ年上。幼なじみで、昔から知ってる人なの」


「ああ、年上さんとの恋の話ですか……。それはどうだろう、僕がアドバイスできるかどうか、かなり微妙な線ですね」



 それに関しては別に期待していない。

 誰かに話して誰かが解決してくれる様な事でもないし、なんなら、私自身が決着を付けなければならない話なのだから。

 私は話を続ける。



「まあ別にいいわよ、ちょっと自分の気持ちの整理も込めて打ち明けてるだけだし。それで悩みっていうのは、そのね、私って自分で言うのもなんなんだけど、かなりその、素直じゃない方というか、なんというか…………」


「ツンデレってことですか?」


「……………貴方って、かなり端的に物事を表現するわよね。まあ、仮にそういうことだとしておきましょう。それでまあ、一応、自分らしくこの想いを彼に伝えようって、決心したんだけど……」


「なかなか素直になれないと」


「………………そういうことかもしれないわね」



 まあ、まさしくそうだ。

 結局私は5月以降、マトモにアプローチをかけられていない。彼との関係は修復されたし、昔以上に彼の家に居座ることも増えたのだけれども。だけど、肝心なところで私は照れてヘタレてしまうのだ。

 お陰で、彼との関係の進展は一切無い。


 一昨日はやり方を変えて、手料理で攻めてみようかと思ったけど、現役アイドルに邪魔されるわ、謹慎処分でショックを受けている一哉兄ぃに、結局ツンツンと罵倒の言葉を浴びせて怒らせてしまうわ、散々だった。


 まあ、常日頃感じてる事はぶつけてやったけど…………



「うーん、難しいですね。僕はまあこんな性格なんで、基本的にツンとかデレとかあんまり無いんですよね。たぶん、生前、好きな人の前でも、こんな感じだったんでしょう」



 私の話を聞き終えた彼女は、少しだけやるせない表情を見せてそういった。どこか後悔している様な、諦めているような。

 私の全くの勘違いかもしれないけど、そう感じたのだ。

 でもそれ以上に、彼女の類推系の台詞が気になった。



「好きな人がいたの?」


「……いた、と思います。とても大事な人が。そのあたりの記憶が、すっぽりと抜け落ちてるんです、僕の中から。だからまあ、その、僕から言えることはですね、お客さんには、貴女自身の素直な言葉で、頑張ってほしいなってことだけですね。人から聞いたり、アドバイスされた言葉じゃなくて、自分で考えたままの言葉で気持ちを伝えるのが、結局のところ一番いいんだって思いますよ。…………たぶん、僕は、死ぬ直前まで、そうしなかったんだと思います」


「…………それは覚えているの?」


「覚えていません。僕が誰だったかも、大切な人が誰だったかも。……だけど、だからこそ僕は、こうして死んでからも留まっているんでしょう」



 私は少しだけ彼女の事が理解できた。

 きっと彼女の記憶の欠落は後悔と優しさの証だ。彼女は死の間際ギリギリまで、大切な人に自分の気持ちを伝えられなかった事を後悔していたのだろう。だけど、それを死して盲執的に実行しようとするのは悪霊の類いのやる事だ。

 彼女はそうして自分の大切な人を傷つける事を何より恐れたのだ。

 だから、彼女の記憶は欠落している。別離への寂寥と、自分の気持ちを伝えられなかった後悔で自分を壊してしまわない様に。そして、壊れた自分が想い人を傷付けないように。



「この京都の、糺の森の奥に、店を構えて」



 だけどきっと、彼女は記憶を失ってなお諦めていない。自分の気持ちを、大切だった誰かに伝えることを。

 そうすることでしか、自分の未練を絶ち切れないと知っているから。



「ええ。そうしていれば、いつかまた逢えるかもしれないって、そう思ってますから。だからお客さん、生きてるうちにファイトですよ。恋と人生は短し、歩けよ乙女」


「…………貴方って本当に、不思議な幽霊だわ」



 そう言う私の口許は、自分でも気がつかない内に、笑みの形を取っていた。


 私はどうして忘れていたのだろう。気持ちを伝えると、自分で決めた筈だったのに。

 私の心は決まった。帰ったら伝えよう、私の気持ちを。


 例えそれが彼のトラウマを衝いてしまう事になってしまっても。

 それがあの時。3ヶ月前に【砕火】とかいう化け物と戦った時に、自分に誓った事なのだから。




 その後の事は特に特筆すべきも無い。

 私はコーヒーを最後までおいしく頂くと、ランチ営業は終了だと彼女の言葉に従い、代金を払って店を後にした。

 瀬見の小川を辿って、下鴨神社の入り口まで戻る。瀬見の小川のすぐ傍まで戻った時、周囲の様子が元に戻っているのはすぐにわかった。森の中とはいえ、蒸し暑い空気が私を包んだから。

 あの異空間から問題なく出られたというわけだ。

 スマホの時計を見ても、元の日付に戻っている。

 ついでに「アナと雪の女王」も調べたけど、やっぱり続編なんか出てなかった。



「それにしてはあのCDジャケット、明らかな公式感を漂わせていたけど。精巧なパチモンかしら」



 とりあえず、あまり気は進まなかったけれども、西薗彩乃に報告だけはしておかなくてはならない。当面、差し迫った脅威になることは、どう見てもなさそうだけれども。

 怪異の類はいつどこで、どのように悪意を持つか、だれにもわからないのだ。あの店主もいつか悪霊、そして怪魔になる運命(さだめ)にある事は変わらない。



「……黄泉竈食(よもつへぐい)、か………………」



 私はひとりで、小さく呟いた。

 その言葉は、糺の森の穏やかな木漏れ日の光に紛れて、誰にも届かずに消えていった。



 だけどこの時、私は考えてもいなかった。

 あの店がそう遠くない未来、今ある形を失ってしまうという事を。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第6話は4/11 22:00掲載です。

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