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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
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肆ノ夜 生者と死者を繋ぐのはモツ入りの焼きそば

店主さんが作る料理の内のいくつかは私の友人が考えたものです

「お客さん、ニラとか牛もつとかにがてじゃないです?」



 このお店に早々に見切りをつけ始めた私にかけられた言葉はその一言だった。



「食べれるわよ」


「ニラは美容にいいんで大量に入れときますね。ところでお客さん、アイドルじゃないとしたら、普通の学生さんですか?」



 何なのだろうか。この店主は。やたらと私をアイドルにしたがる。もしかして本当にそう思ってくれているのか。もしもそうだとしたら、少しうれしい。

 そんな彼女の人柄に惹かれたのかどうかはわからないが、私は気が付けば全く必要も無いのに、彼女の質問に正直に答えていた。



「普通の学生もやってるけど……まあ、その、ちゃんと働いてもいるわ」


「ほうほう。どんなどんな?」


「……祈祷師、やってます」



 私はこの答えを返す前に一瞬逡巡した。

 対策院の事はむやみやたらに口に出すべき事では無いのだ。

 怪魔達と闘う鬼闘師と違って、祈祷師は然程秘匿されるべき存在でない。だからと言って、言いふらしていい様な事でもないし、そもそも対策院は非公式の国家組織なのであるから、その点を話すわけにもいかない。


 だが、彼女の問いに正直に答える道を私は選択した。

 「祈祷師」といっても、どうせ世間一般に流布している一般の神主や巫女が行うあっちの方を想像するだろうし、あれと一緒にされたくないにしても、多少違う位の話で終わらしておけば大きな問題は無い。

 そしてそれ以上に彼女は霊体だ。

 怪魔ならまだしも、彼女になら正体を明かしてもそれほど問題にならない。

 ほとんど予感の様なものだったが、私はその天啓に身を任せる事にした。



「え、祈祷師ってあの、ふぁさーーーってなんか白い紙ついた棒振って、お祓いとかしたりするアレですか? どうりでお客さん、霊感強そうだと思ってたんですよ」



 確かに"入り口"は霊力の高い人間にしかわからないが、随分彼女の感想は雑だなと感じる。



「………いや、ちょっと違うけど、まあそれの亜種というか、そんな感じなの」


「ああ、ゴシックドレスですもんね。最近は洋風の祈祷師さんもいるんですね……。ほら、僕、幽霊ですから、ちょっと世俗に疎くって」


「……………まあ、そういうことでいいわ」



 ほら。やっぱりいい感じに誤解してくれた。

 彼女自身が自分の事をどう自覚しているかは現時点でわからないので置いておくとして、いくら彼女自身が霊だからといって、悪霊や怪魔の事をそうそう知っているとも思えない。

 そもそも対策院の事を知らない人が、私達祈祷師の仕事を正しく理解している訳もないのだけれど。


 それにしても、さっきから彼女と会話しながら彼女の調理の様子を伺っていたが、相当に手慣れている様に見える。

 彼女はモツとニラをある程度炒めると、調味料棚に置いてあったカレー粉を振りかけた。そして、焼きそば取り出すと、フライパンに投入し、お酒を振りかけて麺をほぐしていく。

 そしてその合間に、小さいフライパンに油を引いて、今度は目玉焼きの準備をし始めた。


 南条家ではなぜか料理が上手い人間ばかりが集まっているので、驚きこそ少ないが、それでも私よりは間違いなく料理し慣れているだろう。

 見てすぐにわかる話だ。


 彼女は生前料理人だったのだろうか。それとも、料理人の卵?

 どんな人生を歩み、どんな人と交わり、どんな事を感じて、なぜこの若さで死ななければならなかったのだろうか。

 普段なら全く気にならない筈の事が、今は気になって仕方がない。疑問は尽きなかったのだが、結局私の口から出てきたのはとても凡庸な言葉。



「店主さん、まだ若いのに手際いいわね」


「どうも。生きてるうちはこんなに早く出来なかったんですけど。なんか幽霊になってから体が軽くなったみたいで……。魂抜けたせいですかね?」



 店主に投げかけた言葉が、予想外の言葉となって帰って来た。

 流石に自分が死んいると思ってない類の霊ではないとは思っていたが、こうもあっさりと自分を霊だと認めてしまえるとは。

 そして彼女自身、死んでしまっている事に些かの迷いも見えない。

 むしろ前向きに捉えているとすら思えた。

 私が今まで接してきた霊達は皆、悲嘆と呪詛に塗れた言葉を吐き続けてきたというのに――――

 祈祷師達が普段から彼女の様な霊を相手にできればいいとすら思う。



「……………貴方みたいな幽霊、見たことないわよ私も………」


「褒め言葉と受け取っておきましょう。あ、もうできますよ」



 そう言うと、彼女は極めて手際よく盛り付けを始める。

 使っているソースは焼きそばに付属している明らかな安物の粉ソース。だが、空腹がスパイスとなっているのか、今日この瞬間においては、どんな高級ソースよりも芳しい香りがすると思った。


 そうして差し出された焼きそばを私は眺める。

 少し深めの平皿に盛り付けられた焼きそばには、半熟で両面焼いた目玉焼きが乗せられており、脇にはちょっとした味変用の柚子胡椒。

 正直に言うと、私は少し驚いていた。

 明らかに材料的には大したものを使っていないというのに、妙に食欲をそそられる見た目と香り。

 そして私の前に、追加で4つ切りのトマトとレタスの小さなサラダが並べられる。

 最後に白い塩入れが置かれて。



「はいどうぞ。味はついてますけど、お好みで七味かけてください。」



 彼女は本日のランチの完成を告げた。

 塩入れの中身はどうやら七味らしい。



「ありがとう。いただきます。」



 私のその言葉を聞いた彼女は、冷蔵庫から何やら英語が大量に書かれた缶を取り出した。

 どうも外国のビールらしい。私の食事に合わせて自分も飲み気なのだろう。

 それもそうか。ここはバースタイルの店でもあるのだから。


 その姿を横目に見ながら、私は置かれた箸を取る。

 箸を取った私は一瞬だけ、食べるのをためらった。それはある言葉が私の脳裏に過ったからだが。

 だが私はそれをすぐに振り払う。元々私は調査に来たのだから、これを食べないと話は始まらない。そして何より、私はお腹がすいているのだ。

 万が一の時の為に、念のために元から施していた霊的防御に、追加で自分自身に密かに霊的防護の加護をかけて安全を確保しながら、私は右手に持った箸を焼きそばへと降ろしていく。


 そして一口。ついに幽霊に作ってもらった料理を口にした。

 するとたちまち、仄かに香るカレーとソースの香ばしい香りが私の鼻腔を満たした。

 私の口から、思わず言葉が飛び出る。



「…………おいしい」



 飾り無しに本当においしかった。

 昨日西薗彩乃に連れて行かれた高級料亭の懐石料理も非常においしかったが、これもこれで別ベクトルのおいしさだ。

 たった一口。たった一口で私のこの料理に対する、そして店主の女性に対する印象はガラリと変えられてしまったのだ。

 そして迷う事無く二口目を口に運ぶ。



「うんっ、おいしいわよこれ。ちょっとしたカレー味もよく聞いてるし、柚子胡椒と七味のおかげで、牛モツのクセと脂っこさが抑えられて……Cuoco della fiammaのイタリア料理とはまた系統が違うけど、これはこれでかなり……」



 気が付けば私はちょっとした食レポをしていた。

 それも無意識に一哉兄ぃとの初デートで連れて行ってもらったお店の料理と比較して。

 比較対象がアレな気もするし、正直、想い入れの強さで言えば全然比較にもならないのだが、それでも比較対象に出したくなる程に衝撃的だったのだ。

 食材の安価さに味を左右されない様は、まさに「弘法筆を選ばず」と言ったところだろうか。ちょっと違う気もするけど。



「お褒めいただいてありがとう。イタリアンと比べられたらさすがに勝負にならないですけど、普通の焼きそばでも頑張れば案外美味しくできるんですよ。」


「ちなみに、お皿が全部ウエッジウッドなのは、店主さんの好みなのかしら?」


「そうです。なんかこう、イギリスっぽくていいでしょ?」


「………まあ、そうかもしれないわね……。お料理は確かに美味しいし」



 気が付けば、私はすっかり彼女との会話に引き込まれていた。


 正直に言って私は友達が少ない。

 昔の事を少しだけ引き摺っていて、いまだに少しだけ対人恐怖症気味な所もある。

 加えて、仲の良い人以外には基本的に冷たい態度を取ってしまうのだ。

 これは私自身が幼馴染である一哉兄ぃと佐奈だけいれば良いと思ってきた事もあるし、一哉兄ぃとすれ違いで険悪な仲になっていた頃は佐奈以外の誰もを寄せ付けるつもりが無かった事もある。というより、今でも多少は二人さえ居てくれればそれでいいかな、などと少し思っていたりする。


 今や私は学園では「孤高の女王」だの、「冷徹な女狐」だの散々な渾名を付けられてしまっている事もあり、今更学園で友達を作ろうという気など更々ない。

 だけど不思議な事に、ほとんど同世代だと思われる彼女には、初対面だったのにも関わらず普通に喋れている。こんな事は滅多にない事だった。



「あ、お客さん、ビールとか飲みます? かなり合いますよ」


「…………未成年だから、遠慮しておくわ。」


「そうですか。この前のお客さんといい、みんな意外とガード固いんですね」



 彼女は自分と同じ時間を私に共有してほしかったのだろうか。その答えはわからないが、彼女はビールの缶を手に取ると私勧めてきた。

 私は普通に未成年故に断ったのだが、帰ってきた答えは驚きの答えだ。ガードが固いとかそういう話じゃないと思う。

 そもそもの問題として、未成年っぽいのにどうしてそんなにもビールを飲みなれているのだろう。

 この人は本当に不思議がいっぱいだ。


 そしてそんな私の答えに気を悪くしたのかどうかは定かではないが、ビールをもう一口飲むと、そんな状態でも彼女は私に気を遣ってキッチンの換気扇の下でタバコを吸い始めた。

 私はかなりの嫌煙家だったので、この気遣いは普通に嬉しかった。でもそれよりもツッコむべきは――――彼女はなぜタバコを吸っているのだろう。どう見ても彼女は未成年なのに。お酒然りだけど。

 そしてもう一つ。

 幽霊もお酒を飲んで煙草を吸うんだ、という事をボンヤリと考えながら私は箸を進めていく。

 そうやって箸を進めていく間、一つの疑問が私の中で浮かんだ。



「ホームページには京風って書いてあったわ。……どのあたりが京風なのかしら」



 ついでに言うと『異世界』の意味も全くわからない。

 この焼きそばは間違いなくおいしい。それはもはや疑いようも無い事。

 だけど、これだけはわからない。何が異世界で、何が京風なのかと。この女性(ひと)は一体何を思って店の肩書を「異世界京料理カフェ&バー」にしたのだろうか。

 箸を進める間、その疑問が頭から離れる事は全く無かった。


 そしてやがて、それなりにボリュームのあった筈のランチはあっという間に無くなる。気が付けば、2枚の皿の上には何一つとして食べられるものは残っていなかった。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第5話は4/9 22:00掲載です。

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