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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
3/18

参ノ夜 気が付いたら季節が反転してた

今回のキーキャラクターとなる「店主さん」との出会いの回です

 ■異世界京料理カフェ&バー NOIR

 ランチ(京風)…11:00〜14:00

 バー(京風)…19:00〜23:00

 おひとりさま限定、1日1組

 定休日…気分次第

 住所…京都市左京区下鴨泉川59

 糺の森の中の、瀬見の小川をたどっていった先、古い榊の木の近くにあります。

 おなやみごと相談乗ります(解決できるかは分かりません)。



 私の目の前には、ホームページで見た文言が、チョークで一言一句違わず黒板タイプの立て看板に書かれている。



「元々、存在しないっていう想定はしていなかったけれども…………。だけど、いざ目の前にすると『来てしまった』って気分ね」



 "入口"を"正しい手順を踏んで"通れば、この店に辿り着く。

 それはあの気の流れを読む事ができる人間であれば、誰だって理解できる事だ。

 だがそれでも、辿り着けないとされる場所に辿り着いた事に、一種の達成感を感じる事はさして不思議な事では無い筈だ。



「いいお店…………ね」



 私は思わずそう呟いていた。

 それほどまでにこのカフェは私の趣味嗜好に合致していたのだ。

 森の奥にある、気の優しさを感じられるカフェ。

 内装こそホームページで見たが、実際に入ってみるとどうだろうか。客のスタイルに合わせて変えられるというメニューはどうなのだろうか。

 私の興味はもはや、調査の事よりもそちらの方に大半が遷移していた。

 丁度本当にお腹がすいてきたところだ。

 時間は――――――12時48分。

 まだランチタイムはやっている筈。

 だが、定員は1名。既に誰かが客として入っている可能性も十分に考えられる。

 西薗彩乃への報告の必要性もあるから、最悪調査だけするというのもアリだが、せっかく来たのだ。その『異世界京料理』なる物を食べてみたい。

 意を決して店の扉を開ける。



「…………あのー、まだランチいけますか?」



 私の口から飛び出してきたのはそんなありきたりなセリフだった。

 自分でも、もう少し何か良い言い回しはなかったのかしら、と思うのだけれども、もう言ってしまったものは仕方がない。


 そして私はそのセリフを言った直後に面食らってしまう事になる。

 なんと扉を開けたそのすぐ先、つまり目の前に居たのだ。恐らく店主と思われる女性が。

 そしてその女性は――――――紛れも無い霊だった。


 彼女自身も少し面食らっていたのだろうか。ほんの少しだけ唖然とした表情を見せていたが、次の瞬間にはもう穏やかな笑顔を浮かべていた。



「あ、全然大丈夫ですよ。どうぞどうぞ。」



 顔立ちは私と同じぐらいで、若すぎず、かといって大人でもない――――――高校生ぐらいだろうか。

 ショートカットの黒髪が印象的な、ボーイッシュな人だ。そして結構な美人。

 私は彼女に案内されるがままに席に通される。


 既にホームページで見ていた光景ではあったが、店内は木造の内装で、席はたったの1つ。

 それもバー形式の対面カウンターだ。定員1名の時点でわかりきっていた事だが、この店では食事とお酒と音楽を楽しみながら、店主と語らう。そういったお店なのだろう。

 店内のグラスやテーブル、調度品の類は店主のこだわりなのか、少し独特なデザインの物が揃えてあって、そのどれもが使い込まれながらも、だが不潔さを一切感じさせない程に隅々までメンテナンスされている。

 きっと。いや、間違いなく一哉兄ぃなら好むタイプの店だ。そしてそれは、この私もそう。



 私は感心しながら店内内装を眺めながらも、また別の事を考えていた。

 この店は異常だ――――と。


 まず一つ目が、昨日の女将さんの話通り、店内はこの蒸し暑過ぎる京都の夏には不要に思えるストーブが焚かれている事。

 その訳は、店に入ってドアを閉めた瞬間にわかった。どういう理屈かはわからないが、ドアを開けた瞬間、ドアの向こう側の気温が急激に変わったのだ。もちろん、刺すような冬の寒さに。

 私が考えていた、質の悪い霊術という線も無い。

 霊的現象により引き起こされた事象を無に帰す『除魔の舞』を発動させても、何も起きなかった事から、「この場所は本当に存在して、しかもその季節は冬」という信じがたい事実を認めざるを得なかったのだから。


 そして二つ目。

 それは、普通にこの女性の霊と普通に会話できているという事。

 声を伝えるには、空気を振動させなければならない。それを達成する器官は言わずもがな喉であるわけだが、霊体には肉体としての喉など存在する筈がない。

 私は『言波遣(ことばづか)い』と呼ばれる、霊体の思念波を感知・解析し、理解できる特殊体質の持ち主であるから、確かに霊と会話する事自体は今までもやった事がある。

 それは現世に留まるべきでない存在と魂と魂で触れ合う行為に等しく、著しく精神を摩耗する行為でしかない。だから私は、普段はその回路を意図的に遮断している。

 しかし、この女性との会話は普通に会話できているし、死者と会話する時のあの独特な疲弊感も一切感じない。

 間違いなく魂を触れ合わせる事無く、普通の人間と何ら変わらない方法で。口と耳で会話しているのだ。


 そして三つ目。

 先の話にもつながるが、どうやらこの女性は肉体、あるいはそれに類するモノを得ている様なのだ。だからこそ生者である私と普通に会話できているし、彼女は店を持ち、ホームページを持っているのだ。

 一瞬私の脳裏に「魔人」という単語が浮かんだが、そんな訳が無いとすぐにその可能性を消し去った。

 私が1か月前に遭遇した「魔人」なる存在は、人の形を保っていても、その本質は怪魔と何ら変わらない陰の気の塊だった。

 だけど、目の前の彼女から感じるのは穏やかな陽の気。

 私に何か害をなそうとしているとは到底感じられない。



 そんな事を思いながら相変わらず店内を見回す私に、彼女は声をかけた。



「お客さん、もしかしてアイドルとかやってます?」


「え、いや違うわよ!? ぜんっっっぜん違う、アイドルだなんてそんな……」



 彼女が最初に話しかけてきた言葉が、店内をジロジロと見渡す私に対する苦言でも、いつまで経ってもメニューを探そうともしない私に対する督促でなかった事に驚いた。そして、口にした言葉の内容にも。


 私は少しだけ自分の顔が熱くなるのを感じた。

 正直私はそこそこ容姿に自信があるが、暗に自分の容姿を褒められて嬉しくない訳が無い。

 これがどこぞの小汚い男だったら反吐が出るところだが、私と同じ年代の女の子、それも美人から言われると照れる。

 もっともこれが意中の相手――――一哉兄ぃから言われたのだとすれば、照れ過ぎた挙句に暴言を吐いて逃げ出してしまいそうだけれども。


 だけど彼女の褒め殺しにはまだ続きがあった。



「え、ほんとですか? いやあ、お客さんスタイルいいし可愛いし、服も綺麗だし、本当に欅坂とか乃木坂のメンバーかとばっかり……」


「ほほほ褒めても何も出ないわよ…………っ!?」



 あぁ、もう駄目だ。多分彼女はお世辞で私にそんな事を言っているのだと思うけど、そんな事を言われてしまえば、嬉しさに顔がにやけてしまう。本当は好きな人にそんな事を言われてみたいものだけど、あまり高望みはしない。なにしろ相手はあの一哉兄ぃだし。

 でも、訳あって褒められ慣れてない私には、例え女の子からの誉め言葉であっても照れてしまうという事は回避できなかった。


 もう顔が熱くてたまらない。

 私は彼女の話題を何とか逸らそうと、メニューをお願いする事にした。



「もう、からかわないで早くメニュー下さい……」



 店主の女性は私がワタワタとしている間に、カウンター奥にあるオーディオからCDを取り換えていた。


 さっき店内を見た感じだと、どこにもメニューは無かった。いくらお客さんのスタイルに合わせて料理が出てくるといっても、メニュー位あるだろう。

 そう思って言ったのだが。



「すみません、うちメニュー無いんですよ。お客さんと僕の気分次第で何作るか決めようと思います」



 と、返されてしまった。

 確かに噂通り客のスタイルに合わせて料理を変えているらしい。

 だいぶいい加減な営業スタイルだな、と私は思う。

 しかも、「僕の気分」って。それが本当だとしたら、彼女はきっと客商売には向いてない。

 どこからどう見ても趣味・道楽でやっているこのお店でなければ、彼女はやっていけないだろう。

 私自身も人との付き合いはそれほど得意な方でないから、あまり人の事は言えないが、それでも私はそう強く思わざるを得なかったのだ。


 そこで丁度店内のBGMが、彼女がさっき変えた

 流れてくる曲は――――――聞いた事が無い。だが、どう聞いてもアイドルソングだ。

 まさかとは思うけど……。

 さっきの彼女の言葉、それそのままBGMに反映されているのかしら。

 だとすれば、彼女はこのまま私をちょっとだけおちょくって、このランチタイムを過ごすつもりなのだ。

 ちょっと意地が悪いと思うのは私だけだろうか。


 少しの間だけ黙っていた私だが、彼女が明らかに私の言葉待ちの態度である事から、正直な自分の言葉を彼女に伝えてみる事にする。

 そう思い立った頃には、局は伴奏を終わり、イントロに差し掛かっている。



「気分……お腹はけっこう空いてるけど……」


「じゃあ焼きそばでいいです?」


「別にいいけど、どうしてまた焼きそば?」


「ちょうどあと1玉余ってて。マルちゃん焼きそばですけど、それならかなりすぐに出せますよ。僕もさっき食べてましたし」



 ここまで話していて、正直、私は彼女の事が意味がわからないと感じていた。

 このお店の肩書『異世界京料理』もそうだが、彼女自身が相当な変わり者では無いかと。

 普通、マルちゃん焼きそばとか言ってしまうだろうか?

 私が店主だったら、そんな事は絶対に言わない。まあ、店主になる気も無いのだけれど。



「じゃあ、お願いするわ」



 正直、提案されたメニューに納得していた訳では無い。

 だが彼女が霊である事、そして私がその調査に来た事を今更ながらに思い出して、それで妥協する事にしたのだ。

 もうこの際『異世界京料理』とやらには期待せず、調査だけできれば良いと。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第4話は4/7 22:00掲載です。

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