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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
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弐ノ夜 京料理ってそもそも何よ? 

京料理って本当に何なんでしょう。

調べてもよくわかりません。

 女将さんは友人が行方不明になっていると言った。

 だとすれば、やはり黄泉竈食(よもつへぐい)の類という事か。あるいは神隠し。

 そんなものは迷信だと簡単に切り捨てられる現代社会(この世の中)だが、私達祈祷師にとってはありふれた、とまではいかないにしても、そこそこ馴染みのある言葉である。


 失踪だの蒸発だの、それほど珍しい言葉でもなくなったこの頃だが、その中の20件に1件ぐらいは大体質の悪い悪霊の類の仕業である。

 そんな事が何故わかるのかと言うと、そうやって消えた人を探す――――――のではなく、その元凶に対処するのも私の仕事の一つだからだ。



「行方不明…………ですか。一応聞いておきますけど、その消えた人、自らの意志で消えたわけではないのですわね?」


「友人の話によれば、その人は他の人から好かれ、借金も無く、消える理由が見当たらんと」



 私の予感が正しければ、次の展開はもう決まっている。

 どうせ女将さんはこの後西薗彩乃にこう言うのだ。

 「その店を調査してほしい」と。


 詳しくはわからないが、西薗彩乃とこの女将さんはどうやらただの知り合いではないらしい。そんなところまで私は詮索するつもりは無いが、では何が言いたいのかというと、この女将さんは対策院の事を知っているらしい。あくまでその情報は、西薗彩乃がそういう仕事に就いているといった程度のものらしいが、そもそも西薗彩乃がこの店を選んだのも、やけに女将さんが私達の座敷に居付くのはそういった意味があるからに違いない。



「そこで彩乃お嬢様にはお願いが――――――」


「皆まで言う必要はなくてよ。話の内容はわかりましたわ。その店、わたくしたちでお調べいたしますわ。ただし、その行方不明の方の安否に関しては期待しないでくださいませ」


「ホンマにいつもおおきに、彩乃お嬢様。今日のお代もサービスしとくさかい」



 女将さんはその一言を言うと、私に再び柔らかな笑顔を向けて座敷を去っていった。

 さて。私の予想では、ここからが本番。

 本当に予想通り過ぎて嫌になる。このままでは面倒な事は全部私に押し付けられるのが目に見えているのだ。



「さて、咲良。貴女、話は聞いていましたわね?」


「何の話よ」



 私はせめてもの抵抗でとぼけてみる。こんな依頼私が受ける必要も無いし、聞かなかった事にしておけばいい。

 そうは思うのだが。やはり、そんなものが目の前のこの女に通じる訳も無かった。



「嘘はいけませんわ、咲良。貴女が途中で私達の会話を聞いてタメ息を吐いてのは気づいていますわ。」



 頬杖をつきながら、いたずらっぽく笑う西薗彩乃。

 イラッとしたのは、目敏く溜息の事を指摘されたからだけではない。。



「嫌よ。私そんな事するために態々こっちまで来たんじゃないんだから」


「『幽霊が経営するカフェ』なんて祈祷師にぴったりの案件でなくて? そうとは言わずに、人助けだと思って力を貸してくださいな」


「絶対嫌よ! アンタ、この案件私に丸投げする気満々じゃない!!」


「それはそうですわ。わたくし、祈祷師の案件に関しては門外漢もいいところですもの」


「開き直ってるんじゃないわよ――――っ! とにかく私は嫌だから。そんなの関西支局の連中にでも任せておけば良い事じゃない」



 西薗彩乃は予想通り、この京都に出回る噂の店を調査させようとしてきた。

 正直言って面倒な事この上ない。

 そもそもこれが霊の仕業かどうかなどハッキリしないのだ。そのお店はホームページすらあるわけだから、普通に人間がやっているお店に決まっている。大方、店主が人を寄せ付けたくなくて意図的にそういった噂を流布しているのだ。

 こういった街では珍しいが、田舎町の曰く付きの場所というのは総じてこういったパターンが多い。


 私が気乗りしないのはそれだけが理由じゃない。

 私がここまで態々来た理由は、この目の前のいけ好かない女に鬼闘師の技を教えてもらう為。しかも、この女は最初名古屋に呼び出してきたクセに、私が着くなり京都まで拉致したのだ。この女に修業を付けてもらうのでなければ、とっくに東京に帰っているところだ。


 そしてこの点は――――――今の私の最大の弱点でもあった。



「そうですか、それは残念。それじゃあ、貴女に明日から教えてあげる事は何もありませんわ」


「はぁ?! ちょっと何ふざけてんのよ!」


「確かにわたくしは貴女から、貴女の家に伝わる書物を見せていただく権限を交換条件として出して頂きましたわ。でもわたくし、言ってしまえばその書庫を見れなくても大して困る事なんかありませんの。」


「ぐぅ…………っ」


「だってそうでしょう? 貴女の家の書物は確かに貴重かもしれませんが、別にそれを見なければどうこうできない、といった事は何一つ有りませんもの」



 西薗彩乃はあたかも当然の事と言わんばかりの澄まし顔だ。

 そもそも「北神神社に秘蔵されている古文書の全ての閲覧権を与える」という交換条件自体この女が出して来たもの。私が出したわけじゃない。

 この交換条件を成立させるのに、私がお父様とお母様に何回頭を下げたと思っているのか。

 そう憤る私の気持ちをわかってか、わからずか、しばらくすると西薗彩乃は厭味ったらしい笑みを浮かべて私の顔を眺めてくる。



「じゃ…………じゃあ、なんで私の取引を受けてくれたのよ」


「それは勿論、貴女を気に入っているからですわ。例えそれが、最終的に謹慎処分なんか喰らう間抜けな男の為になるとわかっていても」


「謹慎処分…………? 間抜け…………?」



 この女は何を言っているのだろう。

 どうせ一哉兄ぃの事を言っているのだろうけど、それにしても謹慎処分って――――



「あら、咲良。貴女何も聞かされてませんの? 南条一哉は不適切な下級構成員処分の咎で2週間の謹慎処分中ですわ。つまり今のあの男は鬼闘師でもなんでもない、霊力の高いだけの人間。まったく、いい気味ですわ」



 何…………それ。

 私、そんなの聞いてない。

 だったら、昨日珍しく一哉兄ぃが怒ったのって、落ち込んでたから?


 私は、昨日の別れ際に喧嘩することとなってしまった原因が、自分にあると知って頭が痛くなる。私自身、彼にそっけない態度を取られて少しイラついていたのもあるが――――というか、彼が彼の妹の友達に抱きつかれていたのを見て、だいぶイラついてしまったからなのだが。

 それでも私の昨日の態度を思い返せば、彼の傷口に塩を塗り込む行為だったであろう事は間違いがない。


 それにしても、彼が謹慎処分を喰らうとはどういう事なのか。

 対策院で謹慎処分が下される事など、しかもそれが最上級である特級鬼闘師に下されるなどという事は、普通ではあり得ない。



「その様子ですと、本当に何も聞かされていないようですわね。貴女、あの男に愛想尽かされたのでなくて?」


「な……っ! そんな訳無いじゃない!! 一哉兄ぃがそんな…………っ!」



 嘘だ。正直物凄く焦っている。

 昨日の事が切欠で、半年前までの険悪な関係に戻ったら私は泣く。というか死ぬ。


 私の内心など、この女には容易く見抜かれているのだろう。心底楽しそうな笑みを浮かべている。



「まあ、という訳ですので、受けていただけますわね? 心配しなくても大丈夫。あの男に見放されても、わたくしが貴女の事、可愛がってあげますから♪」



 本当はこの女の言いなりになるのは心底嫌だ。

 ついでに、面倒も見てほしくない。

 だが、彼女の機嫌を損ねて、鬼闘師の技を学ぶ事が出来なくなるのも、それはそれで困る。何しろ、私が名実ともに一哉兄ぃの隣に立つ為には、もうこれしかないのだから――――



「わかったわよ…………。やればいいんでしょ、やれば!!」


「ふふふ…………。期待していますわ、咲良」





 私は賀茂大橋の上でもう一度盛大に溜め息を吐いた。

 今も西薗彩乃のあの脅しには全く納得していないが、かといって祈祷師として一度請け負った仕事を放り出すのは不本意だ。



「まず京料理自体の定義がよくわからないのに、『異世界』って何よ? 酔狂か何か?」



 私は再びスマホの画面に映る、調査対象の店「NOIR」のホームページに視線を落としてそう呟いた。こういう謎かけみたいなのは正直好きじゃない。

 店主にはそのような意図は無いのかもしれないが。


 だがホームページを見ているうちに、そんな私の気持ちはだんだんと傾いてきた。

 写真で見る限り、店内は木の内装が素敵な小洒落たカフェだ。

 私の趣味に合いそうなお店の雰囲気と、意味不明なお店の肩書。それらの組合わさりが妙に気になって、だんだんと「見に行くぐらいなら良いか」という気分になってくる。



「まあ、ちょうどお腹すいてるし、ご飯ついでに調査ということでいいでしょ」



 私はめんどくさがる自分自身に渇を入れた。

 これ以上このバカみたいに暑い場所に居続ける意味も無いわけであるし。


 そう思ってこの場を離れようとしたのだが。

 さっきまでは感じなかった、私の事をジロジロと視る視線を幾つか感じる。私は嫌な予感がして、慌てて振り返った。

 そこには。



「おい、あの娘めっちゃ可愛くね?!」


「どっかのアイドルか?」


「いや、見た感じ一人だし…………レイヤー?」



 何人かの大学生らしき男達が私に向かって無遠慮に厭らしい視線を送ってきていた。

 街に出ると、何人かに一人は絶対に私の事をそういう目で視るやつが居るのだ。本当に気持ち悪い。

 生理的な嫌悪感を感じるその視線から逃れる為、そしてそれ以上に、彼らの話の内容からその原因が何かをすぐに察した私は、直ちにその場を後にした。



「しまった…………っ! 仕事だからって当然の様に着てたけど、よく考えたらこの格好で昼に外出るの何年ぶりよ?!」



 鬼闘師や祈祷師は緻密に霊力を制御し、この世ならざる者、この世の理から外れた者と闘う。その為には精神をより平静に保ち、波風立たぬ心で霊術を構築しなければならない。

 服装はその為には重要なファクターの一つで、対策院からは戦闘用の服はそれぞれ各個人の自由とされている。


 例えば、一哉兄ぃは黒い上着と黒いパンツスタイルに白いワイシャツ。彼の妹の佐奈は私達が通う美星女学園の指定セーラー服。あと最近知ったところで言うと、特級鬼闘師の神坂美麻さんはやたらと露出度の高い服、といった具合だ。

 そして私の戦闘服はというと。

 実はゴシックドレス――――いわゆるゴスロリ服だ。

 3年前、祈祷師に任官されたばかりの頃、仕事着として何をチョイスするか迷っていたときに道端ですれ違ったお姉さんが来ていたゴスロリ服に一目惚れして、決めてしまったのがそもそもの始まり。


 私はこの格好が好きだし、一哉兄ぃにもかわいいと言ってもらえたのだから、別にこの服を嫌々着ている訳ではないのだが。それでも、私も真っ昼間からこんな格好で出歩くのは流石に恥ずかしいし、それが変な事だという事もわかっている。だが、ゴシックドレスを着るのが基本夜だったから、そんな単純な事も忘れていたのである。


 真っ昼間から、それも真夏の真っ昼間に橋の上で黄昏るゴスロリ服の女。そんな女が奇異な目で見られない訳がない。

 だから、あまりの恥ずかしさに私がその場を立ち去る速度は、絶対に過去最速だったに違いない。





 そうして逃げるように橋を去り、私が辿り着いたのは下鴨神社への参道。さっきの賀茂大橋からはかなり近いのだが、私の息は既に上がりきってしまっている。

 あまり高くないとはいえ、ヒールで全力疾走すればそうなるのも当然だけど。



「はぁ…………はぁ…………。それじゃ…………サクッと見つけに…………行きましょう」



 それにしても、糺の森は原生林だと聞いていたから、新宿御苑の原生林のような、都会に現れた森というイメージでいたのだが、案外そういった感じは無い。

 建物が幾つかチラホラと見えるし、なんなら参道は観光客でいっぱいだ。観光客という話で言えば新宿御苑も同じようなものだけれども。

 だが、確かにこんな場所にあるカフェが見つからない、辿り着けないというのも変な話だ。


 私はホームページの言うとおりに、ついでに昨日の女将さんの話を思い出しながら瀬見の小川沿いの参道を北上していく。

 最初は気乗りしなかったものだが、何だかんだ言って参道の散策を楽しんでいる自分がいた。

 瀬見の小川はかつては枯川だったらしいが、今はそんな過去の事など思わせない程自然で、緑溢れる風景だ。見ていて落ち着いた気分になれる。それに、たまに小川を泳いでいる鴨が可愛らしくて見ていて飽きない。



「なんか、ここにカフェがあるっていう方が嘘っぽいわね。でも、証言がある以上ガセネタって訳でもないでしょうし…………」



 もう参道も半分以上を過ぎてきた。

 最初はまばらに見えていた建物も見えなくなり、いよいよ森の中という雰囲気。だが、それらしきものは見当たらない。有るような雰囲気すら無い。

 周りの森は確かに深いのだが、鬱蒼と覆い繁っている訳でもないし、死角になって見えないなどというつまらないオチでない事は確かだ。

 そしてそもそも、瀬見の小川を挟む参道はそれぞれ約20m程しか離れていないのだ。そんな小さな隙間に建つ店を皆が見逃すなど有りうるのだろうか。


 そんな私の疑問は意外な形で解決する事となる。



「えぇっと、まさかそんなアッサリと…………。嘘でしょう?」



 "入り口"は隠されてなどいなかった。そこにあるだけ。

 ただ、それを誰も見つけられないのだ。

 私にとっては、それを見つけられない方が不思議だが、道行く人は完全に無視して、というよりその存在そのものに気がついていないという様に思える。



「なるほどね。あながち光学迷彩ならぬ、霊覚迷彩と言ったところかしら。強い霊力を持つ人にしか、この道はわからない。どおりで辿り着ける人間が少ないわけだわ」



 そこには、ある筈の無い場所へと入り込む為の案内板とも言える線の様な物が描かれていた。霊力の強い人間、俗っぽく言えば「霊感の強い人」だけに感じ取れる不思議な気の流れによって。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第3話は4/5 22:00掲載です。

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