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夜桜神楽  作者: 武神
第一章 京料理は愛を育むのかもしれない
13/18

拾参ノ夜 この物語にエンドマークを

ただ単にエンドマークって単語を使ってみたかった

 眼帯王女様とサイコパス小説家の「伊吹さん」が出て行ってからしばらく。

 私は意味も無く円卓に残り続けて窓の外を眺めていた。

 外の景色や空気はもはや冬を過ぎようとしていて。

 何となく取り出したスマホの日付は。



「『2#20年3月X%&日 15時O"!Y分』ね。ホントに面白い事だわ」



 最早マトモな日付を表示してなんか居なかった。

 もう月の表示も合っているのかどうかもわからないけれど。

 私にとってはたった数日間の話だったのに、店主さんにとっては1か月以上も続いた物語だったんだろう。私と彼女の物語に意味があるのかどうかはわからないけれど、私達の物語はもうすぐ終焉を迎える。


 ――――それがハッピーエンドにしろバッドエンドにしろ。


 店内に流れるピアノの旋律をボーッと聞き流す。

 時間も無かったし、あの二人に理解させる自信が無かったから省いたけれど、いくら解決に向けた糸口を見つけたからと言って、それがハッピーエンドに繋がるとは限らない。


 あくまでも私の常識の範囲で話をするのなら、あの二人が店主さんの大切な人を連れてきた段階で、店主さんはこの世に彼女自身を縛る鎖を喪失し、輪廻転生の輪へと還るだろう。同時に世界の支柱である彼女自身を失ったこの店は消滅する。


 だから私は僅かな可能性にかけるしか無かった。

 それは私の妄想でしかなくて、そうだったら良いなという願望でしかないけれど。

 もし彼女が大切な人と再会したいだけなら、態々この京都に店を作る必要は無いんじゃないだろうか。店を開く切欠となったその"想い"が活路を拓くんじゃないかという、ただその一点。私はその小さな疑問に全ての希望を預けることにしたのだ。



 そんな私の前にホイップクリームと葡萄で可愛らしくデコレーションされたりんごのタルトとコーヒーが置かれる。


「…………ありがとう」


「ご飯、食べてなさそうでしたから。すみません、気付くのが遅れて」


「別にいいのよ」



 本当に。別に私に気を遣わなくても良いのにね。

 人の事を心配するぐらいなら、自分の心配をしてほしいものだわ。

 まあでも。

 この人がこういう人でなければ、私も対策院の意向を無視してまでこの場所に居ようとは思わなかっただろうけど。


 私は心配無用とばかりに片手をひらひら振って、コーヒーに一口だけ口をつけた。



「すみません、なんだか、変な話になっちゃって」


「…………別に、構わないわよ。私自身、いろいろと考えさせられることも、なくは無いから」


「変わった人たちですよね。みんな……。とても、優しい人達ですけど」



 まあ、それはそうだろう。

 極秘の国家機関の人間に、異世界人。一番マトモな小説家はあんな感じだし。



「…………でも、貴女に比べたらみんな一般人に見えるわ」



 そして店主さんは死人。



「そうですね。僕はたぶん、生前からこんな感じだったと思うんで、なかなか他人と打ち解けることが無かったかもしれません。できれば、このお店に来てくださる皆さんとは、生前に逢っておきたかったです」


「……不思議ね。みんな、普通に自分の人生を生きていたら、たぶん逢う事は無かった。でもみんな、この店に来て、そして巡り逢ったの」



 人はきっと、それを運命と呼ぶのだろう。

 ちょうど私が、幼馴染みの南条一哉と南条佐奈に出逢ったことが運命だと思っているように。



「ねえ、店主さん」


「はい?」


「私、考えたことがなかったの。これまで、そういうことを。人は生きているうちに、誰かと巡り合って、それから離れていく。……それは生きているからこそ出来ることだって、ずっとそう思ってた」



 私達祈祷師は、基本的に霊達の個人的な事情にはノータッチのスタンスを貫くべきとされている。

 それは自分の魂を護ることでもあり、そうする事が正しいのだとずっと教えられてきた。怨嗟と憎悪に満ちた声など、魂に悪影響しか及ぼさない。



「……まあ、僕が言うのも何ですけど、普通そうですよね」


「この世に留まり続ける死者は、いずれ何らかの害を為す……。だから私たち祈祷師が、こうしてこの世界にいるの。でも、貴女みたいに、死んでなお、誰かを引き寄せて、繋ぐ幽霊もいる。……それはきっと、悪いことじゃないんだと思う」



 でも、今の私は。

 あの眼帯の王女様が言ったように、死者と生者が交わる場所があっても悪くはない。

 そう思うようになっていた。


 多分、いやほぼ間違いなく、この店主さんが例外中の例外なのだろうけど。でも、そんな常識を覆すような存在に対し、私達が常識を叫ぶ事にどれ程の意味があるのだろう。

 もちろん限度はあるけれど、もっと門戸を広く開けて、受け入れていく事が大事なんじゃないだろうか。


 人間だって、自分の感性だけで動く世界は楽で気持ちが良いけど、世界はそれ以上広がらない。いや、むしろ、凝り固まって劣化していく事だって有る筈だ。

 だから私達は人と関わる。家族と、友達と、恋人と、出逢った街行く人と。グローバリズムなんていうのは、それが広がり続けた結果。

 私達はそうして自分の世界を広げていく。そこに、老若男女や人種なんかは関係ない。そしてきっと、死者と生者も。


 私は全てを受け入れろとは思わない。でも、その姿勢が、心持ち大事なんだと、今はそう思う。



「お褒めに預かってどうも。咲良さん、貴女にとっては、難しい背反なのかもしれませんけど」



 店主さんは何やらカクテルらしきものを作って、私の対面へと腰かけた。相変わらず未成年の癖に酒にタバコって…………。

 まあこの人、霊だけど。



「……お酒は、ほどほどにした方がいいわよ」


「身体に悪いですからね。煙草も」



 自分でも自覚していたらしい。

 思わず溜め息を吐いてしまう。

 今日だけで何回溜め息を吐く羽目になったか。考えただけで頭が痛くなってくる。



「まったく、悪びれないんだから……。生前からやってたの?」


「ハイ。そこはクリアに記憶してますね。お酒は1日に500ml缶を2本と、ウイスキーか焼酎をロックで2、3杯くらい。煙草は1日1箱を守り続けてますね」


「…………不良だったの?」


「いやたぶん、それは無いですね。デフォルトでこうなんです」


「やれやれ……。やっぱり祓っとこうかしら」



 私は全く悪びれずに言う店主さんに呆れてしまった。

 なんでこんなのが悪霊に堕ちもせずに、しかもこんな特殊な力を持っているのだろう。

 不思議というかなんというか。

 神様が居るとするなら、貴方は力を授ける人を間違っています。



「優良納税者と言って欲しいですね。咲良さんに比べて、僕は自慢できることなんてほとんど無いですけど、たぶん所得に対してお国に納めている税金の割合という意味では、僕が圧倒的に勝ってると思いますね。えへん」


「……………………はぁ………………………………」



 胸張って言うことじゃ無いでしょうに。

 そもそもその理屈で言うなら、貴女、優良納税者であるのと同時に犯罪者だからね?

 未成年での飲酒・喫煙の咎で。

 だから、私が圧勝よ。

 私、意外かもしれないけど、ルールはキッチリ守る質なのよ。残念だったわね。



「それに、まあ、2日後にお店を閉じて、身の回りの支度を整えたら、いずれにせよそれで終わりなのかもしれませんから。……2人のことは信じていますけど、さすがに、そこまで楽観的な話でも無いと思いますし」



 ここまで来て、急に店主さんはふと寂しげな顔を覗かせた。

 考えてもみれば当然だ。

 あの二人が失敗すれば、結局店主さんは除霊される。この世に未練があってこの世に留まっているのに、除霊されたいなんて思う方がおかしい。



「…………一応聞いとくけど、明後日の夜のうちがいい? それとも、一夜明けた早朝がいい?」



 そんな空気を少しでも払拭したくて、私は努めて明るい声でそういった。

 結果が同じならば、せめて私の手で。

 その想いは、私の決意が崩れてしまった今でも変わってはいない。ただ、ほんの僅かながらの希望にすがって結論を先延ばしにしただけ。



「え、何がですか??」


「お祓いよ、お、は、ら、い。……やりたくないけどね。もしも、もしもの事があったら、そうなるかもしれない」


「ああ、そういうこと……。なら断然、早朝が良いですね。夜、店を閉めた後、音楽を聴きながら仕事終わりのお酒をのんびり飲んで、Amazonプライムで何か、昔の古い洋画を観るんです。タクシー・ドライバーとか、ブラック・レインとか、そういうのでいいです。そうしているうちに眠たくなって、うとうとしてきて、ベッドに入る。きれいさっぱり疲れと酔いが取れて、朝の日差しとともに目覚めて、そうしてお祓いされて消えていきたいですね。望みが叶うなら」



 思ったよりも楽しそうに「その日」を語る店主さんを見て、私も私で決意を新たにする。自惚れかもしれないけれど、彼女だって誰かに除霊されるのなら、私の手で除霊されたいだろう。



「…………わかったわ。出来る限りそうする。しあさっての朝。……そんな朝、迎えなくてよくなることを、祈っているけど」


「神に祈るように」


「そうね。神様に、お祈りするように」


「バータイムまでいらっしゃいますか?」



 私は店主さんの提案に、首を静かに横に振った。



「また明日も来るわ。……ゆかいな2人組からの進捗も聞かなきゃいけないし」



 それに、私にはやるべき事があるから。

 私は椅子から立ち上がって、ドアの方へと向かった。



「ありがとう。明日はちゃんと、ランチ作りますから」



 私は店主さんのそんな言葉に内心苦笑した。

 明日の様子見の時ですら、この(ひと)は私の事を客として見るのか。真面目なのか意固地なのか。

 でも、私も忙しくなるだろうから、ゆっくり話している時間は取れない気がする。



「そういえば」



 ドアの取っ手に手をかけた私に、店主さんは再び声をかけてきた。私はドアを開きながら振り返る。



「なに?」


「しあさっての朝にお祓いされるのなら、どうも僕は1日長生きしたみたいですね」


「…………明後日の夜の、その次の朝だから、しあさってで合ってるわよ?」


「えっ?」


「……えっ?」



 店主さんが何を言っているのかよくわからなかった。

 だけど、今その話をしていてもしょうがない。

 そもそも現実世界とこの空間内では時間の流れが違うのだから、私にとって1日でも、彼女にとってはそれ以上、という事なんだろうけど。


 何かがずっと、私の頭の中でひっかかっている。

 店を出て、出町柳の駅まで歩く途中でもずっと、私はそのことを考えていた。



「……しあさっての朝。明後日の朝」



 それは、店主さんとの、ほんの些細な認識のズレなのかもしれない。けれど、そのズレは、何故だかずっと私の頭の中をぐるぐる回っていた。



「まあ、特に大したことじゃないかもしれないけど」



 私は小さく独り言を呟いて、それからあの小説家――――伊吹さん――――にLINEを送る。あの自称王女様と小説家のコンビは全く信用出来ないけど、それでも、少なくとも今は、同じ目的を持った仲間だと……そう信じたい。

 結局私は彼女の言葉を深く考える事もなく、NOIRを後にした。





「ここが関西支局…………ね」



 私はNOIRを出た後、一目散に大阪へと出た。

 その目的は関西支局内の執務室でいつもふんぞり返っているという私の大叔父、北神宗次に会うためだった。


 東京にある本部はちょうど内閣府の地下にあって、私達は1kmも離れた隠し部屋からアクセスする事になっている。

 だけど関西支局は全く違う隠され方をしていた。



「えっと…………『19階』、『9階』、『10階』、『1階』、『23階』…………これでよしっ!」



 私は西薗彩乃に教えられた通りの順番で職員専用エレベーターの行き先ボタンを押した。

 関西支局は大阪梅田の高層ビル街の中のとあるビルのワンフロアに隠されている。それが私があのポンコツお嬢様から教えてもらった事。

 その中のエレベーターの行き先ボタンを指定の順で押すことで、どのエレベーターでも行けない25階にアクセスできる。それが関西支部が隠されている方法だった。


 目的の25階に着いた途端、パスコード付セキュリティロックと指紋認証、虹彩認証の3つのセキュリティが私を待ち構えていた。

 この辺りの認証は実は本部よりかなり厳重だ。

 というか、本部、しっかりしなさいよ。


 もちろん私は対策院の人間なので、全てのセキュリティを難なく突破できる。

 そうして入った関西支局は、見た目は完全にオフィスだった。

 受付があって、その奥に執務室や会議室、オペレーションルームがあるらしい。


 見慣れぬ光景に目を丸くしている私に、受付の女の人が声をかけてきた。



「お疲れ様です。何かお困り事ですか?」


「え、え、え……私……?」


「はい。ここには私と貴女しかいませんよ」



 なぜか意味も無くテンパる私。

 敵の本丸を目前にして、あるまじき取り乱し方だ。



「えっと、えっと…………あの…………」



 こういう時、私は中々平常心に戻ってこれない。

 幼い頃、人の悪意に晒された期間が長すぎて、未だに知らない人との人付き合いが苦手だという弊害が、ここになって出てきてしまっている。



「はい。いかがいたしましたか?」


「あの…………その…………私、本部から来た、北神咲良と申します…………」


「北神咲良一級祈祷師ですね。お待ちしておりました。北神宗次特級祈祷師がお待ちです。ご案内いたしますので、こちらへどうぞ」



 入室時のセキュリティロック情報を見たのか。

 受付の女の人は私の名前を認識すると、奥へと案内してくれた。

 神童特級か西薗彩乃が密かに根回ししてくれていたのか。それかまさかとは思うけど、あの変態の方に私の行動を読まれていたのか。


 それはわからないけれども、ともかく、私はアポを入れていない筈なのに、関西支局は私の来訪を事前に知っていた。既に先手を取られた気分だ。



 ――――コンコン



 受付の女性は奥のある部屋の前に立つと、居住まいを改めて正して、ドアをノックした。



「何だ」



 中から聞こえてくる声は紛れもなくあの男の物。

 扉越しだというのに、あまりにも不快な声のせいで、耳が腐りそうだ。



「北神咲良一級祈祷師がお見えになりました」


「通せ」



 私は女性の案内に従い、部屋へと入る。

 無駄に広い書斎に、本当に仕事をしているのかと聞きたくなる程にガランとした内装。


 その最奥に、ソイツは居た。



「お久しぶりやなぁ、咲良お嬢はん」



 北神家の人間の大半の特徴であるつり目に、怪しい光の灯った眼。似合っていない口髭を生やして、気持ち悪い猫なで声で、わざとらしい敬語で私に話しかけてくる男。

 かつて、私にトラウマにも近い記憶を植え付けた男。

 関西支部特級祈祷師・北神宗次。


 私が心底嫌っている分家の連中の中でも、最低を極めたような男との2年ぶりの再会に、私は思わず両拳を握りしめた。

最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

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次話、第14話は4/27 22:00掲載です。

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